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氷の王太子殿下が脳内に直接愛を語りかけてくるのですが!?~心の声が読める私が精神を病んで声が出なくなった王太子の婚約者になったら~

作者: 千秋 颯

 八歳の頃。

 私は婚約者に初めて出会った。


 ルーファス・アリスティド・ヴォスカンディ第一王子殿下。後に王太子となるお方。

 陽の光を受けて輝く銀色の髪と宝石のように澄んだ青の瞳が特徴的な麗しいお方だった。


「お初お目にかかります。エルミーヌ・ド・レオミュールと申します」


 家庭教師から学んだ美しいお辞儀で挨拶をするも、返事はない。

 私が目を瞬かせていると、彼の側仕えがぎこちなく笑った。


「殿下はただいま、お心を病めてしまい……お声が出せないご様子でして」

「まぁ。そうとは知らず、失礼いたしましたわ」


 私は何故自分のもとにルーファス様との婚約の話が舞い込んで来たのかを理解した。

 お父様が伝手を使い、国王陛下へ進言したのだろう。

 私には他の方とは異なる体質を持ち合わせていたから、お父様はそれを陛下へ明かしたのだろう。


 私は自身に与えられた役目を理解する。

 まずはルーファス様の心を癒す事。

 そして滞りなく王族の、それも王太子の最有力候補である相手との結婚を進める事。


 目の前のルーファス様は先程からずっと俯いていた。

 私は耳を澄ませる。


『どうせ彼女も、俺の地位にしか興味がないに決まっている』


 そんな声が聞こえた。


 私は笑みを浮かべたままルーファス様の前で腰を落とす。

 彼の顔を覗き込めば、美しいお顔が間近にあった。


「私はまだルーファス様のお姿が大変美しい事と、高貴なお立場に在られるお方という事しか存じ上げません。ですからどうか、これからルーファス様の素敵な所を沢山見つけさせてください」


 王族、それも第一王子ともなれば物心ついた頃から私欲や利益に目を光らせた大人達の腹の探り合いに巻き込まれてきたことだろう。

 ルーファス様の利用価値を見出し、利用しようと企む者も多くいたはずだ。

 そんな環境に身を置いた彼が心を病み、周囲を警戒してしまうのも当然の事だと思った。


 けれどここで、初めて会った子供が『貴方の事を愛してます!』などと言えばそれこそ明白な嘘。気休めにすらならない言葉。

 そんなものを吐くのでは逆効果だ。


 だからこそ私は真実と本心で言葉を投げ掛けた。

 青い瞳が見開かれる。


『……そんな風に言ってくれた人は初めてだ』


 彼の期待が私に向けられている事が伝わって来た。

 ――そう。


 私の特殊な体質。

 それは――


 ――『他者の心を読める』という事だ。



***



 それから長い年月を、私達は婚約者として過ごした。

 私の力は大勢に知られれば気味悪がられたり、逆に利用しようと考える者達が現れるだろうというお父様の判断から極一部の者以外には秘匿されている。


 しかし私はルーファス様と親しくなる為にはこの秘密を打ち明ける必要があるとして、お父様に進言し、彼にもこの事実を共有した。

 そうして、言葉を発することが出来ずとも彼と会話することが出来るようになり、時を重ねるにつれてルーファス様は私に心を許してくださるようになった。


「今日は刺繍のお勉強をしましたのよ。ほら」

『綺麗だな』


 ルーファス様がレオミュール侯爵邸へ訪れ、庭園で過ごしていた時。

 私は自分で刺繍を入れたハンカチをルーファス様へ見せた。


 耳を傾けると、彼の心の声が聞こえる。


「でもまだ完璧ではないのです。上手く行ったらルーファス様にお渡ししようと思っていたのですが」

『くれないのか?』

「もう少し待っていてください。近いうちにきちんとしたものをお渡ししますから!」

『俺は、君が俺の事を想って作ってくれた物なら何でも欲しいけどな』


 そう言いながら上目遣いで私を見るルーファス様。

 あざと可愛い彼のおねだりに私は弱かった。


「う、でも」

『俺はこれが欲しいんだが。駄目なのか?』

「…………こんなもので、よろしければ」

『ありがとう!』


 パァ、と顔が輝く。

 その笑顔が眩しくて、それにハンカチ一つでとても喜んでくれるお姿が嬉しくて、私はくすぐったい気持ちになった。




 婚約してから七年の年月が流れ、私達は王立学園への入学を果たした。

 この頃にはルーファス様はすっかり心も回復していて普通に話せるようになっていたし、国王陛下から王太子に任命され、一部政務も担うようになっていた。

 私達はそれぞれ専攻が異なる為、授業が被る事は殆どない。

 しかし。


「エルミーヌ」


 昼休憩になると、ルーファス様は必ず私の元へ訪れた。


「ルーファス様」

「昼を食べに行こう」

「ええ」


 屋外のテラスで共に食事をとるのが私達の日課。

 そんな私達を見る学生達の中には心配や不安で顔を曇らせる方々もいた。

 ルーファス様はあまり表情が変わらないお方なので、ルーファス様は冷酷な人物なのではという憶測や私達の不仲説が噂されているのだ。

 しかし実際はというと。


『早く会いたくて授業が頭に入らないところだった』

『今日はイヤリングと髪型を変えたんだな。似合っている』

『何でも似合うけど今日の格好はいくら何でもまずいな。君の可愛さに他の男が群がってもおかしくない。でも君に不自由をさせたい訳でもないし、美しい君は見ていたい。困ってしまうな』

「ん゛っ」


 テラスへ向かう最中。

 私の耳に飛び込んでくるのはそんな甘すぎることばかり。

 それに私が動揺してしまえば、ルーファス様は視線をこちらへ移した。

 表情は一切変わっていないが、心の声が明らかに浮かれている。


『照れている姿も愛おしいな』


(本当に、悪いお人だわ……っ)


 彼は私が何も言い返せない間に心の内で愛を語り、私の様子を楽しむようになっていた。

 彼のこの行動の意図を勿論私は理解している。


 好きな人を翻弄し、色んな本心を見たいという欲から来るあれだ。

 日頃王太子の婚約者として完璧に振る舞おうとする私。

 成長するにつれて考えを隠すのが上手くなった私にちょっかいを掛け、素直な一面を見たいと思っているのだ。


 そして何より質が悪いのは……

 ――これらの言葉全てが本心であるという事。


 ルーファス様は私を心から愛してくれている。

 それがひしひしと感じられるからこそ、私は落ち着かないのだ。


『やはり私の婚約者は世界で一番可愛いな』

(もう勘弁してください……!)




 そんな傍から見れば義理の関係。しかし裏では甘すぎる攻防。

 それが始まってから一年が経った頃。

 学年が上がったルーファス様は生徒会へ所属する事となった。


 彼は生徒会の業務に追われ、一年生の時よりも私と過ごせる時間は減り――また必然的に人間関係の輪も広がっていった。

 若干の寂しさはあれど、ルーファス様の交友関係が広がるのは彼の印象を良くするうえでも喜ばしい事だ。

 そう思い、私は陰ながら応援する事にした。


 けれど、ルーファス様が生徒会に入って少ししてから。

 何故か全く身に覚えのない、私の悪評が広められ始めた。

 平民や下位貴族へ冷たく当たり、人格を否定したり、怪我を負わせようとした。

 ――エルミーヌ・ド・レオミュールは悪女である、と。


 私と懇意にしてくれている友人達はそれを信じなかったが、あまり関わりのない生徒達は私に疑いの眼差しを向けるようになった。


「エルミーヌ。大丈夫か」


 久しぶりに朝食を共にした時。

 ルーファス様がそのように問うた。


「一体何のお話でしょう?」

「最近、君を悪く言う話が増えてきているだろう」

「ああ。大したことはありませんわ。事実無根ですし、私が何か後ろめたいことをしたわけでもありませんから」

「……そうか」

『悪評を広めた犯人を突き止められたらすぐに罰してやるのに』

「私は大丈夫ですから、過激な手段を取られる事だけはどうかおやめくださいね」


 憤っているルーファス様へ、私は念の為に忠告をしました。


「…………わかった」


 渋々と言った様子で答えるルーファス様。

 しかし。


『絶対に炙り出してやる』


 私の言った事が全く分かっていなさそうなんですがそれは。




「エルミーヌ様! どうか考えを改めてください!」


 それから数日後。

 私は数名の女子生徒に突然そのような事を言われた。

 場所は校舎の出入り口付近。

 大勢の生徒が行き交う場所だったのはきっとわざとではなかっただろう。


「最近のエルミーヌ様の行いは、手に負えません! 何故下々の者を軽んじるような行いばかりなさるのですか!」


 そう言うのは生徒会に属する男爵家の御令嬢。


「昨日だって、わざとぶつかって来て転ばせたあと、鼻で笑って去って……っ、ううっ」


 泣き崩れるのはルーファス様と同じ専攻の平民の女子生徒。


 なるほどと思う。

 彼女達はルーファス様のファンのようなものだろう。

 容姿端麗、文武両道、おまけに未来の国王。

 そんな彼に憧れ、少しでもお近づきになりたいが身分が高く、尚且つ彼の婚約者でもある私が目障りだった。

 そこでか弱き立場の生徒達は結託し、私を悪評で今の立場から引きずり下ろそうとしたのだ。


(全く、何とも愚かで浅はかな――)

「貴女の存在が、殿下の顔に泥を塗っているのです!」

「今すぐ、被害者たちへ謝罪をすべきです!」


 周囲に私を擁護する声はない。

 けれど彼女達の言葉には今の私を取り巻く環境にも、私の心は決して揺さぶられたりはしなかった。

 私はこの場にいる者達から責められるような事など一切行っていない。

 王太子の婚約者として――彼の隣に立つ者として相応しい行いをして来たと胸を張って言えた。


 私は私の前に立つ数名の女子生徒を冷たく見据える。

 その時だった。


「失礼」


 決して大きくはないがよく通る声が降る。

 その場の全員が声のした方を向いた。

 そこから騒ぎの渦中へと歩みを進めるのは――ルーファス様だ。


 彼は私と女子生徒の間に立つと、女子生徒達へ微笑み掛けた。


「俺の面目を気にしてくれたようで。どうもありがとう」

「い、いえ、そんな。私達はただ」


 麗しい美貌を持つルーファス様。

 日頃冷たさを感じるような真剣な面持ちの異性から受ける笑顔は酷く甘美に感じられたのだろう。

 女子生徒達は顔を赤らめてたじたじになった。

 しかしその一方で――私は血の気が引いていくのを感じた。


『こいつらは一体何を言っているんだ? 俺の顔に泥を塗る? 白々しい。お前らみたいな奴が寧ろ俺の手を煩わせるんだろう。そもそも無罪のエルミーヌに対してよくもそのような戯言を恥ずかしげもなくぶつけ、果てには被害者面できたものだ。ああ、周囲のジャガイモらの顔も腹立たしい。こんなに麗しく聡明で誠実な女性が居ながら、彼女の事が何も見えていない等。こんな奴らばかりが集まった国になど未来はあるのか? ああ、腹立たしい。この場にいる全員に相応の罰を与えなければ気が済まない。一周囲の連中の家は全て潰して目の前の愚者共は皆後悔と懺悔を吐かせてから首を刎ねなければ気が済まな――』


(ル、ルーファス様ぁ……ッ!?)


 聞こえてくるのは爆発した怒りと過ぎた殺意。それらをつらつらと並べた心の声だ。

 当たり前ではあるが心の声には息継ぎなど必要がない。彼は一拍も置くことなく暴言を羅列していた。

 鬼気迫る言葉の羅列に頭が支配され、私が呆けてしまっていると。


「ところで、これを見てはいただけないだろうか」


 ルーファス様は持っていた紙束を女子生徒達へ差し出した。

 この間も彼の脳内は恐ろしい惨状になっているのだが、言動にはそれが一切滲んでいない。それが逆に恐ろしい。


「これは……」


 目を瞬かせながら書類に目を落とす女子生徒達。彼女達を見据えたままルーファス様が答える。


「ここ一ヶ月間の、君達の学園生活における行動記録だ」


 丁度内容を確認したところだったのだろう。

 女子生徒達の顔が一斉に青く染まった。


「王族や未来の王族の安全や体裁を保たせる事は当たり前の事だろう? よって王宮から何名かの遣いを派遣し、学園を監視させていた。そこには君達がどのようにしてエルミーヌの悪評を広めたのか、また彼女を陥れる日として今日を選んだ過程、具体的な方法を語った内容、またそれらが発生した日時が全て書かれている」

「こ、これは、その……っ」

「君達のような立場の者からすれば本来、レオミュール侯爵家は比べるべくもない程に高貴な家だ。そんな立場の者を陥れようとした罪――またそれに加えて未来の王太子妃を明確は意図を以て害そうとした罪。その大きさは一体どれ程のものになるのだろうな?」


 ガタガタと震えだす女子生徒達をよそに、ルーファス様は今度は周囲の野次馬へ視線を向けた。


「ああ勿論、報告書が存在するのは彼女達だけではない。心当たりのあるものは後に送られるであろう報せを楽しみに待っているように」


 野次馬の中の何名かが悲鳴を上げた。

 私の罪が晴れたからだろう。それ以外の者達も根拠ない噂で私を疑うという事がどういう事であるのかを理解したようで顔を青くさせた。


「さて、話を戻して。君達へ与えられるであろう処遇を告げよう」

『死刑一択だ!!』

(だ、駄目よ!!)

「~~~~~ッ、ルーファス様!!」


 私は漸くルーファス様の心の粗ぶりに慣れ、慌てて彼の腕を掴んだ。


「っ、エルミーヌ……?」

(いくら何でも関与した人全てを死刑にしたらルーファス様の評判にも関わるし、何よりやり過ぎだわ!!)


 目を丸くするルーファス様を私は見つめる。


「今回は私自身がすぐに弁明しなかった事で誤解を生んでしまった可能性もありますし、皆様、既に罪の重さは充分に理解されていらっしゃると思いますわ」


 女子生徒達はわんわんと泣き出しながら何度も頷いた。


「ですからここは情状酌量としましょう」

「だが」

「ルーファス様」


 私はそっとルーファス様へ耳打ちする。


「ルーファス様直々に彼女達の処遇を決めた場合、手続きや事情の説明などでお時間が奪われてしまうでしょう。私は……これ以上ルーファス様との時間が失われる事が嫌なのですが」


 ハッとルーファス様が息を呑んで私を見た。

 私は駄目押しの上目遣いで説得を試みる。


『……ずるい人だ、君は』


 怒りの呪詛が突如消え、代わりに聞こえたのは拗ねたような、恥ずかしがっているような柔らかな声だ。

 結局彼は、私を陥れようとしている生徒達を停学処分とする事で納得した。



***



(愛されていると自覚しているつもりではあったのだけれど……)


 放課後。王宮にあるルーファス様の執務室で、私は彼に抱き寄せられたまま息を吐く。


(まさか、ここまでだったとは……)


 普段は理性的で聡明なルーファス様。

 彼は幼い頃から値踏みするような大人達の視線に晒されてきたこともあり、自分に対しての嫌味や皮肉、嫌がらせなどに関してはあまり頓着しなかった。

 だからこそ今回の一件であそこまで激昂するとは思っておらず、驚かされたのだ。


「嫌いになったか?」

「はい?」

「醜い姿を晒しただろう」


 すっかりしおらしくなったルーファス様はまるで叱られてしまった犬のようだった。

 そんな彼の様子が愛おしくて、私はくすりと笑う。


「嫌いに何かなりませんよ。確かに驚きましたし、あのままいけばやり過ぎだとは思いましたが」


 私は彼に寄り添いながら続ける。

 頬に熱が溜まるのを感じていた。


「私を想ってくれたのは、その……とても、嬉しかったですから」


 ルーファス様が私の顔を見て静かに息を呑む。

 それから


「エルミーヌ」


 彼の心の声が聞こえて、私はそわそわとしながらも目を伏せる。

 唇に、柔らかな感触が触れる。

 長い口づけを交わしてから私達は互いを見つめて笑い合った。


「もしまた、俺が誤った方へ道を踏み外しそうになったときは止めて欲しい」

「勿論。それが私の務めでしょう? 代わりにルーファス様も、私の事をきちんと見ていてくださいね」

「ああ勿論だ。約束しよう」


 ルーファス様が再び顔を近づける。


「愛しているよ、エルミーヌ」

『愛してる』


 声が二重に聞こえ、私は目を瞬かせる。

 それから顔に溜まった熱が更に上昇し、茹ってしまいそうになる。


 私は観念したように吹き出した。


「何もそんなに言わずとも」


 それから私達は、先程よりもずっと長く、甘いキスに溺れていくのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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