第2話 うらぶれた元騎士と落ちこぼれ魔王娘 1
ここは剣と魔法が支配する、大冒険の幻想世界。
時代はまさに光と闇、黎明と黄昏が渦巻く混迷期であった。
寂寞たる不毛な荒野、鬱蒼と茂る大樹海、唸り猛る大海原。
全てがここに置いてある。誰しもが名もなき孤絶たる秘境の地。
さて、ここは最果て。誰しもが知らぬ名も無き辺境の地。
怪物どもが跋扈して草の根も生えぬ不毛な地にて、魔族と人は対峙する。
「かような我が地にて、よもや人間がやってくるとは」
そう言うと、端麗で幼げな魔族の少女は、喉奥からコロコロと鳴く。
顔立ちは吊り目で、瞳の色は黄金色。銀髪の頭に生えた羊のツノ。
「もしや貴様こそ、魔王のうちの一人か」
「如何にも。我は魔王の娘。ここは我が治める地ぞ」
この少女は、自らが筋切って名乗り出る。
黄金色の瞳と羊の角となれば、紛れもなく魔王の娘である。
「ならば今こそ、貴様を倒せねばなるまい」
相反するは、背に帯刀し古ぼけた鎧を纏う、屈強たる壮漢な若者。
幾つもの戦場を駆け抜けて、憤怒と悲哀を背負うため。
表情はいつも険しく、笑顔や情念など殊更はなし。
魔族が目前に対すれば、奴こそが主君の仇。
ここで会ったが百年目。是が非でも倒さねばならぬ。
そう若者は決心した。
若者は、魔王の娘とは力量たるか真偽を見極めんと、注意深く容貌を注視する。
かの少女が全身に纏うは、鈍く光った緋色の水着風甲冑、不思議にも目立たしい出で立ちであった。見た目からして成熟さは微塵もなく、およそ十四~五歳くらいか。澄み切った声質も舌足らずあり、顔立ちは寧ろ愛嬌さとあどけなさが残る。
だが歴史を紐解くに、年齢は約百四十歳程度か。騙されてはならんと油断も隙もない。
「ふむ……」
対する魔王の娘が若者の姿を見るに、使い古した大剣とつぎはぎだらけのプレートメイル。壊れかけた鎧を何度も何度も改修し、別のパーツを買い直して補っているようだ。
「粗末な身形だが、かなり歴戦の強者とお見受けした」
その姿を以て推し量り、屈強たる戦士と感じ取ったか。
魔王の娘と目される少女は、さらに若者に質問する。
「オマエの名は、何とする?」
「我が名は、アルベルト。貴様の名は?」
「我に、名などない」
魔王の娘は、まるで悪びれない。
名前など必要がないかのように、平然と言ってのけた。
「そうか。ならばそれもよし」
それ以上にアルベルトは、気にも留めなかった。
魔族を知る術もなく、情報など何ら持たない時代だからだ。
魔王の娘と言われる少女は、再びアルベルトに質問する。
「オマエは何故、こんな辺境な地へと赴いたのだ?」
「放浪する俺は、この地へ彷徨い迷い込んだ」
「何故、放浪して彷徨うのだ?」
「俺は、方向音痴なのだ」
「なるほど、それは納得」
単純に迷子であった。
魔王の娘は、理解したので大いに頷いた。
「ところでオマエは、何をして旅に出たのだ?」
「我が騎士団が魔王によって壊滅し、己の剣を磨く修行のためだ」
魔王の娘は、唐突にキョトンとした顔つきで首を傾げた。
「ほう、騎士団とは?」
「騎士団とは、王の法規に則った戦闘集団のことだ」
「王とはなんだ?」
「王とは、威光と威厳を以て国を統治する者だ」
「そうか。そんな作法があったのだな」
「いや貴様は、魔王の娘では?」
「えっ?」
「えっ?」
魔王の娘は、さらにキョトンとした顔つきで首を傾げた。
突然の感嘆で、アルベルトもつい問い返した。
「だって貴様の父は、魔族の王だから魔王なのだろう?」
「そうか。王って、そういうものなんだ……」
魔王の娘は、愕然とした様子で顔を蒼褪めた。
自らの無知蒙昧にも程がある。正直にしょんぼりである。
「そういうものだ」
「そういうものか」
その一言で、とりあえず場を収まった。
「それよりも、貴様こそ何故こんな辺鄙で無益な地を治める?」
「我は、この森が好きで、我が地を護りたいからだ」
「うむ、潔いな」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
二人とも至って真面目であり、そして真剣な面持ちであった。
何故だかは分からないが、なんだかんだで物腰が柔らかである。
「とにかく敵と味方では、戦わざるを得ない状況だ」
「うむ、そのようだな」
人と魔族が敵対する場合、決して決闘せねばならない。
百数年前に決められた掟――誓約であった。
よって、元騎士・アルベルトと魔王の娘との決闘である。
「貴様は、手持ちの武器はないのか?」
「ない。だから我は、素手でよい」
アルベルトは背負った大剣を抜き、魔王の娘は拳闘の型で構えた。
「そうか……では死合おうか」
「うむ、死合おう」
そういうことになった。




