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町の景色



 翌日、いきなりグレンに「城下町に行ってみないか」と誘いをかけられ、ティコは疑心暗鬼の面持ちで彼を見返した。

 次は一体何を企んでいるのだ。それとも今度こそ田舎娘を手練手管で誑かそうというつもりか。

 そう思ったが、昨日不甲斐ない姿を見せてしまった自分に対する怒りもあって、ティコは少々ムキになりながら了承した。そっちがその気なら受けて立ってやる、という気分である。


 無駄にやる気を滾らせて、ティコはグレンとともに黒塔を出た。


 城の周りは高く長くそびえる城壁に囲まれている。その出入り口はひとつだけ。

 上部が見張り台にもなっている厳重な城門の前に立つ兵は、フードを被ったティコに胡乱な視線を向けたが、グレンが署名の入った仰々しい羊皮紙を見せると、非常に勿体つけた態度で二人の通行を許可した。

 門を出て少し坂を下っていけば、そこには町並みが一面に広がっている。無数の建物がひしめくように立ち並ぶ、驚くほど大きな町だった。

 町の中心部へと向かう道はそれなりに大きいが、それ以外の路地は狭い上に複雑に曲がりくねっていた。その両側に二階建てや三階建ての細長い家がびっしりと建っていて、非常に窮屈そうだ。

 ティコが住んでいたのは国はずれの農村部だったので、都市部の景観は城内とはまた別の意味で圧巻だった。


 人が多い。そして賑やかだ。

 昔暮らしていた村とは比べ物にならないくらいの豊かさと活気がここにはある。


 どんな小さな家でも、一階部分が大きく開いて仕事場や店になっているという構造は同じだった。

 外から見ると、何かを一心不乱に作っている職人も多くいる。それは靴であったり、武具であったり、良い匂いのするパンであったりと多種にわたるようだが。

 そして通りにもまた、様々な物売りがいた。甘い香りのするタルトや、薄く切ったパテをそれらの商人から買って、立ったまま頬張っている人もいるし、水やほうきなどの日用品を買う人もいる。

 道の端に座っている女性が、脇にある籠からにゅるんとした黒い蛇のような生き物を取り出すのを見た時には、ティコはぎょっとしてその場に立ち止まった。


「ん? 君がいたところでは、うなぎは食べなかったか?」


 グレンに訊ねられ、こわごわとその物体に目をやる。


「あれ、食べるの……?」

「庶民は串刺しにして炭で焼いて食べることが多い。宮廷ではシチューの材料になったりするかな。旨いよ。買ってやろうか」

「い……要らない」


 ティコは引き攣った表情でぶんぶんと首を横に振った。

 いかにもぬめぬめとした身体の蛇みたいな奇怪なその生き物を、売り主の女性はなんということもなく手で掴んでいる。ぐねんぐねんと身を捩るさまがどうにも不気味だ。カエルのラデクを友とするティコは、蛇もそれに似たものも、まったく好きではない。

 後ずさって辞退するティコを見て、グレンが軽く笑い出した。


「今さら、『か弱い娘のフリ』をしなくても」

「皮肉はやめてください。本気で嫌なんです」

「あれを掴むのはコツが要るらしいぞ。つるつる滑って、捕まえようとするとすぐに手の中から逃げてしまうそうだ」

「似てる……」


 黒くて、掴みどころがなく、手を伸ばせばするりと逃げてしまいそうなところが、よく似ている。なるほど、嫌な感じがするわけだ。

 まじまじと目の前の人物を見ながら呟くと、うなぎ男は「何が?」と首を傾げた。


「なんでもないです。うな……じゃなかったグレンさんは、よくこうして町に出るんですか?」

「いや、最近はあまり。俺は殿下の近くにいることが多いし……」


 そこまで言って、グレンが曖昧に言葉を濁す。無関係の人間に詳しく言う必要はない、ということだろう。

 彼にとってティコは、「利用価値があるかないか」という一点だけで関わっているだけの娘に過ぎないのだから。

 もぞりとした不快さが胸に込み上げた。ああ嫌だ。これだから、人間は嫌いだ。


 ──利用されるだけの存在になんて、絶対になるもんか。


 苛立ちを見せないように顔を横に向け、意識を逸らした。住人たちはフードを被った娘のことなど無関心で、忙しそうに通りをせかせかと歩いている。

 その中には大人だけではなく子どもの姿もよく目についたが、遊んでいるのは男の子ばかりだった。女の子はみんな、家の中で手伝いでもしているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、後方から子どもの慌てるような叫び声が響いた。

 え? と視線を戻すと同時に、「おっと」とグレンの大きな手が顔のすぐ前に迫り、びっくりする。

 ガツッ、と何かがぶつかる鈍い音がした。


「こら、危ないぞ」

「ごめんよ!」


 どうやら、路地で遊んでいた子どもの蹴った石が、方向を誤ってこちらに飛んできたらしい。

 下に転がった石を見たら、結構な大きさがあった。これが頭か顔に当たっていたら、また新しい傷を作ることになっていただろう。

 グレンに注意されて、子どもは舌を出して謝ると、くるっと背を向け、また遊び仲間のほうに駆けていった。今ひとつ反省が見られない。グレンも、やれやれというような顔をして息を吐き出している。

 ちらっとその手に目をやったら、石の当たった部分が赤くなっていた。

 なんとなく業腹だが、一応庇ってもらったわけだし、借りを作ったままというのもすっきりしない。


「あの……ありがとう」


 不本意ながら礼を言うと、グレンは変な顔をした。

 さっき、ティコがうなぎを見て「なにこの奇妙な生き物」と思った時のような目をしている。なんだその顔は。


「……なんです?」

「いや──なんだかこういうの久しぶりだなと思って」

「何がですか」

「俺も子どもの頃はよくああやって、危ないからやめろと言われる遊びをしたり、イタズラをしたりしたもんさ。そういうのってさ、次に何が起きるか判らないから、わくわくするだろ? 人とは違う何かを発見できるのが楽しいというか、新鮮というか。長いことそんな気持ちからは遠ざかっていたが、まだこういう感情が自分にも残っているのかと驚いた。……なるほど、殿下が言っていたこともあながち間違いじゃなかったかもな」


 何を言っているのか判らない。要するに、ティコのことを新たに見つけた面白いオモチャとでも思っているということか。どこまでも失礼な男である。


「グレンさんにも子どもの頃があったということが驚きです」


 ふんとそっぽを向いて言い返してやると、グレンが笑った。


「まあ、あまり可愛げのない子どもだったことは否めないな。……俺は家の中で大人しくしていることが好きじゃなくてね。そんな時はいつも姉が外に連れ出して、日が暮れるまで一緒に遊んでくれた。悪さをするとよく叱られたけど、それでも楽しかったし嬉しかったよ。そうやって俺を構ってくれるのは、身近ではあの人だけだったから」


 ティコは身長差のあるグレンの顔を見上げた。彼の横顔は空に向けられているが、その目はどこか遠いところを見ている。

 いつも飄々として、笑みを浮かべていてもどこか乾いた目つきをすることの多い男が、この時はずいぶんと柔らかい表情をしていた。


 ──そんな顔もするんだ、とティコは心の中で呟いた。


 彼は彼で、城の中と外とでは気の持ちようが違うのかもしれない。王子の面倒を見つつ、ティコの監視もこなさなければならないというのでは、ゆっくりする暇もないだろう。

 ティコは息とともに町の空気を吸い込んだ。確かにここは賑やかではあるけれど、規律や堅苦しさとは縁のない、普通の人々が営む日常が流れている。

 自覚はしていなかったが、次に何が起きるか判らない、閉塞感に満ちたあの環境下で、自分もずっと神経を張り詰めさせていたようだ。

 それがふわりと緩んだようで、少しホッとした。





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