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「…リヴィ。可哀想な子よ。私達に不必要なものを持って生まれてしまった愚かな我らの愛し子。毎日我らの庇護する世界を見ては恋焦がれ、しまいには彼らを愛する力さえ失ってしまった哀れな子。…この世界の秩序を乱す、感情という名の歪みを持つ‘癒しの光を司るもの’リヴェリア……ここに、貴女の神界追放を宣言する。」
私と同じ真っ白い髪の毛、それでも私とは全く違う存在たち。
神々と天使はいつも通り変わらない優しいアルカイック・スマイルを浮かべていて、その中心でよりいっそう崇高な雰囲気を醸し出す神が私に今まで物を教えてくれた時と同じ、優しい声色でそう言った。
でも私はわかっている。
‘可哀想な子’、‘哀れな子’と言いながら、そんなこと、心の底では一切思っていない。
それでも、私は、親として今まで私を育ててくれた彼に親子の絆さえ抱いてしまう。
……その愛情さえも、彼らにとっての歪みであり、排除対象でしか無い。
…本当に突然だった。今日もいつもの通りに祝福の泉を覗き込んで、下界の様子に見入っていた。
下界では、街の市場で子供たちが一本の虹色のキャンディーを巡ってじゃんけん大会が開かれている。
『最初はぐー!ジャンケンぽい!うわー!負けたー!』彼らの一喜一憂を見るのが楽しかった。
「……さいしょはぐー…じゃんけんぽい。」
つられて私も言ってしまう。
時間を忘れて見入っていると、いつの間にか両隣に天使が佇んでて…わけのわからないまま腕を掴まれてパタパタとここまで連れてこられたと思ったら、唐突に破門を言い渡された。
一面が真っ白な雲で覆われたこの世界、なんともいえない荘厳かつ静粛な雰囲気の中、
中心部には ‘天秤を持つ者’ デア様
がほんのり青みのかかったかろうじて雲と椅子の見分けがつくような色の椅子に座っている。
デア様も、その周りにいる神々や天使も私が破門を宣告されようと顔色ひとつかわりやしない。
…一応20年は一緒にやってきたのにな。若干の名残惜しさを持ちつつも、感情を持ってしまった自分が神の中での異端であることは薄々気づいていたし…そもそも彼らには『私がいなくなって悲しい』などという感情は持たない。
あの時から癒しの力も使えなくなった今、私のような出来損ないを神として扱うのは正直自分自身でもどうかと思う。
私はデア様の宣告を静かに受け入れ、深く礼をすると、表情筋ひとつとて変わらずに、ただ永遠と微笑む彼らと同じ真っ白な髪が視界の端に入ってくる。
私は、‘神’に向いていなかった。
ほんの少し前までは、この世界をここまで素晴らしく創り上げてきた彼らと同じこの髪の色を、誇らしく思っていた。
けれども神界からの破門を言い渡され、私と彼らとの縁というのが消えて無くなってしまった今、この髪の毛は私にとってなんの価値もない。
いつの間にか視界がぼやける。
「…え」
頬に生ぬるい水が滑り落ちていっていた。慌ててそれを手で拭う。
「あぁ、リヴェリア…早く、それをしまいなさい。」
やっぱり優しい声。
けれどもそのうちには、その涙が神界に存在するという事実を今すぐにでも排除しようとする無機質な義務感が含まれているように私は感じた。
「…あれ?あれ…?」
拭いても拭いてもこぼれ落ちてくる。
「…ごっめ……す、すみっ…ません…」
彼らにこんな醜いところを見られたくなくて、思わず下を見る。
目の前には涙でできた水たまりができていてそこには目が腫れて、鼻水を垂れ流し、惨めったらしく泣く私の姿がぼんやりと写っていた。
「リヴェリア……貴女の下界での役割はもう決めてあります。その感情を持ってよく生きてください。それでは。」
なんの躊躇いもなく私と別れを告げたデア様。
神界の中でも最高位の神であることもあって、そのアルカイックスマイルが私を突き放すものだと分かっていても、心を惹きつけさせる何かがあった。
デア様は、もうここにいる用はないと言わんばかりに早々に席を立ち上がり大きな羽を羽ばたかせて去っていった。
周りの神々もそれに続いていく。残ったのは私と5人ほどの小さな天使だけ。
あまりの別れの早さに呆然としていると、可愛らしく笑う彼らが私の背中の羽に頭を擦り付けてぎゅっと張り付く。
「…ありがとう。」
こんな私を慰めてくれているようで、その暖かさにまた涙しそうになりながら彼らに感謝を伝える。
彼らが私に触れる意味など考えもせずに。
――堕ちる神に翼など不要。
「…っ!」
急に背中に激しい雷のような何かが走る。
天使たちと私の肌とが触れ合う背中の羽が急に燃えるように熱くなる。
「うっ…!や、やめて!やめて!……あ゙!」
あまりの衝撃に声も出なくなり、私は倒れた。
最後の気力でみた視界には真っ赤に染まった私の羽を嬉しそうに抱いて空へと羽ばたいていく天使たちの姿があった。