ユダヤの福音書 第十四章
14
1律法の成就の一例。
2イエスがエルサレムの周りの町を歩かれていた時、ある人に出会った。
3弟子達がついてきて、「その人は何ですか」とイエスにたずねた。
4イエスは答えて言われた。
「見なさい。この人こそ、いつか語った全うされた律法が宿る人です。」
5弟子達はまじまじとその人を見た。
6その人は男にも見えたが、女にも見えた。
7弟子達はまたたずねた。
「先生、この人は男なのでしょうか、女なのでしょうか。」
8イエスは答えられた。
「この人は肉体的に男ですが、精神的に女です。
9この人は男に宿る父性を持ち合わせており、また、女に宿る母性も持ち合わせています。
10彼が親密に人の事を考える時、倫理的な思考に及びます。その時、“殺してはならない。”の律法が全うされるのです。何しろ彼は父性的にも母性的にも考えられるのですから。
11自分が父であったら、母であったら、どういう事に成るか、考えられるのです。想像し得るからこそ、その人とその周りがその罪状が突きつけられる様な事は起こりません。律法は知っているだけで、共通項に成り得るからです。それだけでなく、事実がその人の味方に成るからです。律法は神の言葉ですから、そういう人は神からも人からも悪魔からも愛されるからです。事実から真実から真理から信仰から愛されるのです。(著者もそのひとりで、律法の“姦淫してはならない。”からの事実的言葉から愛されている。)そういう意味で、律法はこの人の中で全うされているのです。
12いいですか。あなた方もこの様に考えなくては成りません。
13律法を体現する事は良い事ですから。」
14弟子達は沸き立つ。
15「この人が律法の体現者。この人こそ、私達の生きてきた事実の世界の体現者。そして、彼の方はそれを知られる全能者。」
16この時、既に弟子達はイエスが全能である事を申し合わせた様に知っていた。
17「先生、おみそれしました。」
イスカリオテのユダが言う。
18「彼は単純に男であり、擬似的に女なのであるから、殺すという事の浸食性の恐ろしさを知っているのです。
19だから、律法は彼についていくのです。これが神の律法の成就です。
20まことに神は何でもお出来になります。」
21自覚あってかなくてか、神をほめる。イエスもまた、神なのであるから、弟子達も心の中でその認識を確認する事が出来たのである。
22つまりは、イエスの言われる事は絶対なのである。
23律法の成就は社会的禁止と等価なので、後の国々はそれを用いて、完全たる法律(殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。)を敷いたのである。




