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フィリアが来る当日。
お父様とお母様は心配そうに出かけて行くのを見送り、渓流に出かける準備を急いで始める。
「よし、準備完了だわ。」
おでこに伝う汗を手の甲で拭き、一息つく。
昨日まで、1人になる隙が中々なくて今日の準備が全然出来なかったから、お父様達が出かけてからフィリアが来るまでの2時間の間で何とか準備を終える事ができた。
あとは、庭師のフィル爺から釣竿を借りるだけ。
弟のアルムとフィルムの3人で出かけるからちょっとピクニック気分。楽しみだな。
バケツと色々道具が詰まった鞄を持ちながら屋敷の廊下をルンルンと歩いていると、窓から王宮の馬車が敷地に入ってくるのが見えた。
フィリアが来たわ!今日は思う存分楽しませてあげるわ!
廊下を全力で走り、エントランスへ迎えば丁度フィリアが到着したところだった。
フィリアの顔を見て、テンションが上がった私はそのままフィリアの前まで走っていけば、すれ違う使用人達が驚いた顔で私を見ていた。
「フィリア王子!ようこそお越しくださいました!心よりお待ちしておりましたわ。」
そう言って貴族の礼をして顔を上げると、フィリアは豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔をしていた。
あれ?挨拶は完璧な筈なんだけど…?お母様のマナーレッスンでみっちりしごかれたから完璧に出来てると思うんだけど。
「お、お嬢様…」
頭に?を浮かべていれば執事のラヴィが怒りの表情を浮かべながら私の事を呼んだ。
「何かしら、ラヴィ?」
「“何かしら?”ではございません。ご自分の状況を客観的に見てください。」
「んー、あ。廊下を走ったから怒ってるんでしょ!ごめんなさい、つい浮かれちゃって。」
「廊下もそうですが…それよりももっと重大な事ございますよね?」
「んー、何かしら…全然思い当たらないわ。」
自分の行動を思い返して見ても、走った以外に思い浮かばない。
貴族の礼をと挨拶は完璧だったし。何かしら…
頭を捻り考えていると、ラヴィが深いため息を吐く。
「ご自分の身なりをよく鏡で見てください。それが淑女の格好ですか?」
頭を抱え、またため息を吐くラヴィ。
「格好?いつもの渓流に遊びにいく時の格好じゃない?」
動きやすい軽いワンピースにペチパンツを履いている。
私が渓流に行く時のお決まりの格好だ。ラヴィは私が今から渓流に行くの知ってる筈なのにどうしたのかしら?
何も分からないという表情を浮かべていると、ラヴィは眉間に皺を寄せた後に私を一瞬睨むとすぐに作り笑いを浮かべた。
「フィリア王子殿下。ラナミアお嬢様のご無礼お許しください。今すぐ着替えて参りますので少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか。」
そう言ってラヴィはフィリアに最敬礼をする。
フィリアを見れば俯き肩を震わせていた。
え、もしかしてすごく怒っている?私、不敬罪で国外追放される?
私も慌てて謝罪しようとすると、
「いえ、構いませんよそのままで。」
そう言って顔を上げたフィリアの表情は少しだけだが柔らかいように感じた。
「ここでいつも釣りをしていますの!」
領地の山にあるいつもの渓流に着く。
あの後少しフォーマルなワンピースに着替えさせられた後、5分程ラヴィに説教され“帰って来たらこの話の続きを致しますので覚悟しておいてください。”と、黒い笑みで言われた。帰ったら速攻で逃げよう。
そんなことより、やっぱりここは落ち着くわ。前世は田舎暮らしで小さい頃から山でよく遊んでいたからかな。
その時もよく川で釣りしたり泳いだりしていたわ。
こういうのどかな自然ってすごく好き。転生後に家の近くに山があると知った時はすぐに抜け出して遊びに行ったな。
「のどかでいい場所ですね。」
「フィリア王子にそう言っていただけて嬉しいです。私のお気に入りの場所なんです。」
よかった、フィリアにも気に入ってもらえて。自分の好きな場所を褒めてくれるのは純粋に嬉しい。
「姉様、フィリア様、準備できましたよ!」
少し離れた木陰のあたりで弟のアルムが手を振って私たちを呼んでいた。
「ありがとう、今行くわ!」
そう、ある間に返事をしフィリアの手をとる。
「参りましょう、フィリア様。」
そう笑うと、フィリア様の顔が赤くなる。
「フィリア様、顔赤いです!体調が優れないのですか?!」
どうしよう、慣れない山とかに連れて来たから?!
どこかで休ませないと。
あ、その前に少し離れたところで待機させてるお付きの人を呼んで…
「だ、大丈夫です。少し暑かっただけなので気にしないでください。」
「そうですか、何があっても無理なさらないでくださいね。」
そう言って、そのままフィリアの手を引いてアルムのところに向かった。