第8話 ウィズ
「……本当の、神様?」
杖を構えたまま、ベルは言葉を失った。 あまりに巨大な告白。けれど、目の前の女性――ウィズから溢れ出す、空間そのものを震わせる魔力が、それが冗談ではないことを証明していた。
そんなベルの動揺をよそに、ウィズは楽しげに指先で髪を弄ぶ。
『そうよ。で、あなたが倒したあれ、私が造ったただの人形なの』
ベルの眉間に険しさが走る。
「……人形? あんな、おぞましい儀式をさせていたものが?」
『そう、人形。……ねえベル、どうして私が、あんなものに魔力を吸わせるため、あなたたち魔女を育てていたと思う?』
ウィズの瞳から、ふっと色が消える。それは慈悲深い神の顔ではなく、冷徹な観測者の眼差しだった。
『世界を維持するためなのは勿論なんだけど……私の本当の目的はね、「私を造った人」を殺せる存在を生み出すことなのよ』
ウィズの言葉が、廻廊に冷たく響く。 彼女の説明はあまりに合理的で、残酷だった。 魔力を吸い上げ、ゴーレムが強化されればそれで良し。だが、もしそれを打ち破るほどの規格外な「魔女」が生まれたなら、なお良し。
それは、神を屠るための、あまりに合理的で冷酷な「選別」だった。
『私はね、あのお方――「創造神」に造られた存在。プログラムされた被造物は、上位の命令には絶対に逆らえないの。……どれだけ憎くても、指一本触れられない。……不自由だと思わない?』
ウィズは一歩、ベルとの距離を詰める。その吐息が届きそうな距離で、彼女は甘く、切実な声で囁いた。
『だから、お願いベル。……私の代わりに、あの退屈な創造神を殺してくれないかしら?』
冗談めかした口調の中に、一瞬だけ、本物の呪詛のような熱が混じる。
「……今の私に勝てるとは到底思えませんが」
『勿論、今のままじゃね。だからあなたには別の世界を巡って力を付けてもらう。困っている人は見過ごせないでしょう?』
図星を突かれたベルが唇を噛むのを見て、ウィズは満足そうに目を細めた。
「……わかりました。ただし、条件があります。――これ以上、里の仲間を一人として犠牲にしないこと。そして、故郷を、あの世界を、私が戻るまで維持し続けること。……約束してもらえますか?」
ウィズは一瞬だけ意外そうに目を見開き、すぐに愉快そうに喉を鳴らした。
『ふふ、自分を「選別」した相手にそんな条件を出すなんて、本当に面白い子ね。……勿論、いいわよ。あなたが「外」で頑張っている間、あの世界は私が責任を持って守ってあげる』
ウィズの言葉に、ベルはわずかに肩の力を抜いた。
(……よかった。これで、みんな無事でいられるんだ)
込み上げる安堵感。けれど、喉の奥には苦い砂を噛んだような感覚が残っていた。
目の前で微笑む「神」は、仲間の魔力を吸い上げ、残酷な選別を繰り返してきた元凶でもある。故郷を守るためとはいえ、その元凶に手に貸すという矛盾が、ベルの心を複雑にかき乱す。
(許したわけじゃない。いつか、この人だって……。でも、今はやるしかないんだ)
自分が創造神を倒すために戦い続ける限り、故郷の安全は担保される。それは、ベルにとって唯一の、そして絶対の戦う理由となった。
『それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい、ベル。この先がどこに繋がっているかは私もわからないし、干渉する事もできないわ』
ウィズが優雅に手を振ると、背後の暗闇が激しくうねり、巨大な渦となってベルを飲み込み始める。 見送るウィズの微笑を最後に、彼女の意識は新たな運命が待つ世界へと加速していった。




