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壁で咲いても花は花

彼女は私の妻に向いている

作者: 瀬嵐しるん


モリエンテス辺境伯家の嫡男アルマンドは、騎馬で領地へ向かっていた。


二週間ほど滞在した王都では、父の代理として社交をこなした。

完ぺきとはいかないが、まあまあの成果だったと自分では考えている。

帰って報告しても、脳筋の父はおそらく「お疲れ!」くらいしか言わないだろう。

問題は事務方のトップである家宰の方だ。


いくら騎士団を率いる辺境伯と言えど、立派な領主。

何でも丸投げしてくる現当主に辟易した家宰は、次代であるアルマンドの教育に熱心だ。


大切な領地のことだから、アルマンドも真面目に勉強はしてきた。

しかし、実務に携わるようになって、はっきり理解した。


これは、一人では無理だ、と。


どうも昔からの習慣のせいか、辺境伯領では事務方の仕事は後回しにされがちなのだ。

それでさんざん苦労してきた家宰が、今度は次期領主にその責を丸っと投げ戻そうとしている。


家宰は悪人ではないし、ある意味、こうすることは理解できた。

彼には跡継ぎがいない。

本来ならば、家宰の仕事を自分の息子なり、養子なりに教え込めむのだが、様々な理由があって、それは叶わなかった。



アルマンドは辺境伯騎士団の副団長として、国境の警戒や盗賊の取り締まり、野獣討伐などに取り組んできた。

まだ浅いながらも、その経験から考えれば、事務に携わる人員を増やし、仕事も責任も偏らないように割り振っていくのが理想である。


戦いの最中では、前線にいる者が傷つけば、後ろにいる者が交代し、フォローし、皆で切り抜けるのだから。


王都とのやり取りや、事務作業はだんだん煩雑になって行く。

当代の父はまだまだ元気だが、いつ何があるかはわからない。

すぐに事務方の改革に取り組まねば、自分の首が絞まる。

だが、どこから手を付ければいいのか。

今回の王都滞在でも、そのヒントを探したが、時間が短くて十分ではなかった。

さて、どうしたものか。



「お兄様~! そろそろ休憩にしませんか~?」


「お腹が空きましたわ~」


馬車から双子の妹、ペネロペとプリシラが声をかけて来る。


「ビビアナ嬢、後一時間ほどで、君の家に着く予定だが」


「ええ、ですが、まだ陽が高いので、皆出払っているかもしれません。

家に着いても、すぐ食事は出来ないかも」


デビュタントでダンスバトルを繰り広げた双子とビビアナはすでに戦友。

すっかり打ち解けた仲だ。

三人が連携すれば、たいていは彼女たちの思う壺。


「お兄様!」


「わたしたちが空腹で倒れても平気ですの?」


「……わかった、休憩しよう」


王都から三日。

令嬢三人が乗った馬車が一台と荷車一台、御者が二名。

騎乗の隊長のアルマンドと護衛騎士が八名、という一団は足を止めた。



ビビアナの実家、マルケス伯爵家は林業を主産業としている。

領内に入ってからは、林や森の緑が涼やかだ。


領主館では補給がてら、一泊させてもらう予定だ。

食料もある程度、消費してしまって構わない。


ペネロペが「よし、野営おやつ行ってみよう!」と掛け声をかければ、プリシラは「オッケー、わたし火を熾す」と応える。

すかさずビビアナが「領内だから水場がわかるわ。水を汲んでくるわね」「よろしく~」と、流れるように三人娘が準備をしだす。



主人一家の娘である双子と、客である伯爵家令嬢が働く様子に、最初は護衛たちも恐縮していた。


「ずっと馬車に乗せて頂いて、ありがたいんですけど、動かないと身体が固まるので」


というビビアナの常識的な言葉には、騎士たちはすぐに頷かなかった。

しかし。


「わたしたちを働かせないと、ダンスの相手をしてもらうことになるけど?」


「わたしたちは、どっちでもいいけど?」


と、にこやかに双子が言った途端に、騎士たちは「ありがたく休憩させていただきます!」とズゾゾと下がって行った。



このダンスとは、夜会で踊る華麗なアレとは異なる。

旅をしながら、さらに意気投合した三人娘は、それぞれの領地に伝わるフォークダンスを教え合った。

そして、まるで当然のように、二つのダンスを融合させ、複雑化し、テンポアップまでして楽しみだしたのである。


ダンサー三人娘は楽しくて仕方ないが、常人では不可能なダンスである。

ところが非常に気の毒なことに、騎士と言うものは体力がある。

そして、運動能力もある。


哀れな生贄たちは、夕食後の腹ごなしだとフォークダンスをさせられ、撃沈した。

翌日にも、僅かながら後遺症を残した者がおり、アルマンドによって一応禁止令は出たが、双子はどこ吹く風。

禁止されたのは、あのダンス。ということは、新しいダンスを作ってしまえば良いのである。

簡単なことだ。



「水運びなら、私も手伝おう」


アルマンドは、馬にやる分の桶も用意して、ビビアナの後をついて行く。

その先には、清水の流れる細い川があった。


「きれいな水だな」


「ええ、山があるので、湧き水が豊富なんです」


二人で二往復して、必要な水を確保する。

林の中のデコボコした地面を、苦も無くさっさと歩くビビアナには感心する。

やはり、体幹がしっかりしている。



「二人とも、おやつ出来てるよ!」


「早く早く!」


騎士たちはすでに、ハフハフ言いながら熱々の食べ物を口にしていた。

順番に警戒に就かねばならず、食事は身分より手の空いたものから食べるのが辺境流だ。


敷かれたラグに腰かければ、ペネロペが熱々のパンをくれた。

石で即席の窯を作り、余った食材を乗せてホットオープンサンドにしてくれたようだ。


「ありがとう! ……美味しい。ペネロペ、相変わらず組み合わせ上手」


「ウフフ」


「わたしたち、食いしん坊だからね」


本格的な料理はしない双子だが、騎士団の手伝いで野営することは少なくない。

ちょっとした手間で美味しくすることには長けていた。



食事と休憩を終えて、竈の始末のために、もう一度二人で水を汲みに出た。


いや別に、二人で行く必要も無いのだが、双子も騎士たちも、何かとそうなるように仕向けて来る。


「ビビアナ嬢、済まんな」


「何のことですか?」


「妹たちが、何かと二人きりにしようと仕掛けて来るだろう?」


「ああ、いえ、特に気にはなりません。

密室に二人きりで閉じ込められるというような、悪質なものでは無いのですし」


「……まさか、そんな経験が?」


「いえいえ、デビュタントを済ましたばかりですもの。

話に聞いただけです」


アルマンドはなぜかホッとした。



「領地に帰って、これから、どうする予定なんだ?」


「そうですね。

気の向く縁談が来れば、嫁に行くのでしょうけれど。

縁が無ければ無いで、構いません。

王都も楽しかったですけど、やはり田舎が馴染みます。

弓の扱いを習ってイノシシが狩れるようになれば、一人でも食べて行けるかな、と」


「なんだか、夢いっぱいに聞こえる。

王都で暮らす令嬢は、婚約者を得るのに血眼になっていたが」


ふふ、とビビアナは笑う。


「どんな良縁を得ても、先はわかりません。

最愛同士でも別れが突然来ることだってありますもの。

うちの領地は林業が主要産業ですから、たまに事故も起こります。

でも、大黒柱を失った家で、ずっと泣き暮らす未亡人なんていません。

もちろん悲しんだり、元気を失ったりはするんです。

だけど皆、どこかで気持ちにけりを付けて立ち上がります。

その後のおばちゃんや婆ちゃんたちの強さと言ったら。

家族の尻を叩いて、立ち上がらせるのは彼女たちなんですよ」


「心が強いのだな」


「家族のために、強くなるんだって言っていました。

向き不向きはありますが、女だっていざとなれば何でもやれます」


「そうかもしれんな」


どうしよう、なんて悩む暇もないのだろう。

やることは決まっている。

何とかして生き延びる、それだけだ。



ふと、視界の端に黒っぽい影が映った。


「狼……」


ビビアナも気付いている。


群れだとやっかいだ、とアルマンドが考えていると後ろの気配が消えた。

カサリとかすかな音がしたので、おそらくビビアナが木に登ったのだろう。

ありがたい、目の前に集中できる。


こちらに気付いた狼としばらくにらみ合う。

幸いにも、お互い冷静だ。

見つめ合った、というのが正しいかもしれない。


しばらくそうしていると、やがて狼が目を逸らし、歩き去って行く。

新手の気配は無い。

アルマンドはホッと息を吐いた。


「良かった、やり合わずに済みましたね」


木の上から声が降って来る。


「ああ、一匹だけのはぐれだったのかな。

君は、一人で降りられるか?」


「野営おやつの匂いが気になって、出てきたのかもしれませんね。

あの、ご相談なんですけど、飛び降りるので受け止めてもらえます?」


「かまわないが」


「重いですよ!」と言いながらビビアナは迷わず、太い枝から飛んだ。

アルマンドは、しっかりと抱き留める。


「ありがとうございます」


何かを抱えたような体勢だったので、お姫様抱っこになった。


「狼が怖かったか?」


「まさか……と言いたいところですけど、正直怖いです。

木の上に逃げるのが精一杯でした」


「そのおかげで、私は狼に集中できた。ありがとう」


「こちらこそ、一人で狼に出会っていたらと思うと、生きた心地もしませんでした」


「で、その、抱えているものは何だろう?」


「逃げた木の上で、珍しいものを見つけまして。

これ、蔓性の果物で美味しいんですけど、めったに見つからなくて。

嬉しくて、もいで来ました」


ビビアナは、一抱えもある大きな丸い果物を嬉しそうに抱きしめている。

蔓性で見つけにくく、しかも、実は木の枝の上に引っかかるように生るという。


「獣や鳥のご馳走を横取りしました」


他にも二個ほど生っていたそうだが、一個だけ取ったのだとか。



「ビビアナ、お兄様、何かありましたの?」


水汲みにしては時間がかかったので気になったのだろう。

弓を携えたペネロペとプリシラが林に入って来た。


「狼が出たんだ」


「大丈夫ですの?」


「お互い様子見だけで、距離をとったまま離れた」


「良かったわ」


「ビビアナ、それなあに?」


「珍しい果物よ。木の上で見つけたの」


「あら、今夜のデザート?」


「ええ、この色付き加減なら、きっと熟しているから」



「ペネロペはビビアナを連れて戻ってくれ。

プリシラは水汲みについて来い。

あー、ビビアナ、果物一人で運べるか?」


「なんとか。ペネロペが警戒してくれるなら、運ぶのに専念できますから」


「気を付けて」


「はい、ありがとうございます」



その後は、新たな野生動物に出くわすこともなく、片づけを済ませて出発する。



「婆や、ただ今!」


「お帰りなさいませ、お嬢様。ようこそ、皆さま」


「アルマンド・モリエンテスだ。お世話になる。

こちらは妹のペネロペとプリシラ。それから護衛の騎士たちだ」


「よくお出でくださいました。

生憎、主人も家宰も出ておりまして。

私は留守番のテクラでございます。

どうぞ、こちらへ」


婆やと呼ばれた年配の女性は、元はビビアナの乳母だったが、今では家政婦長を務めているそうだ。

従僕やメイドに騎士たちの世話を、厩番に馬と馬車の世話をてきぱきと指図した。


「婆や、お土産があるの」


「あらまあ、ブエルテじゃありませんか、珍しい」


「木の上で見つけたのよ」


「吉兆の印ですよ。きっとおめでたいことがあります」


令嬢の木登りは、この領ではデフォルトのようだ。

アルマンドは思わず顔が緩むのを感じた。



その夜は、伯爵家の庭で歓迎のパーティーが開かれた。

主立った領民が集まり、大きなかがり火が焚かれる。

そして、賑やかな演奏が始まった。


「伯爵家は、こんなに立派な楽団をお持ちでしたか」


「いやいや、木材だけは豊富ですから、昔から楽器作りをしていまして。

ちょっと、他所ではお目にかかれないような楽器もありますよ」


ビビアナの父、マルケス伯爵は苦笑いだ。

確かに一風変わった楽器も多いが、音色はなかなかのもの。


「これは、踊らなくては!」


「そうね、踊らなくては!」


「普通のダンスにしておけよ」


「最初は、そうしましょうか」


「仕方ないわね、そうしましょう」


皆で踊れるフォークダンスに始まり、例の高難度のフォークダンスが披露される。

さすがビビアナの産地、いや生地だけあって、囃し立てる声はあっても驚きの声は無い。



「さて、賑やかなのもよろしいが、そろそろ、しっとりした踊りもいいのではないか?」


伯爵の一声で、楽団はワルツを奏で始めた。

伯爵が夫人を誘い、見事なダンスを一曲踊る。


それに続けて、ペネロペとプリシラもダンスに誘われた。

彼等はフォークダンスの時も、かなりな腕前を披露していた領民の若者たちだ。

辺境領の護衛騎士が、あからさまにホッとした顔をしている。



アルマンドはビビアナを誘った。


デビュタントの夜会から何度、彼女と踊っただろう。

踊るたび、何かが馴染んでいく気がする。

これは、自分だけの感覚なのだろうか。


「猟師も悪くはなかろうが、よければ、辺境伯領に来ないか。

仕事はいくらでもある」


「フォークダンスの振り付け、とか?」


「いや、それは趣味に留めておいてもらいたい」


「ふふ、新しい場所で、新しい経験をしてみるのもいいかもしれません。

そうだわ、プリシラとペネロペの侍女とか?」


「まあ、あいつらに侍女が必要かどうかはともかく、ついて行けるのは君くらいだろうな」


後は……

次期辺境伯夫人の席も空いている。


「どんなお手伝いが出来るかわかりませんが、考えてみます」



君ならどこにいても、自分の仕事を見つけられるだろう。

だが出来るなら、私の背中を見守って欲しい。

私に必要なのは、いざという時に、背中を任せられる女性だ。


……口には出さなかったが、そんな思いがアルマンドの胸の内を駆け巡る。


我ながら情けない。

これじゃ、単なる弱音じゃないか。

まあいい。

ここまで来たら、さらけ出してしまえ。



「辺境伯領に来て、一番近くで私を見ていてくれ。

そしてもし、私の側でずっと働いてもいいと思えたら……」


ビビアナは目を瞠る。

そして、柔らかく微笑んだ。


「肝心なのは、今、誰と踊りたいか。

それだけなのかもしれません」


淡々と紡がれた、その言葉はどこか意味深だ。

いや、意味深だと無理にでも、捉えたいだけなのかもしれない。



気付けば、踊っていたのは二人だけ。

やがて楽の音が止むと、伯爵家の庭は大きな拍手と歓声で溢れた。



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[良い点] 良いですね♪ こういうお話、すごく好きです なにかひねりがあるとか、特殊な出来事があるとかじゃなくて ただ淡々と時が流れて、「気がついたら、大事なものはそこにあった」みたいな すごくホ…
[良い点] ☆★★★☆ ギュッとしてる感じ! ダンスバトル!
[良い点] とても好きです。 文章も丁寧で読みやすく、しみじみといいなぁと思うお話でした。
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