Andante
二菜達が高3の年。
クリスマスとか学内のパーティーがあったりとかして、終夜さんがいなければ忙しいだけのただのクソイベなんだけれど。
「終夜さんが来てくれるからただのハッピーイベントになりました!」
Vサインを作ってみると、穂積くんは「よかったな。ところで先輩が選んだドレスどんな感じ?」と聞いてきた。
最近の穂積くんは優奈とさらに仲が良いのでおそらくドレス被りとガチ度対決になることを懸念していると思われる。
「聖夜に駆けつけてくれる恋人なんて素敵!新、ゆかりも独占欲マシマシのドレス着たいなぁー。ゆかりも新の愛情たっぷりのクリスマス楽しみだなぁー!」
「良かったな。今寝ればそういう夢が見れるぞ」
「夢で見たいわけじゃないのぉぉぉ!!」
塩対応に思えるが、婚約者を膝に乗っけて書類を見ている辺り完全に甘やかしである。
「縁、僕は仕事をしている。大人しくしないなら家に戻すぞ」
ただ、流石にちょっとイラッとしたらしく怒っていた。絶対離れないとばかりに座り直してえぐえぐと泣いている辺り心が強い。
「まあ、俺はもう終わるけど」
「私ももう終わるけど」
「お前らには僕を助けようという気持ちはないのか」
「たとえ邪魔でも婚約者を膝から降ろせない優しい月岡くんに睨まれても怖くないんだよなぁ」
「ほんとそれな」
ペンを動かしながらそう言い合っていると、縁ちゃんが「え?やっぱり?ゆかり愛されてる?」とか言っていた。
書類見てるから縁ちゃんをちゃんと見てはいないけどおそらく頬に掌を当てて嬉しがっていそうだ。
「……よっし、計算終わり!これもう上に計上すればいいだけにしてるから目を通したら印鑑頼むわ」
「私のもここ置いとくね!今日、終夜さん帰ってくるからデートなの!」
基本それ以上に大切なことってないので諸々片付けを始めれば、「好きにしろ。僕ももうそんなに時間がかかるわけでもないしな」と月岡くんは溜息を吐いた。
「縁、二人も出て行ったし知也も別室で待たせている。膝の上から退け」
「なんでよぅ!ゆかりも新といちゃいちゃしたい」
高校生になってなお子供っぽい婚約者に思わず溜息しか出ない。最近ずっとこうな気がする、と新は自分を見つめる縁の頭を撫でた。
無論、嫌いなわけではない。
月岡新という人間は人の好き嫌いが激しい。近くにいるのを受け入れている、というだけで彼女に対する気持ちは確かであると言える。
婚約者が子供っぽいことに対しても思うところはあるが、反面、安心もしている。
「節度、というものだけは守ってほしいんだがな」
「今年しか学校で一緒に居れないのだからゆかりに妥協はないですよ!」
真っ直ぐに、嘘偽りなく気持ちを向けられる事は嬉しく思う。
いつだって嘘と偽りと欲望を向けられて生きるしかなかった新にはそれがどれだけ得難く尊いものか。
「縁、僕は君をとても得難い……大切な人だと思っている」
「………ふぇ?」
「なんだ。お前はいつも僕に好きだとか愛しているとか言うじゃないか。そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をするんじゃない」
くしゃり、縁の髪を乱すように頭を撫でる。
呆れたような、けれど愛しげに微笑む新を見上げて縁は、頬を染めた。
「だだだだだだって、いつもゆかりばっかりで……」
「ああ。だからこそ僕は安心して縁を側における。……見えているのだろうから、そろそろ安心してくれても良いと思うんだがな」
意地が悪そうな顔を縁に向けた新の胸をぽこぽこと叩く縁。
縁の目にだってちゃんと見えていた。結んだ縁がだんだんと濃い赤へと変わっていくその様が。
今二人を結ぶ糸は優しく強固で、思いの強さを示すように鮮やかな赤を見せる。
「でも、人はすぐに心変わりをすると母様は言っておられたから。もちろん、新の心を奪うような愚かしい人は排除するけど!」
「じゃあ、それで良いだろう」
婚約者の証である指輪がついた左手を持ち上げて、唇を落とした。
「そういえば、お前さっき何か寝言を言ってたな?寮に帰れば夢の一端でも味わえるかもしれないぞ」
滅多にない新からのアプローチに縁は膝から退いて後退り……。
「新のバカああああぁぁぁぁぁぁああああ!!」
叫びながら逃げた。
天井の一部が外れ、制服姿の男が降りてくる。呆れたように新を見た彼は、愉しげに婚約者を見送った彼に書類を手渡した。
「ご苦労」
「全くです。……良いのですか?追いかけなくても」
「構わん。アレにも警護は付けているから安全面で問題はないだろう。部屋に帰ればドレスを見てはしゃぐか卒倒するか」
残りの書類のチェックを始める新に「もう少し言葉にして差し上げては?」と知也は苦言を呈した。
「あいつがもう少し大人になったらな」
向けられる好意は知っている。
愛情は知っている。
けれど、新はそういう欲も含めたそれを縁からはまだ感じていない。
「思春期の男というものを甘く見過ぎなんだ、縁は」
恋というものは、愛というものはそんなに美しいものではないと新は考えている。
だからこそ、自分が縁に向けるそれを彼女が理解できるのを待っている。
そんな婚約者の気持ちをつゆ知らず、縁は寮に帰って置いてあったドレス一式に狂喜乱舞した。
クリスマスパーティーでいつものように笑う縁を見て、新は「道行きは険しいな」と呟くと、彼の先輩は「実力行使した方が意外と早く事が進むかもしれないよ」と非常に雑な返答をしてきた。
相変わらず二菜に胸が悪くなるような甘いセリフを言ってエスコートをしている八神終夜を見ながら、新は縁の手を取りながらひっそりと胸の中で叫んだ。
───アレと同じ様にできるか!
クリスマスだから何かしら書きたかったので書いたら、新と縁のお話になりました。
新は縁がもう少し大人になるのをゆっくり待っています。
なので「Andante(歩くような速さで)」。




