ひつまぶし殺人事件
スーパーの片隅、入り口から入って直ぐに設置されたフードコートは開店直後という時間である所為か、調理用の機械からです音が響くばかりで、むしろ無音よりも静まり返った印象だった。
「クラ、カル。なに食べる?」
だから一層、軽やかな声が鈴のように鳴り響く。
男性二人を従えるようにして、店頭に置かれたメニューを覗き込む女性。店員はその三人をよく知っていたため、店の奥にいた同僚に視線を送る。
「みんなハンバーガーでよくね? あとポテト。昼飯も後で食うんだし、軽くで良いだろ」
「いつも通りだねー。ま、クラの案を採用します」
「すみません、ハンバーガー三つとポテトをエルで、コーヒー二つと――。トモはシェイクか?」
「あたりー。店員さんお願いします」
やっぱりいつもの通りだったと、同僚に頷きを送り飲み物の準備を始める。彼女は、大抵週の初めに現れる三人の会話が、盗み聞きは失礼かと思いつつも好きであった。
「暑くなってきたねー」
トモは冷風の出所を探しながらそう呟いた。
「なー。俺んち今日鰻丼なんだと。通販で安く買えたらしくてさ」
「カルんち通販好きだよなー。家は鰻は家で食うもんじゃない、高い金を払ってでも店で食うんだ! って豪語すんだけど」
「うらやま、しくはないな。小遣いへるだろ? 察した」
「サンキュー。今月は鰻だからって、鰻貯金箱行きだよ」
暑い時期には鰻を食うものだ。暑さから連想されたのか、クラとカルの二人は鰻トークで盛り上がろうとしていた。
トモはそんな話を聞きながら、少し離れた位置にある服の展示へと視線を送る。食べ終わったら少し見ていくのも良いかもしれない。スーパーの服売り場というのも、バカに出来ないものもあるのだ。
「ははっ、じゃあ鰻に対して殺意マシマシだ。鰻丼殺人事件か?」
「いや、多分食べに行くのは旅行も兼ねてだから、ひつまぶし。だからひつまぶし殺人事件」
急な事件発生に、店員とトモは揃って笑いが零れた。
「じゃあ犯人はご飯だ。ご飯は潔癖症で、タレで汚されるのが嫌だったんだ」
クラのその推理に、トモはデジャヴを感じバシバシとその背中を叩き出す。同じネタは許さない。そんな気持ちも垣間見える威力だった。
「その推理は不評だってさ。俺ならこう考えるね」
クラの不甲斐なさを嘆くように肩をすくめると、カルは自身の推理を軽やかに披露する。
「まず、ひつまぶし殺人事件の犯人は誰であるならしっくりくるかというところだが、その為にはどのような事件が発生するかを考える必要がある。クラのように鰻が被害者だと考えるのも良いが、それだと鰻丼殺人事件と何ら変わりはなく、少し捻りが足りないと思うんだ。だから俺はこう考える。
被害者は、器にいた全てだ」
その発言によってクラとトモの脳裡には衝撃が走り、店員は奥にいる店員に今の状況を伝えている。二時間ドラマで言うと、既に中盤というハイペースだ。
「鰻とご飯は無事に食べられ、そこに薬味が入れられる。そして事件が発生するんだ。大量の水が彼らに押し寄せ、器にいた全ては溺死してしまう」
――誰も、いなくなった?
クラのそんな呟きに、トモはふふっと笑いが漏れた。
「そう、誰も居なくなったんだ。犯人が企む見事なトリックにより、その場に居た全ての者が犠牲となった。では犯人はもういないのか。いいや、いる。犯人は食べる者の特性を理解した上で犯行に臨んだんだ。ここでクラに聞いてみよう。ひつまぶしを、さらさらっと流し込む。そして顔を上げて器を見たとき、そこになにが映る?」
クラは確かめるように手を器のような形にし、そっとそこに見えるであろう器を覗く。そこに見えたのは果たして――。
「……ネギが、薬味のネギが器の縁に張り付いている! 俺はそれをわざわざ食べようとはしない。ネギだけなんて辛いだけだから、そのままにしてしまう! つ、つまり犯人は!?」
「そう、ネギは自分が残されるのを計算に入れて犯行に臨んだんだ! つまり、ひつまぶし殺人事件の犯人はネギだったんだ!」
な、なんだって!? と、お決まりの台詞がトモの口から出たところで、その会話はお開きとなる。出来上がったハンバーガーとポテト、飲み物を受け取り、三人は席へと向かう。
その後ろ姿を見つめて、店員はぼそりと呟いた。
「今日も一日頑張ろう」