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「んー、中々釣れませんわね…」
釣りを始めて30分。3人とも竿に当たりの気配は全くと言っていい程無かった。
「姉様、俺違うところで釣って来ます。」
集中力が切れ始めていたアルムはそう言って上流の方に移動して行った。
川を覗き込むと魚が泳いでいるので居ないという訳では無いんだよな。
私とアルムはたまにこういう事があった時は引き上げちゃうんだけど、せっかく足を運んでくれたフィリアが居るのにそれは出来ない。
んー、どうしたものかな。
「ラナミア様、少々宜しいですか?」
うんうん唸って考え事をしていると、フィリアが私の名前を呼んだ。
あれ、私の名前呼ぶの初めてじゃない?すごく嬉しい!
嬉しくて勢いよくフィリアに近づくと、“近いです。”と、顔を赤くして注意された。
「おもりは今釣竿についているもの以外にございますか?」
「申し訳ございません、今は持っておりません。恐らく屋敷の倉庫にならあると思うわ。何かございましたか?」
「いえ、ちょっと気になった事があったので。」
そう、フィリア少し考える様な顔をした後右手を握り真剣な顔をする。手を開けば丸い石のようなものがあった。
フィリアは釣竿の重りを手の中にあった石と付け替え、再び水面に釣り針を投げ込むと、今までピクリとも引かなかった釣竿が大きくしなり、30秒もせず釣り上げた。
「すごいわ!!どうして!!」
持っていた釣竿を放り投げ、フィリアに近寄る。
「恐らくなんですが、川の流れに対しておもりの重さがあっていなかったように思われます。」
「おもりの重さ…?」
「はい、昨日雨が降った影響か今日は川の流れが早くなってるように見受けられます。そのせいでいつも使ってるおもりでは表層で針が流れてしまい、魚のいる低層までハリが沈まず魚がかかりにくかったのだと思います。今、即席ですが適切な重りを作らせていただいたのでこれで釣りやすくなると思います。」
そう言って、フィリアが差し出した手の中には先程フィリアが作り出していたものと同じ石が2つあった。
「フィリア様本当に凄いですわ!私、釣れない原因がおもりだなんて全く思いましませんでしたし、状況見ただけで適切なおもりを計算して作れるなんて素晴らしいですわ!」
フィリアが重りを作るのに使ったのは土魔術で、作り出すものが小さければ小さいほど繊細な魔力コントロールを必要とする。
それは大人でも難しく、手のひらに収まるサイズの石を作る技術を会得するのに50年の修行がいると聞いたことがある。
それに、全く同じものを3つも簡単に作り出しているところから見ると才能と相当の努力を積み重ねて来た事が分かる。
「そんな事ありませんよ。たまたま前に本で読んだ知識を思い出しただけです。兄様ならもっと早い段段階で気がついてもっと最善の対処していたと思います。」
そう、目を伏せ悲しげな顔でフィリアは言った。
「フィリア様、私はお兄様のことはお話でしか聞いたことが無いので実際の事は分かりかねますが、私の中ではフィリア様は充分に素晴らしいお方です。短い時間で状況を分析し、正確な解決策を打ち出すことは誰にでも出来ることではありません。少なくとも私には一生かかっても出来るとは思いません。それに、土魔術は才能があっても繊細なコントロールは長年の努力でしか身につかないと聞いております。この短時間ですが、私にはフィリア様がとても聡明で努力家の素敵な方だと感じました。」
ゲームの中でもそうだったが、長年の周囲からの刷り込みにより常に兄である第一王子の事をフィリアは神格化していた。
その為、自分の秀でている部分も兄には勝てないと思い込んでいた。実際はそんな事無く、状況分析と策略を考えるのはフィリアが頭一つ抜けており、終盤の戦いでその能力にかなり苦戦させられる事になる。
「フィリア様は、素敵なお方です。私は私自身の感性で王族とか関係ない1人の人間としてそう思いました。なので、それを否定されると私自身も否定された様で悲しくなります。」
確かにあなたを第一王子と比べて卑下する方は沢山いるかもしれません。でも、キチンとあなた自身を見てあなたの素晴らしさに気がついている人がいることにも目を向けてほしい。
「ごめんなさいラナミア、あなたを否定したつもりは有りませんでした。…本当は褒めていただいて嬉しかったです。ありがとうございます。」
そう恥ずかしそうに顔を赤くしながらそう言った後、フィリアは満面の笑みで笑った。
その神々しさは神を凌駕する物で、ツンしか無かったツインテール幼馴染がやっとデレた時の様な、ファンサを全くしないアイドルが気まぐれでファンサしてくれた時のような、凄まじい破壊力に私は鼻血を垂らして倒れ込んだ。
その後、木陰でしばらく休みフィリアが作ってくれた重りを使って釣りを再開するとさっきまで釣れてなかったのが嘘の様に大量の成果を上げた。
釣り上げた魚を焚き火で焼いて食べ、山を下山しヴィオレット家の屋敷に着いた頃には日もすっかり傾き辺りがオレンジ色に染まっていた。
「本日はとても楽しかったです。また、遊びに来てもいいですか?」
フィリアは、少し恥ずかしそうにそう言った。
「もちろんですわ!いつでもお越しください。私もまた遊びたいです。」
「えー、姉さんばかり狡い。フィリア様今度は俺に魔力の事教えてよ。」
アルムが私とフィリアの間に割り込む。
あれからすっかりフィリアとアルムは仲良くなった。
アルムは元々魔力に関心が高かったのも有り、フィリアの土魔力の精密なコントロールをきっかけに話が弾んで今ではアルムがフィリアにベッタリだ。お陰で後半は魔力に関する専門用語だらけの会話に私はついていけず魚をひたすら食べるマシーンと化していた。
王宮に帰るフィリアに手を振り見送ったあと、今日1日のことを思い返してルンルンで屋敷に戻る。
今日の夕飯何かしら。お魚たくさん食べたからお肉料理がいいわ。あ、ビーフシチューとか煮込み系だったら嬉しいわ。
「お嬢様、おかえりなさいませ。」
「あ、ただいま!ラ、ヴィ…」
私は思い出した。いや、何で今の今まで忘れていたのだろう。
顔を上げれば、満面の黒い笑みを浮かべたラヴィが立っていた。
「お話がございますので、3時間ほど宜しいでしょうか?」
にっこり笑ったその目は獲物を狩るときの肉食動物の目をしていた。