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「フィリア様、私と婚約を破棄して下さい。」
ティーカップをソーサの上に置き、私は神妙な面持ちでそう目の前に座るグレイシア王国第二王子、フィリア・ヴィオレットに告げる。
フィリアは眉一つ動かさず、またですが…と言いたげな目をしてティーカップに口をつける。
「何度も言っていますが、婚約破棄はしませんよ。」
「でも、他に想っている方がいらっしゃいますよね?私、フィリア様のためならば身を引く覚悟はできていますわ。」
「そう想ってくれているのであれば、婚約破棄しないで下さい。私の婚約者はあなたなのですから。」
フィリア王子は困ったように眉を下げた後、私の手を取り手の甲に優しく口付けを落とした。
フィリア王子は国一番の美形と言われるほどに整った容姿をしている。その気が無くても心がときめいてしまう。
「くっ、さすが魔性の王子…」
「魔性?」
“いえ、何でもないですわ。”と、フィリアを誤魔化し深呼吸をして落ち着く。
おかしい。フィリアはスリジエの事を魔法学校入学時に一目惚れしている設定のはず。ゲーム中盤の今頃、フィリアは今頃スリジエに夢中で公務に手がつかないと記載があった。
何度、フィリアに婚約破棄の申し出や恋愛相談に乗ろうとしたが頑なに拒否される。
何でここまでお膳立てをしているのに素直に相談してくれないのだろう。
フィリアとは婚約者であるが、婚約は親が決めたもので私たちの意思はなく、形だけのものだ。フィリアとは昔から一緒に育った幼なじみで大切な親友だ。照れずに恋バナくらい素直に話してくれてもいい気がするんだけど、年頃の男子はそういうの恥ずかしかったりするのかな。
ふーっとため息をつく。
「いつでも婚約破棄したくなったらおっしゃって下さいね。私いつでも応じますし、フィリア様の恋路も応援いたしますから。」
フィリアの両手を思わず強く握りフィリアの青い瞳をを力強く見つめた。
フィリアは頬を赤らめ目を逸らす。
「そういうところが…あぁ、自覚して欲しいものです。」
コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
「失礼致します。お嬢様、もうそろそろお時間です。」
灰色の髪を束ねた、長身で切長の目をした燕尾服の男が扉を開けて一礼する。
「もうそんな時間。フィリア様では失礼致します。」
ドレスの両端をつまみ会釈をし執事のラヴィと共に部屋を後にした。