1986年 岡崎恭介 act-9 <別れ>
病院を出た岡崎とユウは、買い物客で賑わう商店街を抜け電車に乗った。
歩くことが少し辛そうであったが、ユウは思いの外元気であった。そして幾つかの駅を通過した時、呟くように岡崎に言った。
「私、来週から学校に行く」
岡崎は黙って頷く。ユウはさらに続けた。
「学校終わったら、会いに行ってもいい?」
ユウの言葉に岡崎は首を振った。
「ユウちゃんには言ってなかったけど、僕はもう手相やらないんだ」
驚いて何か言いかけたユウをやんわりと制し、岡崎は言葉を続けた。
「最近寒くなってきたし…ほら、僕の手相占い儲からないからね」
「どうするの?」
「真面目に働くさ。奥さん、ちゃんと食わせていかないといけないしね」
少しおどけた口調で話す。
新宿駅に着いた二人は、改札口に向かい並んで歩いていた。
「ユウちゃんは、ここで乗り換えだね」
岡崎は足を止め、ユウに向かって言った。
「また会えるかな」
ユウも立ち止まった。何かに縋るように、両手を胸の前で組んでいる。
岡崎はユウに近づくと、その右手を取った。
折れそうなほど弱々しく細い手首に、薄赤い線が並んで見える。
言葉に詰まるのを堪え、岡崎は掌を見ると言った。
「必ずまた会える、って出てるよ」
顔を上げたユウが、泣き笑いのような表情で頷く。
「勉強、頑張るんだぞ。それから‥お母さんを大切にな」
「いろいろありがとう。なんだか‥」
ユウはちょっと言葉を区切り、岡崎を見て少し照れ臭そうに言った。
「なんだか、お父さんと一緒にいるみたいだったよ」
岡崎は「元気で」と言うと歩き出した。
その背中に、ユウの視線を感じながら、岡崎は振り向くことができない。
堰を切ったようにこぼれ出る涙を、ユウに見られてはならない。
END




