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6.5

〜フィリア視点〜


僕、フィリア・ヴィオレットはグレイユル王国の第二王子として生まれた。

歳が1つしか変わらない第一王子である兄は僕が物心をついた時から王国始まって以来の秀才と讃えられていた。

勉学や魔力、剣術の才だけでは無く、周囲の人を自然と惹きつけ引っ張る力が有った。次期国王は現国王からの任命制であるが、兄のカリスマ性は誰もが次期国王になると確信していた。

また、兄は魔法の才があり新たな魔法を生み出すことに長けていて、周囲を驚かせた。

この国独自の魔法を幾つも編み出すことにより、他国での評価も上がりこの国も兄がいれば安泰だと周囲は兄を称賛した。

そんな兄は、僕にとって憧れで有り目標であった。いつか兄と肩を並べどちらが王になっても2人で王国を支えていきたいと考えていた。


周囲も弟である僕にも必然と期待を寄せて来た。それに応えたくて兄と同じになれる様に兄を自分なりに真似た。


しかし、兄の様な周囲の人を惹きつけるカリスマ性や周りを驚かすアイデアは僕には無く周囲からは段々と劣等生の烙印を押される様になった。

勉学、魔力、剣術、政治全てのことを必死に学んだ。努力もした。

しかし、兄の秀才ぶりが国全体に広まっており、僕が結果を残しても“お兄様はもっと凄いのでしょう?”と、周囲は結局兄しか評価してくれなかった。

そんな中、兄は史上初の快挙ばかり成し遂げその評判は国外にも名を轟かせていた。

僕と兄の溝は開くばかりだった。

いつしか、僕は兄と肩を並べることを諦めた。





7歳になった頃、父の旧友であるグルーヴ公爵の令嬢が婚約者として紹介された。

令嬢らしい白い肌にカールしたふわふわした髪、深く紅い吊り上がった大きな瞳が特徴的な少女だった。

凛々しい目元と、整った顔立ちは何処か近寄りがたい印象だ。

父と話す姿は近寄りがたい見た目に反して気さくで愛嬌があり、父ともすぐに打ち解けていた。


暫くして、父とグルーヴ公爵が席を外し2人きりになると話題に困ったのかグルーヴ公爵令嬢は「フィリア様はお兄様がいらっしゃいましたよね?」と、声をかけて来た。

ああ、彼女も兄側の人間か。

何度目だろうこの話題は。兄の話題を出されるたびに自分に酷く落胆する。この感覚は何度経験して慣れない。

みんな一言目には兄の話ばかり。うんざりだ。

父が戻ってくるまではこの部屋に居ようと思っていたが自室に戻ろう。

自室に戻ることを口にしようとした瞬間、彼女の言葉が遮った。

「私は弟がいますの!お父様とお母様には内緒なんですが、2人で内緒で良く山に釣りに行くんです。」

その言葉に脳が理解できなかったことを覚えている。

公爵令嬢が釣り…?

思わず思ったことが口に出てしまうと、グルーヴ公爵令嬢は紅い瞳をキラキラさせて今まで釣り上げた魚の話を身振り手振りを加えながら話してくれた。その姿はどこか懐かしくて見覚えがある様に感じた。

グルーヴ公爵令嬢と流れで今度グルーヴ領で釣りをする約束をした。

彼女と別れた後も、彼女のキラキラした紅い瞳が頭に焼きついて離れなかった。


その日、夢を見た。まだ母上が生きていて兄と僕が誰からも期待されていない時。

兄は魔術の授業から帰るとその日覚えた魔法を彼女と同じキラキラした瞳で僕に見せてくれた。僕はその時間が好きで兄が帰ってくるのをいつも楽しみにしていた。

夢が覚めてほしくないと初めて願った。




グルーヴ領に向かう日の朝、僕は彼女、ラナミアに会うのがどこか待ち遠しかった。同世代の子供と遊ぶという経験がなく少なからず憧れていたこともあったし、あの頃の兄と同じ瞳をしているラナミアにまた会いたいと思っていた。

グルーヴ公爵の屋敷に着けば、ラナミアが出迎えてくれたがその格好が庶民が着ている様な令嬢では考えられない質素で飾り気のないワンピースにバケツを手にして現れた。

執事に注意されるも全然意味がわかっていないラナミアの様子が可笑しくて笑いを堪えるのに必死になった。

案の定、執事に別室に連れてかれ、数分後に青い顔をしたラナミアが着替えて戻ってきた。


グルーヴ領は自然豊かで景色と空気が良いということで国内でも密かに人気の観光地だったりする。

馬車から見える自然の風景はしっかり手入れがされており、洗練されているのに何処か親しみを感じる。有名な画家が風景画を残したくなるの気持ちになるのも理解できる。

暫くして、ラナミアたちがよく遊んでいるという渓流へ着けば“ここでいつも釣りをしていますの!”と、鼻高々にラナミアが言った。

水は澄み切っていて空を鏡の様に写していて、渓流の流れると音瑞々しい新緑の木々が葉を揺らす音だけがしていた。

普段、自然とはかけ離れた王城付近で見ることのない景色にどこか懐かしさと安心感を覚えた。

ラナミアが鼻高々になるのが分かる。

“のどかでいい場所ですね。”と、素直な感想を口にすればラナミアはとても嬉しそうに無邪気に笑った。

その笑顔が何だか嬉しくてもっと見てみたいと思った。

ラナミアの弟に呼ばれラナミアが僕の手を取った。

その瞬間、体全体が熱くなった。あまり、人と手を繋つないだことがないなら恥ずかしかったんだと思う。暫く心臓がドキドキした。


釣りを始めてみたがなかなか釣れず、そう言えば前に読んだ本で川は表層と底層で流れが違い、表層が早いためおもりが適切でないと流されてしまい流れの緩やかな魚の多い底層まで釣り針が落ちないと読んだことがある。

ラナミアにおもりの予備があるか聴けばなんか興奮した様子で近寄って来た。彼女はどうも距離感が近くて心臓に悪い。

予備は持って来てないようだ。だが、おもりぐらいの重さの石なら土魔法で作れそうだ。問題はサイズと重さを適切に計算することだ。昨日は雨が降り流れがそこそこ早い。おもりが重すぎても根掛かりしてしまうからこのくらいの重さが適切だろう。

いつもの感覚で手のひらに魔力を集中させ頭に思い描いていたサイズの石を作る。それを元々ついていたおもりと付け替え水面に投げ込めばすぐに手応えを感じ釣り上げることができた。


「すごいわ!!どうして!!」

ラナミアは紅い瞳を宝石の様に輝かせながら凄い勢いで近寄ってくる。

本で読んだ知識と見解を話し、先ほど作ったのと同様のおもりを土魔法でラナミアと弟の分を2つ作れば、ラナミアはまるで魔法を初めてみた子供の様に目を爛々とさせた。

「フィリア様本当に凄いですわ!私、釣れない原因がおもりだなんて全く思いましませんでしたし、状況見ただけで適切なおもりを計算して作れるなんて素晴らしいですわ!」

ラナミアの表情と様子から素直に本心から誉めてくれていることが嬉しかった。人に褒められたのはいつぶりだろう。

兄と比べられなかったのはいつぶりだろう。

でも、きっとラナミアも兄のことを知れば周りと同じ様に僕よりも兄ばかりを見る様になってしまうのだろうか。

ラナミアに褒められて暖かな気持ちになった心を黒いモヤが塗りつぶしていく。

僕は思わず“兄様ならもっと上手くやったいた。”と、口に出していた。

ラナミアのキラキラと輝く紅い瞳を見るのが怖くて逸らしていれば、

「フィリア様、私はお兄様のことはお話でしか聞いたことが無いので実際の事は分かりかねますが、」

彼女の先ほどの無邪気な子供らしい声とは違い、凛とした強い意思がこもった声に思わず彼女を見た。

「私の中ではフィリア様は充分に素晴らしいお方です。短い時間で状況を分析し、正確な解決策を打ち出すことは誰にでも出来ることではありません。少なくとも私には一生かかっても出来るとは思いません。それに、土魔術は才能があっても繊細なコントロールは長年の努力でしか身につかないと聞いております。この短時間ですが、私にはフィリア様がとても聡明で努力家の素敵な方だと感じました。」

心が震えるって本で読んだことあったけど、きっとこういうことなんだ。

彼女が発した言葉はずっと僕が待ち望んでいた、欲しかった言葉だった。

兄の様に奇抜で型破りな発想を新しく考えるよりも、データを積み重ねて分析し現状何が出来るか考える方が好きだった。

兄の様に派手で誰がみても凄い魔法を使うよりも、人には気づかれにくい繊細で細かいことに気を使う魔法の方が得意だった。

兄の様になる事がみんなに認めらる事だと思っていた。

でも、ここに俺の強みをちゃんと見てくれる人がいた。


「フィリア様は、素敵なお方です。私は私自身の感性で王族とか関係ない1人の人間としてそう思いました。なので、それを否定されると私自身も否定された様で悲しくなります。」

彼女は強い眼差しで目に涙を溜めながら真っ直ぐに僕を見ていた。


僕を秀才の弟で無く、この国の王子としてで無く、ただのフィリアとして見てくれる人が現れたんだ。

心がすごく震えてるのがわかる。目頭が熱く今にも泣き出しそうだ。

そうか、1番僕自身を否定していたのは周りじゃ無くて自分自身だったのか。


「ごめんなさいラナミア、あなたを否定したつもりは有りませんでした。…本当は褒めていただいて嬉しかったです。ありがとうございます。」

自分の気持ちを素直に出すのは久しぶりで、少し恥ずかしかったけどありのままの自分である事も悪くないなと思った。


ラナミアが急に鼻血を出して倒れてしまったので、木陰に運んで暫く休ました後、釣りを再開した。

それからおもりを変えて大量に釣り上げた魚を、木の枝に刺す。初めての作業でなかなか上手くできずに居たが、魔力の話で意気投合して仲良くなったアルムがコツを教えてくれた。かなり慣れた手つきな事を褒めたら、“姉様に物心ついた頃から連れてこられていたので”と、遠い目をして言っていた。型破りな上を持つと弟はどの家でも苦労するのかも知れない。

焚き火で焼き上げた魚は塩だけのシンプルな味付けなのに、王宮で出る料理よりなんだか美味しく感じた。


気がつけば日も傾き、迎えの馬車が来ていた。

1日がこんなに早い感じたのはいつ振りだろう。

笑顔で見送る彼女を見ていたら離れがたいと思った。

また遊びに来たいと伝えるとラナミアは“ もちろんですわ!いつでもお越しください。私もまた遊びたいです。”と、とても嬉しそうに笑ってくれた。

アルムもまた会いたいと言ってくれてとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。



馬車に乗り込むと、王宮に向かって走り始める。

ヴィオレット公爵の屋敷から大分離れたところまで来たが、今日の出来事ばかり思い出していた。

心が心が満たされたのは、母上が亡くなって以来だろうか。

ラナミアといると飾らない素直な自分で居られる。それが凄く心地よく感じていた。

ラナミアのそばにずっと居れたらいいのにと、彼女の笑顔を思い出していた。




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