風の中に雪は舞って
私は真冬の北風が吹く中、1人で歩いていた。
コツコツとパンプスの踵が鳴る。コートの襟をかき合わせてマフラーに顔を埋めて。ブルブルと震え上がりながら家路を急ぐ。どうせ、家--アパートの部屋に帰ったって誰もいないのだが。それでも帰り道の途中のコンビニで買ったおにぎりやサラダ、レンチンするだけのスープなどが入ったナイロン袋を持っている。もう片方の手にはホットレモンが握られていた。ビューと吹き荒れる北風により。
「……ぶぇっくしょーい!!」
某お笑い芸人顔負けの盛大なくしゃみが出た。うう。これだから冬は嫌いだ。ガタガタと震えつつも足を動かす。やっとアパートが見えた。これで寒さからは少しは解放される。ホッと一息つこうとホットレモンのペットボトルを脇に挟む。カバンから鍵を出した。コツコツと部屋の前まで来るとドアノブの鍵穴に突き刺した。右側に捻るとガチャリと音がする。鍵を再びカバンに入れた。その後、ドアを開けて中に入り手早く閉めた。
「あー。寒い」
両手をこすり合わせながらはあと息で暖める。器用に足だけでパンプスを脱ぐとカバンをソファーに置く。コンビニのナイロン袋も一緒に置いた。ふうと息をつく。そうして洗面所に行き、拭くタイプのメイク落としで顔を拭いた。簡単にメイクを落とすともう一回、洗顔フォームでざざっと洗う。タオルで拭いたらヘアピンを外す。寝室に行って仕事着から部屋着のジャージに着替える。やっとひと心地ついた。そんな時にピンポンとチャイムが鳴った。誰だろうと思い、「はーい」と言いながら玄関に再び出る。のぞき穴からチェックすると宅配便のようだ。ドアの鍵とチェーンを外した。
「……はい」
ドアを開けると宅配便のお兄さんが両手に荷物を持って佇んでいた。私は慌ててハンコを探しに行く。すぐに見つかったので応対する。
「……宅配便です。ハンコをお願いします」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
荷物の上にある用紙にハンコを付いていた朱肉に押して捺印した。お兄さんはそれをチェックするとにっこりと笑う。
「ありがとうございました」
「……ご苦労様です」
お兄さんから荷物を受け取った。ドアはパタンと閉まる。荷物を机の上に置きに行く。鍵とチェーンを閉めてからハサミを取って荷物--ダンボール箱の上に貼ってあるガムテープを破いた。一通りしてから蓋を開ける。中には何故か、手袋やマフラー、暖かそうな靴下などの防寒具が入っていた。
「……何これ?」
呟きながらも宛名を見た。それには斉藤 孝介とある。……孝介って言ったら遠距離恋愛中の彼氏じゃないの。ダンボール箱の底には手紙が入っている。読んでみた。
<有美へ
元気にしているか?俺は相変わらずだけどな。
もうそっちでは寒いだろうと思ってな。防寒具を一通り買って詰め込んどいた。
それらを着て今夜は部屋で待っていてくれ。
孝介より>
私は首を傾げながらもエアコンやストーブもつけずに箱にあった手袋やマフラーなどの防寒具を身につけた。そうして夜の7時過ぎまで待ったのだった。
8時前になり再びピンポンとチャイムが鳴る。とりあえず出たら。赤いファー付きの上着に同じ色のズボン、白い飾りとラインが入ったこれまた同じ色の帽子を被った男性が佇んでいた。ご丁寧にも白いもっさりとした髭もつけている。一瞬誰かわからない。不審者だと思い、スマホを取りに行こうと思った。すると男性が喋った。
「……メリークリスマス。有美!」
なんと、いわゆるサンタクロースの変装をしていた男性は彼氏の孝介だった。私は驚きのあまりに固まる。
「あ。ごめん。驚かせちまったかな?」
「……驚くに決まってんでしょーが。こんなに寒いのに防寒具一式着込んだままで。風邪ひくかと思ったわよ!!」
「……ごめんって」
孝介はとにかく謝り倒す。仕方ないので部屋に上げる。やっとエアコンとストーブをつけることができてホッとしたのだった。
その後、孝介は温かいココアとクリスマスケーキ、プレゼントでなんとプラチナの指輪を持ってきていた。とりあえず、ココアを飲みながらクリスマスケーキを包丁で切り分けた。お皿に盛り付けるとフォークでちびちびと食べる。
「……なあ。有美」
「何よ」
「……俺さ。やっと単身赴任の期間が終わりそうなんだ。でな、指輪を買ってきたんだけど」
孝介は不意に真面目な顔になる。フォークを一旦置くと指輪の入っているらしいビロードの小箱をポケットから取り出した。それを私の目の前に掲げる。
「……有美。もし良かったら。結婚してください」
「……え。け、結婚?」
「うん。その。返事は?」
「……こちらこそよろしくお願いします」
「やった。ありがとう。有美」
かたやサンタクロース姿にジャージ姿でムードも何もあったもんじゃあないが。それでも凄く嬉しい。私は知らず知らずの間に涙ぐんでいた。
「……うう。ごめん。おめでたい時に」
「謝る必要ねえって。じゃあ、指輪をはめるから」
「……はい」
そう言って孝介は小箱から指輪を出すと私の左の薬指にはめてくれる。サイズはぴったりだ。ますます、嬉しさがこみ上げた。
「……ふふっ。嬉しいわ」
そう呟くと孝介がふと立ち上がる。窓辺に行くとカーテンを開けてガラス窓を開け放った。寒いけど近づいて見る。風がびゅうと吹いてちらちらと白いものが舞っていた。
「……文字通りのホワイトクリスマスね」
「ああ。降り積もりそうだな」
2人して白い息を吐く。風の中に雪は舞って髪を巻き上げる。冷たい空気が頬を撫でた。孝介としばらく眺めていた。
もう寒くなったので窓を閉めた。私は孝介とストーブの前に行き、ガタガタ震えながら暖をとる。孝介が私の片手を取った。
「……うわ。すげえ冷たい」
「……そりゃあそうよ。私、冷え性だもの」
そう言いながら孝介は手をさすってくれた。ちょっと有り難く思った。少しするとほんのりと手が温まる。
「有美。さっきは綺麗だったな」
「うん。雪がまるで花みたいだったね」
言いつつもストーブの前からはどけない。その後、ポツポツと話しながら時間を潰したのだった。
翌日、孝介と外に出たら辺り一面は銀世界だった。綺麗だけど健康サンダルだと滑る。孝介が気を使って手を繋いでくれた。
「……滑ってこけるなよ」
「うん。ありがとう」
お礼を言いながらちょっとだけ銀世界を楽しんだ。すぐに中に戻ると温かいコーヒーを飲んだ。2人でまったりと過ごしたのだった--。
--完--