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ユダヤの福音書2  作者: ユダ・カーナ
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ユダヤの福音書 第十五章

輪廻転生とは、幻想によるものでしかない。人間の因果というものは複雑過ぎて、人の手に余るものである。

15

1輪廻転生。

2その考え方が出回るのは、霊能力というものがあるからだろう。

3しかし、前世の霊能力というのは一種の心的世界であり、事実、自分より低次元のものしか見えないであろう。

4人は心が広かったり、狭かったりするが、因果というものが前世等に関わるというのは考え過ぎというものであろう。心に再現する世界の形なのだから、幻想する事と何ら変わらないであろう。

5事実、因果と言っても、人間に視れない因果の方が多いのだから。視覚化出来ないという事は技術的に優れた体系によって出来ているのである。

6考えてみても、分からないのが、他の生物と比べて複雑な人間の因果なのであって、その前世の霊能力の因果というのは、客観性に乏しく、主観的なのであって、主観が悪いのではないが、どうしても、現実に直接、影響する幻想というものはあり得ないのである。霊能力がどうして、業種化されなかったのか。というと、その辺の幻想の不確かさがネックであったと言えよう。

7その人が想定し得る中でもっともな幻想が選ばれて、因果とされるのであって、客観的証拠に乏しいものである。

8もしも、私に、見てもらえ。という者が現れたなら、やぶさかではないが、果たして、幻想に幻想の神を映し出せるか。という疑問もある。(私の前世は主のヴァーレットであり、仕えていたのが幻想の神である。)

9その人について、分かるのが霊能者ならば、前世の幻想に頼るのは、やめなさい。

10もしも、イエスが見えていた世界で、前世の世界があるのだったら、それを甘んじて受け入れようが、幻想による証拠に乏しい映像でしかないのなら、誰が作っていようが、意味がないものである。ひとつ決定的な事を言うならば、見ている人というのは、間違いだらけの人なのである。その人に正確な事等ひとつもない。

11その証拠に能力の因果というものを解き明かせてはいないではないか。

12もしもそれが事実上のものであれば、その霊能力の能力の因果をも包含しているので、それを解き明かす事が出来るはずなのだ。自分の前世と呼ばれるものの中に起因として、能力の因果があるはずなのだ。それは発芽する前の種の形なのだから、萌えて生えている花の位置から特定するのはたやすいはずだ。それがもし本当の前世であるのならば。

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