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外でたくさんの足音と話し声が聞こえて、ふと目を開く。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
いつの間にか外は明るくなったようだ。
周りからは神界でもよくみていた動物たちの声がとてもよく聞こえてくる。
外に出たいけれども、いつあの女の人がやってくるか分からない。
体に力を入れることもままならないし、もしまた打たれてしまったら…。
ふと、落ち葉を踏み分けながらこちらに向かってくる、1人の男の人の足音がした。
『殿下!お気をつけください!何が入っているやも、わかりません!』
遠くから男の人の一際大きな焦り声が聞こえる。
…私の入った袋の前で足音が止まった。シュルシュルと藁袋の紐が解かれる。
「…大丈夫だ。」
明るい日の光が入ってくる。
藁の袋の外で、まるでその瞳の中に炎を閉じ込めたような真っ赤な綺麗な瞳をした男の人が言った。
あの焦り声の男の人に返事をしているのか、それとも、私に向かって言っているのか分からなかったけれど、ただ私はその優しさのこもった穏やかな声とともに差し出された大きな右手を、最後の精一杯の力で震えながら掴んだ。
「そうだ。良い子だ。」
心の安らぐ温かい声で男の人は言って、私を藁袋の外へ優しく抱き上げた。
彼の深い黒色の髪がこのオレンジ色に染まった森の中で一際目立っていた。私はその男の人の腕に抱かれて、背中を優しくポンポンと叩かれた。
…ん?でも、痛くないから、これは叩かれたじゃないな…
そんなことをぼんやり考えているうちに、緊張の糸が切れたのかいつの間にか私は気絶してしまっていた。
目が覚めた。私は神界から見ていた時に雲とどれくらい違うのかと気になっていたふわふわベッドの上で横になっていて、周りにはあまり見たことのない雲のような白いふわふわの布がかかっている。
思わずそれに向けて手を伸ばすと突然その雲の間から大きな手が出てきたと思うと
「「……」」
優しく腕を支えられ、腕を元の位置に戻された。
「起きたか。」
左を見ると雲を押し除けながらあの真っ赤な瞳の優しい男の人がこちらに声をかけて近くに座った。
「どうした、腕を伸ばして。」
不思議そうな声で私に問いかける。
「あ、あの、あれ…雲、みたいな…」
まさか質問をされると思っていなかったので慌ててまた腕をあげてあの雲の方に指を指す。
「「……」」
また私があげた腕をそっと元の位置に戻してから、上を見上げる。
「あぁ、これか。…触ってみるか?」
そう言って男の人は私の手にその薄い雲を差し出す。
雲のようにふわふわしているわけではないけれど、サラサラで触り心地が良く、落ち着く感じ。
「すごい…」
「あぁ。そうだな。」
先程までずっと無表情だったのに、急に微笑む彼に私はなぜか一瞬胸がきゅうっと苦しくなった。
「…?」
思わず胸を押さえる。
「「……」」
するとまた、この男の人は私の腕を元あった位置に寝かせて、こちらをまっすぐ見る。
「君の体は本当に壊れかけている。例えば、君の腕は、少し無理をして腕を動かすだけでこれから一生腕が使えなくなってしまうほどギリギリの状態だ。」
だから…と続けながら男の人は私の手に優しく手を置いた。
この人の真っ赤な目と同じくらい暖かくてとても大きな手。
「どうか、安静にしていて欲しい。」
そう言って心配そうに見つめる彼は、私の目の上にそっと手を置いた。
目の前が真っ暗になる。けれどもあの小さな部屋にいた時のように怖くはない。
「…分かった。」
「良い子だ。…君の名前はなんと言う?」
「……リヴェリア」
「……リヴェリア。良い名前だ。私の名前は、アデル。アデル・ヴァレス、だ。」――――