フィデリティ・デヴィとジャンヌ・リード
『怪盗デヴィ、メアリの涙を盗んだか。
昨日の夜七時、宝石商クロック氏の家で保管されていた世界最大のダイヤモンドメアリの涙が何者かの手によって盗まれた。この盗難の前に、怪盗フィデリティ・デヴィから予告状が送られていたことが分かった。もし、怪盗デヴィの犯行だとすると、この一か月で九件目の犯行となる。
また、警察はこの怪盗デヴィを国際指名手配し、100億円の懸賞金を懸けている。』
私はジッポーで、ターゲットである怪盗デヴィの記事を照らして、その記事を読み直した。
100億円、100億円だ。それだけのお金があれば、この貧乏生活を抜け出せるどころか、夢に見た金持ち生活のスタートだ。
私には、怪盗デヴィを捕まえる算段がある。デヴィは今日の七時、ウォルシュ邸のブラックレガシーという宝石の指輪を盗むと予告している。もし、デヴィがその予告通りにウォルシュ邸から宝石の指輪を盗むことができ、逃げたとすると、今私がいる道を通るはずである。
デヴィは逃走に車を使うらしい。なので、警察は車道につながる道の警備を固めるはずである。しかし、デヴィがその警備の厚い道を使うはずがない。なら、この警察も知らない抜け道を使う可能性が高い。この道は地元の人間でも知る人は少なく、知っている人でも、まさか人間が通る道とは思わないであろう道だ。
であるが、車は余裕をもって通ることのできる道である。つまり、この道で張り込んでいれば、デヴィに出会える可能性が高い訳だ。
私は小さい頃に、格闘技を九年間していたので、普通の人間よりは戦える。どうやら、デヴィは女性らしいので、簡単に捕まえることができるだろう。
私はデヴィを見逃さないように、ジッポーの火で新聞のデヴィの写真を照らして、顔と姿を確認した。
デヴィの姿は特徴的で、黒と白のゴスロリ衣装に、右目に眼帯、そして、髪型は黒髪のツインテールだ。肌は色白で、瞳は赤い。こんな人間は、普通に出歩いていないので、見逃すことはまずないだろう。
私は道の端で、誰か通らないか待ち構えていた。
「そこの殿方、そこは危ないですわよ。」
突然、私の耳元に後ろから声がした。私はその声に驚き、体をびくつかせ、思わずその場で尻もちをついてしまう。その後、即座に振り返り、声の主を確認する。
振り返ると、スカートの白いフリルと黒いタイツで包まれた足があった。そして、ゆっくりと顔を見上げてみると、右目に眼帯を付け、黒髪のツインテールの女性が立っていた。
怪盗デヴィだ。
デヴィは私の方に向かって、手を差し出してきた。
「驚かせてしまいましたか。失礼いたしましたわ。」
彼女は私に微笑みかけて手のひらを近づけてくる。その手の人差し指には、黒い宝石の指輪がはめ込まれていた。私はニヤリと口角を少し上げた。私は彼女の手に手を置いた。そして、彼女の手を思いきり握り、地面に叩きつけようとした。
しかし、彼女を投げるために、力を入れようとした時、彼女と握った手に上方向に強い力がかかった。そして、ふわりと自分の体が浮いた。私はないが起きているか分からないまま、彼女の頭上を通って、彼女の後ろの地面に着地した。
どうやら、彼女は魚を一本釣りするように、私を持ち上げたのだ。
「おイタは駄目ですわよ。」
彼女はニコリと笑い、そう言った。その彼女の笑顔を茫然と見つめていると、暗かった道から二本のヘッドライトの光が見えてきた。
「せっかく殿方と手をつないだのですからダンスの一つでも踊りたかったのですが、お迎えが来たようですので、これでご勘弁いただきますでしょうか。」
彼女は私の手の甲を口元に近づけて、口づけをした。
「デヴィ、今回盗むのは、綺麗な指輪と聞いていたんだが、そりゃなんだ、わしには薄汚い奴さんに見えるんだが、わしゃ、そんなむさい男は嫌いだぜ。」
「あらそう、私は素敵な殿方だと思いますわよ。」
「はーん、デヴィはそんなのが好きなのかね。まあ、もう乗っちまえ。早くしないと検問が厳しくなるぞ。」
「そうですわね。」
彼女は煙草を口にくわえた気の強そうな女性の運転する赤いスポーツカーに乗り込んだ。
「あの奴さんは口止めしなくてもいいのか?」
煙草の女性がおもむろに取り出した拳銃を私の方に向けて、そう言った。
「必要ありませんわ。口止め料は支払いましたもの。」
彼女は唇に手を当てて、私に向けてウィンクをした。
「それではごきげんよう。」
彼女は優しく笑いかけ、そう言い残すと、車は来た道を引き返していった。
まんまと盗まれちゃったなあ
私は顔を赤くして、頭をかいた。