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10.5

〜ルイ視点〜


僕は過去剣皇を多く輩出している剣術の名門貴族の家に生まれた。

家の名に恥じないように必要以上に厳しく育てられた。

物心ついたばかりの頃、僕は叔母にもらった白いウサギのぬいぐるみといつも一緒にいた。僕と同じ瞳の色をしていたこともありとてもお気に入りだった。

「男のくせにこんなぬいぐるみなんて持ってるんじゃない。」

そう言って父がそのウサギのぬいぐるみの胴体と頭を引きちぎった光景は今でも鮮明に思い出せる。

それから、僕が甘いお菓子や可愛らしいもの、刺繍や花などに興味を示すと“そんなんだと軟弱な男に育つ。”と、叩かれ酷い時は暗い物置に閉じ込められた。兄達には“女みたいで気色悪い。”と、蹴る殴るの暴行をされていた。

だから僕は“好き”を心の奥底に閉じ込めて隠した。

周りに知られてはならない。男らしくあろうと努めた。


僕が4歳になった頃、母の友人が剣術の先生としてやってきた。

名前はマーサで、褐色色の肌と短い黒髪にエメラルドグリーンの瞳、女性なのに身長が高く筋肉質で遠目から見たら男性と見間違う容姿をしていた。

僕ははじめて性別らしくない人物を見てとても興味が湧いたのを覚えている。

そこからマーサに憧れるのは早かった。

マーサの剣術の腕は勿論、考え方や生き方がとても素敵で憧れた。

「私は隣国の貴族令嬢だったが令嬢の趣味や作法が全く合わなくて、逃げる様に全寮制だったこの国の魔法学園に入学したんだ。

はじめは令嬢らしくない私の事を皆敬遠していたが、唯一仲良くしてくれたのがお前の母さんだったよ。お前の母さんと私はいろんな意味で正反対だったけど不思議と波長があって学園にいる間はいつも一緒にいた。周りはいろんな事を言っていたがお前の母さんが居たから全く気にならなかった。

学園を卒業して私は家に帰るのを拒絶する様に王国騎士団に入った。騎士団も学園と同じで私を敬遠したり女だからと疎外する者もいたが、剣術を極めていく内に私を受け入れてくれる奴らも多かった。だからルイ、周りがなんと言おうと自分の信念を突き通し続ければそんなお前を認めてくれる奴は絶対にいる。嫌われている大勢を気にするよりも、好いてくれている一部を大事にしろ。」

そう言ったマーサの力強い瞳を見ていたら何か熱いものが込み上げてくるものを感じた。

好きなものを好きって言っていいのかな?

甘くてふわふわなお菓子や可愛らしいぬいぐるみ、様にフリルがあしらわれた服を好きだと言ってもいいのかな?

そう思いながら屋敷を歩いていれば食器が床に落ちて割れる音がした。音のする方は父様と母様の部屋だった。


「お前の育て方が悪いからルイは軟弱な精神に育ったんだ。女みたいな物ばかり好んでお前が甘やかすからだ。」

そう言って、父様は母様を突き飛ばす。

床に倒れ込み痛そうに腰を摩る母様。

「でもルイは…」

「うるさい、口答えするな!」

そんな殴られ続ける母様を僕は足が震えて助けに入ることすら出来ず、ただ扉の前で座り込んで泣くことしかできなかった。

僕は自分を守ってくれる人を守れる勇気も力もない。

自分を大切に思ってくれる人を守れる力が欲しい。

マーサの言っていた言葉を思い出す。

情など要らない。僕にはマーサと母様だけ居ればそれでいい。

マーサと母様以外は全て敵だと思え。

その日から周りの人々が全て敵に映る様になった。


マーサが来て1年が経った頃、マーサが夜道で山賊に襲われ意識不明の重体だと連絡が入った。

僕ははじめて腸が煮えくりかえる程の怒りを感じた。

犯人を見つけて八つ裂きにしてやる事ばかり考えていた。

あらゆる手段を使っても犯人の手がかりが見つからず、焦りばかりが募っていった。

マーサは事件からもう直ぐ5日が経とうとしていたが目覚める気配が無かった。だいぶ衰弱しており、このまま目覚めなければ…

魔術の授業が終わり足早に廊下を歩いている時だった。

「あのマーサって女、傑作だったわ。」

マーサの名前に足が止まった。話し声のする部屋を覗き込めば、最近開発されたばかりの遠方にいる相手と会話できる魔道具で2番目の兄が誰かと話していた。

2番目の兄は特に男尊女卑が強く、女であるマーサを見下していた。マーサが剣術の先生になってからは真面目に授業を受けずマーサを小馬鹿にしていた。

「山賊に金渡してさ、あいつを夜山奥に呼び出して襲ってやったんだけどさ、傑作だったね。」

嬉々として話す兄の会話が頭に入ってこない。

マーサに対する罵倒を吐き出す兄に僕は怒りで震えが止まらなかった。

「あいつ、もう剣握らないらしいぞ。いい気味。」

そう、嬉しそうに笑う兄に血管が切れる音がした。

マーサが今までどれだけ真剣に剣術に向き合ってきたかお前は知ってるのか?

あの無駄のない洗練された動きができる様になるまでどれだけの血と汗を滲ませる努力をしてきたと思う?

マーサの大きな硬くてゴタゴタした手を思い出す。

気がつけば兄に殴りかかっていた。



父様には弁明の時間すら与えられず気がつけば、馬車に載せられ顔すら覚えていない叔父の元へ送られていた。

どうして、悪いのは兄なのに。

叔父もどうせ兄の味方だろう。それならば敵だ。

叔父の屋敷に着けば、僕のことを悪い様に言っていたらしく皆忌避する。

だから、僕は自分の身を自分で守ることにした。



ラナミアの第一印象は恐怖だった。

バルコニーから物音がして恐る恐るのぞけば、先日この屋敷の娘と紹介された娘がおでこを赤くしながらしゃがみ込んでいた。

目が合い、直感でヤバいと感じる急いで扉を閉めようとしたが足を捩じ込まれ無理やり扉をこじ開けられた。

笑顔で自己紹介とかしててすごく怖かった。

尻餅をつく僕に“お茶会にしましょう。”と、悪者の笑顔で見下ろしてくるラナミアに観念し、ソファーに座った。彼女の淹れた紅茶は今まで飲んだことのないくらい不味くて本当に令嬢かと疑った。

ラナミアをよく見ればドレスは汚れているし、露出している腕は擦り傷だらけで日に焼けていて本当に公爵令嬢なのかと疑問符が浮かんだ。

紅茶が不味いので、お菓子を出す様に促せば可愛らしい動物のメレンゲクッキーが並べられそれに目を輝かせた。それをラナミアに見られてヤバいと思ったがラナミアはそんな僕を笑ったりしなかった。

「私は男とか女とかよりも自分らしさを大切にしたいと思ってますの。」

ラナミアのその言葉がとても胸にスッと落ちる。

そうか、僕は自分らしく居たかっただけだったんだ。それに周りがどうとか関係無いんだ。

自分らしい事に胸を張っているラナミアはマーサにどこか似ている気がした。

ラナミアになら本当の僕を教えてもいいかな…

「僕、本当は甘いものも可愛いものもフリルのついた服とか、ぬいぐるみが大好きなんだ。」

僕は好きなものを初めて口に出したのかもしれない。

口にした瞬間、がそれらが更に愛おしく感じた。なんだか目頭が熱く涙が溢れそうになった。

ラナミアは笑顔で“あら、素敵だわ。じゃぁ明日、町でショッピングでもしましょうか。ルイの好きなものを全部見ましょう。”と、言ってくれた。



ラナミアと過ごす日々はとても楽しくて、ありのままの自分であることがこんなに心地がいいものとは思わなかった。

ラナミアは甘えると嬉しそうに頭を撫でてくれてとても安心する。

今までだと甘えるだけで叩かれていた。

ラナミアはお花のいい香りがして柔らかく温かいからずっとくっついていたくなる。

お姉ちゃんが居たらこんな感じなのかな。ラナミアがお姉ちゃんになってくれたらいいのに。ずっとラナミアと居たいな。




「ねぇ、どうしてお兄様と喧嘩したの?」

ラナミアとまったりお庭で寝そべっていると真剣な顔でそう聞いてきた。

この屋敷に来て色々な人に聞かれたが、どうせ信じて貰えないだろうと口籠ってきた。

でも、人のことを先入観とか噂で判断しない彼女であれば僕の言葉を信じてくれるだろうか。彼女になら話してもきっと…

僕はあの日起きた真実を彼女に話した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「勝者、ルイ・オロフ!」

審判が僕の名前を呼ぶ。床に転がる2番目の兄と信じられない光景を目の当たりにしたかの如く口を開けて驚いたままの周囲。

それはそうだろう。齢5歳の少年が7歳年上の兄に圧勝したのだから。今まで威勢の良かった兄達は俺から避ける様に目を逸らした。

その後直ぐに、ラナミアの父の知人である施療師のお陰でマーサの意識が戻ったと連絡が入った。マーサのある部屋に急いで向かうと、大分やつれたマーサが僕の姿を見て嬉しそうに笑った。そんなマーサを見て僕は久しぶりに大泣きした。


兄は不服そうにマーサに謝罪をし、その後全寮制の学校に強制的入学させられていた。卒業するまでの10年は一切学校から出られないらしく兄の顔を当面見なくて良いと知りホッとした。

他の兄達も僕の剣術の腕を見て見直した様で、現金だとは思うが軟化した態度にまぁ、悪くは無いと思っている。

父も今回の件を重く受け止めとても反省している様だった。

以前より僕の話を聞いてくれる様になったし、何より母様に優しく接する様になっていた。

母様曰く、剣術の名家に嫁いだ事による後継者を育てなければいけないと言う重圧で子供達に厳しく接しすぎてしまっていたとのことだ。“根が真面目で不器用な人だけど繊細でいい人なの。あまり憎まないであげて。”と、母様は悲しそうに言った。

父も父で苦しかったのだと思うと可哀想と思いはしたが、今まで僕や母にした仕打ちを許そうとは思わなかった。




ラナミアに婚約者がいてしかも第二王子な事にはとても驚いた。

第二王様のフィリア様は、年の割にとても落ち着いていて漆黒の髪に吸い込まれそうな青い瞳をしていて、男の僕でも見惚れてしまう美しさだった。社交界できっと令嬢達キャーキャー騒ぎ囲まれて居るのが容易に想像できる。きっとラナミアもメロメロになって居るのだろうと様子を見ていたが全くその様子はなく、聞けば7歳になったから体裁的に婚約者を決めるのに旧友の娘が魔法発現したし丁度いいじゃん見たいな軽いノリの婚約だと知りなんだから、フィリア王子に好きな人が出来たら直ぐに婚約破棄になると言っていてホッとする。

ラナミアには全く恋愛としてではなく友人としての好意しか感じられ無いのに対して、フィリア様はラナミアの言動に時々頬を染めてうっとりと見惚れる瞬間があった。

その瞬間を見て居ると心がモヤっと渦を巻いた。


親同士の口約束の婚約だもんね?いつかフィリア王子に好きな人ができたら破棄になるんだよね。でも、その好きな人がもし…

あの心安らぐ笑顔と優しく撫でてくれるその手も彼女の全てを僕だけの物にしたい。ラナミアと一緒にいるのはこの僕だもん。

今回の事で学んだんだ。根回しと絶対的な力で周囲を黙らせる事が出来るって。

だから、ラナミアが大人になるその時までラナミアが僕だけのものになる様に準備していかなきゃね。






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