風の波
永聖圈瞑大陸。この地はもともと、1つの貴族派閥が支配していたという話。それこそまさに、おとぎ話や、噂話でしかないのだけれど。1000年もの統治に終止符を打ったのは、1人の貴族だという内容だ。何十万という人を束ねる帝国を、たった1人の人間が滅ぼしたというのだから、本当なら信じられない話である。だからこそ、’おとぎ話’として認知されているのだが。
とはいえ’それも’、聖刻が始まった100年前の話。この村で知った情報はこれだけだ。何せ小さな小村。図書館に行けば何か分かるかもしれないけれど。これでもおとぎ話に時間をさくよりかは、もっと有意義な時間の使い方を知っているつもりだ。
それとも図書館の’彼女’なら、何か有しているのだろうか。。
「ねぇ、あなた、ここで何してるの?」
「うわぁ?!」
「何ってその、昼、昼、昼寝っていうか。」
ふと近くで聞こえた声に、僕は思わず返答をする。安らかな声色。月夜と同化しているかのようで、心地いい響きだった。
「ふふふ。もう夜よ?」
「あぁ、そうだね。」
薔薇の香気があたりに広がる。透き通る金色の艶髪が、夜空を照らしていた。宝石のような水色の瞳に、それを引き立てるような真っ白い肌。清廉潔白な女性が1人、丘の上に凛していた。周囲の星々なんて目に止まらないくらいに、彼女は美しかった。
こちらをじっと、優しい微笑みで見つめている。この辺りでは見た事のないような青と白の布で彩られた正装服。どこから来た人なのだろうという疑問が浮かばないぐらいに、僕は目を奪われてしまっていた。
「あなた、この村の人?」
「そうだよ。このサネ村の」
「そう、ここはサネ村っていうのね。綺麗な場所ね。」
数メートル先に燈られた、村の灯りを見つめる。夜空とともにひとつの景色となり、その神秘性を増していた。
「ねぇ、あなたはこの村のこと好き?」
探りなどとはまったく感じない彼女の質疑に、僕は返答を即していた。優しい笑みと、優しい口調。不思議と彼女にならなんでも話せるような、そんな気がして。
「うん、好きだよ。」
「そう。」
「あ、いや、一部を除いては。。」
(料理長のガレスと、村娘のアンナは無し!)
ふと想像の中に現れた2人。これは間違いないなと、強く誓った。
気づけばそんな他愛もない話をして、数分が経過していた。数メートル先の村々に明かりが灯り始め、楽しそうにした村子供たちの声が聞こえる。
そんなありふれた光景を、彼女は不思議そうに見つめていた。
「今日は村の子の誕生日なんだ。」
僕は村の方を指さして、人一倍明かりの灯った家を指す。
「そう、誕生日なの…。」
「とっても楽しそう。」
「楽しいよ。そうだ、君も一緒においでよ?きっと喜ぶよみんなも。」
「ほら、この村基本的にのんびりしてて誰でもいつでも大歓迎っていうかさぁ…」
「ってあれ。」
いない。
話に夢中になっていたためか、彼女の姿はどこにも無かった。
当たりを見回しても誰もいない。近くの夜道や村の周辺を探したのだけれど、どこにも彼女の姿はなかった。まるで1寸先の暗闇に消えてしまったかのように。
彼女は一体どこから来た人だったのだろう。疑問は残るまま、朝を迎える。