ポール・オンリー
ジャンヌは疲れて、酒を飲んだら、死んだように眠る。このことを知っていたが、この島にいる敵が一人だけなら大丈夫だろうと高を括っていた。まさか、屋敷の外に出て、ジャンヌを人質にとるとは思わなかった。
いつものジャンヌなら頭突きなり、肘打ち等して、抜け出すだろう。しかし、今のジャンヌにそのような気力は残っていないようだ。今、人質に取られているジャンヌは、顔を赤くして、首が座っていない。酔って、眠いのだろう。生死がかかっているというのに、呑気なものだ。
「それでジャンヌを人質にとって、どうするつもりですの?」
「うーん、今、君の足元にはいつくばっている奴のようにしてもいいんだが、まあ、一番に望むことはこのままこの宝石を盗まずこの島を出てくれることかな。
怪盗デヴィに勝ったポール・オンリー
この新聞の見出しが欲しいなあ。」
ポールは銃をジャンヌのこめかみにぐりぐりと押し付け、にやりと笑った。私はいつでも撃つ準備はできているが、ポールは時々ジャンヌを動かしながら、私に引き金を引かせないようにしているので、何もすることができない。
「降参ですわね。」
私は銃の引き金から指を離して、両手を上に挙げた。
「おいおい、それはないぜ、デヴィ。わしの頑張りはどうなるんだよ。」
「今回は諦めましょう。どうしようもありませんわ。」
「目の前に宝石があんのによお、やってらんねえぜ。」
「そもそもジャンヌが捕まるから悪いんでしょう。ぐうすか寝ている内に捕まるだなんて。」
「寝てねえし。目つぶってただけだし。」
「目をつぶっていただけなら、人質になんか取られせんわよ。」
「人質になんか取られてねえよ。酔ったから立たせてもらってるだけだし。」
「はあ、じゃあ、目をつぶって、人質に取られていないことを示していただけます?」
「……ああ、ああ、なるほど、やってやるよ。」
ジャンヌはようやく気付いたようだ。随分酔いが回っているのだろう。私は上に挙げた両手をゆっくりと重ね、左手のある裾を持つ。
「もう喧嘩はいいか。人質ってことと人質を取られているってこと忘れていないか。」
「今の話聞いてたか?わしは人質なんか取られておらんわ。」
ジャンヌはそう言ってほほ笑むと、目を閉じた。私はそれを合図と思って、左手の裾を思いっきり引っ張った。すると、私のスカートの中からスプレー缶のようなものが落ちてきた。ポールはそれを何かと見ていたが、ジャンヌのこめかみに押し付けた銃の引き金を引こうとしていなかった。
スカートの中から落ちてきた物は、地面に着いた瞬間、信じられない程の爆音と光が暗い部屋に広がった。しばらくその音と光が響いた。
そして、光が徐々に引いていき、ポールの方を見てみると、ジャンヌがポールの顔面に拳を入れていた。ポールは後ろの壁に吹っ飛んでいた。
「このゴミカスが。汚ねえ手でわしに触れるんじゃねえ。」
「まったく化け物じみていますわね。わたくしはどれだけ訓練しても、そんなに早くは動けませんわね。」
「わしは酒以外で酔ったりしねえからな。」
「閃光弾を食らってしまいますと、普通はこうですわよ。」
私は銃を構えたまま気絶しているポールを見つめた。
「まだ、ライターは持っていまして?」
そう言うと、ジャンヌはポケットの中からライターを取り出した。私はそのライターを受け取って、火をつけた。その火を持って、ポールに近づいた。そして、ポールの顔にライターの火を近づけた。ポールはその日の熱さに驚いて、気絶から飛び上がった。
「お目覚めですわね。まだ、耳がキーンとしているんじゃなくて。さっきの光は、閃光弾って言いまして、激しい音と光で数十秒動けなくなるんですの。
まあ、そんなことはどうでもいいですの。わたくしの流儀として、命は盗らないと言うのがありますの。だから、あなたの命は盗らないであげますわ。
ただ、あなたのような人間は増えてほしくないですわね。」
私はポールの顔からゆっくりと下の方に目を向けた。銃の安全装置を外して、撃つ準備をした。ポールは何かを悟ったようで、逃げようとするが、上手く体を動かせていなかった。
「ジャンヌ、まだ動けるようなら、左の方をお願いできますかしら。」
「あんまりこの刀は血以外で汚したくないんだがなあ。」
ジャンヌは刀を抜くと、ポールの股に刃先を当てた。ポールは冷や汗をかいて、怯えている。
「それではごきげんよう。」
私は笑いかけながら、銃の引き金を引き、ジャンヌは刀を突き刺した。
その後、屋敷中に一人の男の声にならない絶叫が響き渡った。