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教育学部に進まなかった理由  作者: 守尾八十八
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弐 よろず屋児童

 最上級生の姿はりりしい。この小学校は、まるで大人(おとな)のような六年生のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちによって秩序が保たれている。おれたちは入学した当初からそう信じていた。思わされてきた。


 校舎の傷んだ個所の修繕や植栽のせん定は、そろって白い軍手をはめた六年生が二人がかりで、三人がかりで、あるいはもっと大勢で行う。そういう仕事を学校では「作業(さぎょう)」と呼んだ。

 壁にはしごをかけて天井の照明を取り換える。

「きみたち、なにしてるの。危ないじゃないか」

 事情を知らない転任してきたばかりの教師が注意する。

「作業です」

 はしごを支えている六年生が答える。はしごの上の六年生も下の六年生も、軍手を装着している。

「ああ、そう。気を付けるんだよ」

 納得がいかないような表情で、教師は現場を後にする。

「早く作業をさせてもらえる六年生になりたい。軍手をはめて学校を守りたい」

 そう考えていたのは、おれだけではなかったはずだ。


 五年生の秋に、おれたちは見習いとして作業デビューする。校内の全教室と職員室や校長室に、大型の灯油ストーブを備え付けるのだ。取り外す春には六年生は卒業間近だからすでに引退。ストーブ設置と撤去をもって作業は実質的に五年生に引き継がれる。

 一年生のころから四年生のころまでおれは、授業の途中教室に現れストーブ一式を持ち込んできて手際よく窓の上の排煙口に煙突をつなぐ五、六年生を見て強い憧憬を抱いた。五年生の新米ぶりもそれなりに見栄えがあった。

 作業以外で装着することが、つまり四年生以下が使うことが児童同士の暗黙の了解で認められていない、おれにはサイズの少し大きい軍手を母親に買ってもらい登校した五年生の秋の日を、おれは忘れない。誇りと使命感で満ち足りた。


 五年一組のおれたちは、一年一組から四年一組までと、自分たちの五年一組、さらに六年一組の教室のストーブ設置の任を命じられた。指定された校舎裏の倉庫に行くと、六年一組のメンバーが古びたストーブ本体やら触れてやけどをしないための柵やら煙突やらを準備している最中だ。

 体力で劣る女子が比較的軽いトタン製の煙突を、おれたち男は重いストーブ本体と柵を手分けして抱え、決められた教室に向かう。おれたちのチームは校舎二階にある三年一組の教室を担当した。

「階段は足もとに用心しろよ」

 六年生が言った。頼もしい指導ぶりだと、おれはその六年生を尊敬した。

 階段踊り場に差し掛かるとき、校長が男女二人組の来客を引き連れ一階廊下を通りがかった。

「当校では、学校運営のほぼ全てを児童が担っています。子どもたちが主役です。自己完結しているのです」

 自信満々で校長はおれたちの作業ぶりを来客に紹介する。重いストーブを数人ががりで抱え階段を上りながら、おれは感動に打ち震えた。六年生が、おれたちに注意するのと同じように階段の下の校長と来客にも声を掛けた。

「そこにいるともしもの時に危ないですよ。ちょっと離れててください」

 もっともなことだとおれは思った。きゃっと言って来客のうちの女性の方が階段下から少し遠のいたのが見えた。男の来客は動かない。それに合わせてか、校長も動かない。

「自己完結ねえ。まるで刑務所だな」

 校長と同じ年格好の、その男の来客は階段のおれたちを見上げ、吐き捨てるように言った。六年生の言い方がまずかったのだと、おれは自分を納得させることに精いっぱいだ。

「もう少しだ。気を抜くな」

 その六年生は、刑務所のようだと自分たちを、学校をけなした来客の声を聴いたはずなのに聴こえないふりでもするかのように、おれたちを二階に導いた。


「あななたちも上級生になったら作業をするんだから、しっかり見てなさい」

 三年一組の女性担任はおれたちの物より高さの低い机といすを教室の隅に寄せ、ストーブの備え付けを受け持ちの児童に見守らせた。

「煙がもれないように、春になって取り外すときに困らないように、締め加減が大切なんだ。間違って触ってけがしないようにもな」

 そう言って六年生が、ペンチを器用に使い針金をねじり、連結した煙突の両端をストーブ本体と壁の煙突穴に固定した。


 作業と関係あるのかないのか知らないが、おれたちの小学校は五年生から六年生に進級する際、クラス替えがない。

 まるで刑務所だとデビューの日に吐き捨てられ、作業に対するおれの憧憬と自信は砂で作った城のように崩れた。いつなんどき作業の指示が出ても対応できるよう夏場でも常時携帯が義務付けられる軍手も、かばんに入っているのか教室の机にあるのか、管理が行き届かなくなった。

 そして、刑務所に入れられる犯罪者はおれたちのように身の周りのことをすべて自分たちでやっているのだろうか、刑務所の運営を任されているのだろうか、おれたちの作業は犯罪者と同じことなのだろうかという、自分や学校や卒業生たちを嫌いにさせられるような思いにとらわれた。

 クラスメートに聴いてみた。「作業はもう飽きた」という連中はいたが、おれのように憧れが無残に打ち砕かれたという者はいない。刑務所のようだとけなされたとき一緒にいたはずのクラスメートも、同じ反応だった。


(「参 六年『め組』」に続く)

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