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前世は不慮の事故で20歳でこの世を去った。
前世でハマりにハマってプレイしていたゲーム、“ONE AFFECTIONⅡ〜魔法学校と5人の王子様〜”の世界に転生したと気がついたのは7歳の時だった。
現国王と旧友だった公爵家の父が魔力を発動したばかりの私と第二王子であるフィリア王子との婚約を決め、初めての顔合わせの時だった。
元から、自分のことをどこか他人のような俯瞰しているような違和感を感じていた。見たり行ったりしたことのない場所や聞いた事のないことをずっと前から知っているような感覚があり、子供ながらに不思議だった。
お城に呼ばれ、王子を一目見た瞬間全てを理解した。
と言うより、思い出した。
真っ黒い髪に、長いまつ毛に縁取られた海のような青い瞳。作り物のように整っているのにどこか切なげで憂いを帯びた顔。
私の記憶の中にある彼より幼いが紛れもなく彼は、ONE AFFECTION(略してワンアフィ)の攻略対象、グレイユル王国第二王子フィリア・ヴィオレットだ。
ワンアフィは、魔法がある中世あたりの世界を舞台にしたファンタジー恋愛ゲーム。
主人公であるスリジエが魔法学校に入学したところから物語は始まる。
魔法学校で5人の攻略対象と出会い、恋に落ちる。フィリアも例外なくその攻略対象の1人で、私が前世で熱を上げていたカップリングだ。
それは公式グッズからフィリアとスリジエがカップリングの同人誌まで買い漁るほど。なんなら、ファンアートも作ってた。
フィリアの黒髪とスリジエの桜色の髪が2人並んだ時に映える。身長差が20cmなところも好き。
フィリアは物語開始時は感情が無かったんだけど、スリジエと共にいるようになって凍りついた心が溶けて感情豊かになっていくところもいいのよね。
フィリアが初めてスリジエに笑顔を見せた時なんてときめきすぎて鼻血が出たのを今でも覚えている。
あぁ、この2人を間近で見ることができるだなんてなんで幸せ!
しかし、問題が一つある。
私はフィリアの婚約者でのちにゲームの主人公とフィリアの恋路を邪魔する悪役令嬢ラナミア・クルーヴに転生していたのだった。
いや、そんななろう展開本当にあるの?
「うちの娘のラナミアだ。」
夢?いや、それにしては今まで痛覚も味覚もあったし。それに確実に私はあの時に死んだ。
「ラナミア。」
「は、はいっ!!」
お父様に名前を呼ばれて我に帰る。
どうやら、お父様が国王とフィリアに私を紹介している所だったようだ。お父様と2人が心配そうにこちらを見ていた。
いけない、つい自分の世界に入ってしまってたわ。
「申し訳ございません。ラナミア・クルーヴと申します。」
お母様が張り切って仕立ててくれたドレスの両端をつまみペコリと会釈する。
「ははは申し訳ない。娘は王宮が初めてだから少し緊張しているようだ。」
お父様はスマートに私のことをフォローする。
流石、私のお父様!身長が高くさらりと伸びた手足、切長でクールな目元と色気がダダ漏れのオーラ。現世にいたら間違いなくハリウッドスターの頂点に上り詰めていただろう。
社交界の高嶺の花のお母様を口説き落としたという伝説を伊達に残してはいない。
クールな顔立ちなのに柔らかく笑うところがまた乙女心をくすぐる。
私が後20年早く生まれてれば…
あ、お父様とお母様が結婚してなければ私の生まれてないんだった。
まぁ、私の入る余地がないくらいお父様とお母様はラブラブなんだけど。
「じゃぁ、私たちはちょっと仕事の話をしてくる。2人で仲良くやるんだぞ。」
国王とお父様とフィリアの4人で他愛もない雑談をしばらくした後、お父様と国王が目配せしたと思えばそう言って席を立つ。
現世のお見合いで言う“あとは若い2人でごゆっくり〜”状態だ。
ニヤニヤしながら部屋を後にする国王とお父様を苦笑いで見送った。
国王とお父様が去った後、部屋は水を打ったかのように静かだ。
フィリアはゲームではクールでおとなしい性格だったと思う。
今だって、私と目を合わせることなくテーブルに置かれたティーカップを見つめている。
どうしよう、話題が思いつかない。
前世からだけど、沈黙がすごく苦手で何か喋って無いと気まずくなってしまう。
それに、今後のためにフィリアに“つまらない女だから。”と、今婚約破棄されるのは今後困る。出来るなら、ある程度の関係値を築いておきたい。
何か話題を…あ、そうだ!
「フィリア様はお兄様がいらっしゃいましたよね?」
確か、フィリアには2つ上の兄がいたはずだ。
「居ますが何か。」
フィリアの表情を見て地雷を踏み抜いたことに気がついた。目に光はなく、表情もまるでない。
“君も兄側の人間か。”と、うんざりと失望が入り混じったような表情をしていた。
思い出した。フィリアは兄に大きなコンプレックスを抱いていたことを。
出来の良すぎる兄のせいで虐げられ続け育ったフィリア。
いつでも出来のいい兄と比べられ、周囲の関心は常に兄だった。
フィリアは“なぜこんな出来の悪い子が生まれたのだろう”“王族の恥”と言われ続けていたのだ。
私、無神経すぎる。本当にバカ。
「私は弟がいますの!お父様とお母様には内緒なんですが、2人で内緒で良く山に釣りに行くんです。」
とにかく話を逸らそう。
「釣り…ですか?」
兄の話を聞かれると思っていたのか、はたまた令嬢が釣りをしていることに面を食らったのか、フィリアは目を大きく開け私を見た。
今日初めて目があった気がして、少し嬉しくなる。
「そうですの。うちの領地の山に渓流がありまして、ヤマメやニジマスが釣れますの!この間なんて60cmくらいのニジマスが釣れましたの!!最高記録ですわ!」
全身を使ってニジマスの大きさを表現する。
弟のアルムと一緒に釣り上げたのだ。その興奮は思い出すだけですぐ蘇る。
「塩焼きにして食べたのですがまた絶品で!」
「え、ニジマス食べたのですか?」
「はい!木の枝に刺して焼いて食べたのですが、鮮度がいいからとても美味しいのですよ。フィリア王子は召し上がったことありませんの?」
「えぇ、釣りもしたことがありません。」
「それは勿体無い!ぜひ今度うちの屋敷に遊びに来てください。私自ら釣り上げた新鮮な川魚をご馳走いたしますわ!」
気がつけばフィリア王子の手を握っていた。
いけない、貴族令嬢の身分で渓流釣りした魚を食べてるだなんてはしたない真似をしてるだなんて知られるだけでも恥なのに、王族であるフィリアをそれに誘うだなんて…
無礼に値して身分剥奪に!
それはフィリアとスリジエがくっついてから出ないと困る!
どうしよう。口から出た言葉は今更引っ込められない。
さーっと全身が冷えていくのがわかる。今の冗談って言って引っ込みつくかしら…言うだけ言ってみようかしら…
えぇい、どうなでもなれ!
「今のは…」
「はい、是非ご一緒してみてもよろしいですか。」
「はい?」
今、ご一緒するって言ってた?
「釣りって庶民の方々がやるような物で…」
チラチラフィリアを見て反応を伺う。
フィリアは相変わらず表情が乏しいけど、少しだけ笑っている気がした。
「貴女がとても楽しそうに話すので私もやってみたくなりました。今度伺うので是非連れて行ってください。」
その言葉が嬉しくて、握っていたフィリアの手を強く握る。
「はい!勿論ですわ、お待ちしております!」