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「ラナミアお姉様!早くきてよ!」
金髪の柔らかい猫っ毛を靡かせながら私に手を振る。
ルイとはかなり打ち解けた。
あの日から、1週間が経過しルイはすっかり私にベッタリと甘えてくれるまでなった。
何だか新しく弟ができたみたいで嬉しい。
アルムはしっかり者で逆に私がお世話されてるから、ルイが私を慕って甘えてくれるのが何だか新鮮で嬉しい。
そんなふうにルイばかり可愛がってたら、“姉さんは僕の姉さんなのに。”と、アルムが不貞腐れてるのが可愛すぎて思いっきり抱きしめた。
「ねぇ、どうしてお兄様と喧嘩したの?」
芝生に2人で寝転がりながら、私は純粋な疑問をルイにぶつけた。
ルイは凶暴ではあるが、この1週間一緒に過ごして決して理由がないことで腹を立てたりしない事だ。
何なら、自分の事よりも人の事を思いやって腹を立ててることの方が多かった。きっと、ルイは根は優しい子なのだと感じた。
初めはルイが一方的に殴りかかったって聞いていて、尚且つあの初対面の態度だったのでてっきり虫の居所が悪くてとか思っていたが、いくら仲が悪い兄だからとそう言うことをする様には私には見えなかった。
「ラナミアは僕の話信じてくれる?」
ルイは体を起こし、寝っ転がる私を不安そうに見つめた。
「もちろんよ。私はルイの味方よ。」
私も体を起こし、ルイの大きなピンク色の瞳を見つめ頭を優しく撫でた。
ルイは少し嬉しそうな顔をした後、真剣な顔つきになり話し始めた。
ルイの家で剣術を教えているマーサと言う女性の騎士がいる。
ルイの考え方や行動を周りは否定するのに、マーサは唯一理解してくれた人物だった。ルイはマーサの事をとても尊敬して慕っていた。
ルイ曰く、王国騎士団の1番隊隊長を務めていた人物で、ルイのお母様が何度も頼み込みルイの家の騎士兼剣術の先生になったそうだ。
王国騎士団の1番隊は、王国騎士団で先陣を走る部隊で騎士団の中で腕の立つ一握りの物しか所属できない部隊だ。
しかし、男尊女卑の激しいルイの兄たちはマーサが先生となる事を良しとせず、真面目に授業を受けようとしなかった。
そんな中、2週間前マーサが夜道を山賊に襲われ大怪我をして帰ってきた。その後昏睡状態に陥った。目が覚めても利き腕の神経を大きく損傷しており、騎士として剣を握ることが難しいだろうと言われたそうだ。
ルイは、マーサのまっすぐで無駄のない精密な剣が好きだった。しかし、そんな彼女の剣を見る事はもう叶わないと思うと悔しくて悲しかった。
ルイはマーサを襲った犯人を何とか捕まえようと色々調べたが、犯行の痕跡はきれいに消されており、犯人を捕まえるのは難しくいと諦めかけていた。
そんな時、兄のある会話を聞いてしまったのだ。
“山賊に金を渡して気に食わないマーサを襲わせた。”と、話しているのを。
“母様のコネで入ってきた女の癖に、偉そうに指導しやがって。”
“大して強くもない癖に、体を使って1番隊に入ったアバズレ女。”
“もう、剣が握れないとかいい気味だ。”
気がついたらその兄を殴っていたらしい。
それが今回の喧嘩の真実だった。
「ルイのお父様には話したの?」
「父様は話そうとしたけど、“頭を冷やせ”とだけ言って気がついたらラナミアお姉様の家に送られてた。」
ルイが家に来た日のあの荒れように納得した。
そんな出来事があり、話も聞いてもらえず家に連れてこられたんだ、憤ってて当たり前だ。
ルイはのふわふわの髪を優しく撫でて“よく耐えたわね。”と、言えばルイは瞳に涙を溜めていた。
「ルイは間違っていないわ。でも、やり方は間違っているわ。」
そんなルイの涙を拭いそう言うと、ルイは“やり方?”と首を傾げる。
「そう、結局ルイはお兄様を殴り暴力で解決しようとした。これってお兄様がマーサにした事と同じ事だわ。
でもね、正式にお兄様にもお父様も分からせる解らせられる方法があるの。」
私は悪役令嬢らしい悪い笑みを浮かべた。
「お兄様に決闘を申し込むのよ。」
決闘とは、この国で異議や不名誉な事がある場合に行われる。
決闘でお互いに条件を出し合い、負けたらその意見を聞かなくてはいけない。なお、正式に審判をつけ公に行わなければいけないので裁判と同等の権力がありデュエロで決まった事は絶対に等しい。
「あなたはお兄様に、正式な方法でお兄様が馬鹿にしたマーサの剣で勝つことに意味がありますの。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうと決めてからは早かった。
ルイは荷物をまとめるとすぐに馬車に乗り込み自分の屋敷へと帰っていった。
結論から言うと、ルイの圧勝だった様だ。
その結果には全く驚かなかった。
だって、私の家で剣術の授業がある日ルイも一緒に参加した。
ルイは軽やかで美しく“蝶の様に舞い蜂のように刺す”と言う言葉がぴったりの剣術だった。
齢5歳にしてグルーヴ家お抱えの剣術の教師と同格、いやそれ以上の剣術の強さだった。
そんな彼が、男だ女だで剣術の授業を真面目に受けない兄に負けるはずがないと確信していた。
だから、決闘を挑んだと言うのもある。
ルイの決闘勝利の条件はマーサへの謝罪であったが、しらばっくれられても困るのでお父様に真実をお話しし、ルイが帰るまでの数日間で各方面とルイの父親に根回しを済ませておいた。
マーサはお父様の知人である凄腕の施療師を向かわせ何とか一命を取り留めた。
悪事が明るみになったルイの兄は決闘終了後、マーサへの謝罪後、国内でも監獄と呼ばれる全寮制の学校に入学させられたそうだ。
ルイの父親は、幼いルイより兄たちを信用しすぎていた事を反省し“結果自分が招いた事だ”と、ルイとマーサに深く謝罪したそうだ。それからはルイの父も話を聞いてくれる様になり、以前より良好な関係が築けている様だ。
「ラナミアお姉様!」
書斎で本を読んでいると背中に衝撃と重さを感じて見れば、ルイが抱きついていた。
「ルイ、また来たの?」
今月に入って3回目の訪問だ。
「ラナミアお姉様に会いたくて。」
はじめにあった頃とは想像つかない笑顔で抱きしめる力を強めた。
私に甘えるルイは子猫の様で愛らしく、ルイに会えるのは嬉しいと感じる。
「ラナミア、その子は…?」
声の方を見れば、席を外していたフィリアが立っていた。
「この子は私の従兄ですの。」
「あぁ、先ほど話していた。」
私とフィリアの会話に“ラナミアお姉様この方は誰ですか?”と、頬を膨らませるルイ。
「はじめまして、私グレイユル王国第二王子フィリア・ヴィオレットと申します。」
そう、慣れた動作で挨拶をするフィリア。
第二王子という言葉に驚き慌ててルイは姿勢して礼をする。
「申し訳ございません。私、ルイ・オロフと申します。」
ん?ルイ・オロフ…
その名前に私はひどく聞き覚えがあった。
「え、ルイってグルーヴ性じゃなかったの?!」
「はい、父様は婿養子ですので。」
金髪にピンクの瞳、剣術才能、厳しい父と兄達。
そして、ルイ・オロフという名前。
ルイはゲームの攻略対象キャラクターだった!
ルイ・オロフ
金髪でピンクの瞳をした小柄で華奢だが史上最年少で国でで最も秀でた剣術をもつ5人にしか与えられない剣皇の称号を与えられた。
ずば抜けた剣術の才で主人公達より2歳年下の彼は飛び級で同学年として入学してくる。
学内では、売られた喧嘩は全て買い常に周りを攻撃する言動をしており、周囲からは猛獣と呼ばれ腫れ物扱いをされていた。
その目つきはまるではじめて会った時のルイと同じものだった。
その背景には父や兄達から厳しく育てられ、ルイが意見することすら許されず、どんな理不尽なことも受け入れる以外の選択肢がない中で育ち、自分以外は敵だと思うの様になっていた。
また、唯一尊敬して居た師をとある事件で亡くしてしまった出来事で、彼は自分の殻に閉じこもってしまったのだ。
そんな中、唯一主人公はルイを気遣い健気に世話を焼いていく。
主人公に惹かれ始めるルイは姉として好きなのか、女性として好きなのか葛藤するシーンはルイファンの間で人気のシーンだ。
ハッピーエンドだと、主人公の助言で父や兄達と真っ向から向き合い和解した後、国の平和のために主人公と共に闇の魔法を宿したフィリアと黒幕を倒しハッピーエンド。
しかし、ルイルートはバッドエンドが問題なのである。
それは、ルイルートに入った状態で他のキャラの好感度を一定数上げてしまうとルイがヤンデレ化してしまい主人公を永遠に監禁する結末になるのだ。
「君は僕がずっと守ってあげるから、ずっと僕のそばに居て離れないで。君の好きなお菓子も紅茶も好きなだけ用意するからね。だから僕だけを見ていて。」
と、幸せそうな笑顔でそう言うルイのシーンは強く印象に残っている。薬漬けにされた意識が混濁した主人公は山奥の屋敷の一部屋に手錠と足枷をつけられたまま監禁され一生を終える。
「そんな事より、どうして第二王子様がここに?」
「あぁ、ラナミアは僕の婚約者なんです。」
「へぇ、そうなんですか。」
そう言って笑ったルイの笑顔はバッドエンドのルイの笑顔と同じものだった。
あれ、私もしかして地雷踏んだ…?