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ティーポットから紅茶を注ぎ、ルイの前にティーカップを置く。
「どうぞ。」
令嬢の笑みを浮かべ彼に促した。
あの後無理やり部屋に入り込んだ行動にルイはドン引きしたのか、この女はやばいと思ったのか、お菓子につられたのか真意は分からないが“お茶ぐらい淹れてよね。”と、ソファーに座った。
正直、紅茶は前世でティーバッグをマグカップに入れてお湯を注ぐだけのものでしかいれたことないけど、まぁお湯を注げば何とかなるだろう。
備え付けのミニキッチンにあったティーポットに紅茶の茶葉を適当に入れ、適当にお湯を注いで適当に蒸らした。
ルイはティーカップを口元に持っていく。紅茶の香りを嗅いだ後眉間に皺を寄せてから口に含んだ。
「あり得ないんだけど、どうやったらこんなにクソまずい紅茶をいれられるわけ?」
「普通にいれましたが。別に美味しいじゃないですか!意地悪言わないでくださいませ。」
「これの何処が美味しいって言えるの?!香りは消えてるし、味は渋いしで最悪。アンタ本当に令嬢なわけ?」
「令嬢よ、しかも公爵家の。」
私は腰に手を当て胸を張ってそう答えた。
「こんなんが公爵令嬢とか世も末だ。」
深いため息をつくルイ。
この紅茶そんなに酷いかしら。そう思いながら紅茶を口に含むがよく分からない。
「そんなことより、さっき言ってたメレンゲクッキー早く出してよ。」
少し照れたようにルイはそう言った。
そうよね、2日も何も食べてないんだものお腹空いてるわよね。
私は両手よりも少し大きい花柄の箱を取り出した。装飾されていたリボンを解き、蓋を開ければ動物の形を模したメレンゲクッキーが数枚入っている。
「何これ、かわいい!」
自分の心の声が口に出ていたと思ったら、それはルイの声だった。
ルイは今まで凶暴な眼差しは嘘のように、キラキラとした年相応の可愛らしい少年がそこにいた。
私が見つめていたことに気がついたのかルイは我に帰りいつものように私を睨む。
「何だよ、何見てんだよ。」
「うふふ、かわいいなと思いまして。」
「可笑しいなら笑えよ。」
「何がですの?」
ルイは顔を真っ赤にさせてこちらを睨んでいる。
「男がこういうお菓子とか可愛いものが好きなのだよ。」
そう言って、ルイはそっぽを向いてしまった。
「どうして、人の好きなものを笑わなくてはいけないのですか?お菓子とか可愛いものを男の人が好きでも可笑しいことではありませんわ。」
「だって、父様も兄様も男のくせに女のものが好きなのかって笑い物にしてくるんだ。」
そう言ったルイの声は泣きそうに思えた。
「私は、好きなものに性別は関係ないと思いますわ。現に私は女らしいことがあまり得意ではありませんわ。何なら、外で遊んだり、体を動かしたり男の子がする遊びの方が好きですわ。両親や周りのものは何も言いませんが、外部の人間からはかなり言われた時期もありましたわ。」
元々、令嬢が好んでやる事はあまり興味が持てなかった。
刺繍やダンス、音楽や詩は何だか退屈で興味が持てないからか全く上達しなかった。貴族令嬢の立ち振る舞いも窮屈で苦手だ。
その様子をあまり良しとしない大人たちは沢山いた。
特にフィリアと婚約が決まってからかなり風当たりが強くなった。
あの、おてんば令嬢と第二王子との婚約は釣り合わないから辞めさせるべきだと。
「でも、私は男とか女とかよりも自分らしさを大切にしたいと思ってますの。」
「自分らしさ…」
そっぽを向いていたルイはいつの間にか私をまっすぐに見ていた。
「ルイ様、もし明日死んでしまうとしたらどうします?」
「え、そんな急に言われても…」
「では、質問を変えます。明日死んでしまうとしたら後悔はありますか?」
ルイは首を横に張った。
「ルイ様、死ぬ時って思っているより突然で一瞬なんですのよ。
その死ぬ前の一瞬で思い出す事は、もっとこうしておけばよかったって後悔ばかりなんです。」
私は前世で死ぬ直前、やり残したことばかりだった。
先のことを考えてしまって一歩踏み出せなかったあの事や、人の評価を気にしてやるのを辞めてしまったこと。
そんな事を考えて生きてた私に先なんて無かったし、死ぬ時は人の評価なんて無いのに等しい。
こんなに急に終わりが来るならもっと自分の好きなように生きれば良かった。
「死ぬ時に後悔したって遅いのです。だったら、いつ死んでも後悔のないように生きる方が素敵じゃないですか?
自分の人生は自分のもですわ。その人生は誰かの為に生きるものではありませんわ。」
私は今世も早く亡くなる確率の方が高い。だからこそ悔いが残らないように今世は自分らしく好きなように生きるんだ。
「僕、本当は甘いものも可愛いものもフリルのついた服とか、ぬいぐるみが大好きなんだ。」
目に涙を溜め、顔を赤くしながらルイは言う。
「あら、素敵だわ。じゃぁ明日、町でショッピングでもしましょうか。ルイの好きなものを全部見ましょう。」
ルイは“仕方ないから付き合ってあげるよ"と、満面の笑みで笑った。