別つ先の二人
前半勇樹と後半勇樹の中にいた人の少し後。
後半BL要素入るので苦手な方は勇樹のとこで読むのやめていただければと思います…。
千住勇樹は、自分で自分を思うように動かせなかった期間の記憶が朧げにある。それは見たくもないドラマを無理やり見せられているようなものだったが。
だが、そのせいで覚えていない事やわからない事象もそれなりに多かったために6歳以降の記憶が消えた「記憶喪失」とされた。
周囲の医師や軍事関連者などから、自分を取り巻く環境などについて聞かされた彼は、それこそ子どものような素直さで謝罪の手紙を綴った。
結果、その内容から彼は今後軍の監視下の元ではあるが、ある程度の自由を手に入れる事になる。
そんな彼が気にかけるのはあくまでも一花だけだった。
その淡い恋心は体を乗っ取った男によって拗れに拗れていた。
部屋から出ない一花を毎日訪ね、二菜の事が本当は好きだなんていう一花に勇樹が好きなのは一花だけだと誠心誠意伝え、傷のある顔を見ながら「これで一花を好きになるのが俺だけになると嬉しいなぁ」なんて、本当に考えていた。
一度強制的に奪われた宝物に対する執着心でもあったのかもしれない。
一花と結ばれるなら軍に入り、国のために戦わなくてはいけないと聞いた時も、一花は嫌がったが、彼は即承諾を返した。
「私がやったことの報いが勇樹くんにいくなんておかしいわ!」
「君がやったことの報いじゃないよ。正確には俺が引き起こした事への報いだ。それこそ、一花がそれを被る必要はない」
魔法を封じられた一花は「もう私じゃ隣に立って戦えないのに」とさめざめと泣いたが、勇樹はそれでいいと思った。
手段はどうあれ。
一花が自分のためにどんな事をやってきたか、彼はその父である誠二から詳しく聞いている。同時に自分がやった愚かな行為についてもだ。
幼い時から一花だけを見ていた彼には、痴情の縺れ、というものはいまいちピンと来なかったが。
そうして彼は何をどうしてでも小鳥遊一花と生きるという覚悟を示し続けた。
一度だけ様子を見にきた二菜の婚約者からは「本当に同一人物かい?」と疑われもしたが。
防衛大学に入る事になった勇樹は、拘束時間が増える前に謝罪行脚をする事にした。
それらが終わる前に藍川統子へ謝りにいった。「覚えてないんだろ?いい勉強になったと思ってこれからこの人と生きるさ」と言った彼女は隣に立つ男性と目を合わせ、幸せそうに笑う。そして、「こっちこそ迷惑をかけた」と笑って勇樹を送り出した。
最後に京月結女のところへ行くと、「助けにきてくれたのね」と喜ぶ彼女に首を横に振った。
「俺は、昔から一花だけを見てきた。悪いけど、彼女以外に手を差し出す事はない。すまない」
「じゃあ何で会いにきたの!?」
「ケジメはつけないと、だろう。君のお兄さんにも身勝手だと叱られた。それでも俺は、一花を傷つけようとした君を助けることはできない」
京月結女はチャームボイスと呼ばれる精神操作系ユニークスキルの持ち主だ。届け出もきちんと提出されている。
その能力は一花を彼女自身も知らぬ間に蝕み、二菜と殺し合う様仕向けられた。統子は離れるのが早かったために被害に遭わなかったことは京月にとって喜ぶべき所だっただろう。
「俺はね。実は君に対してだけはあまり罪悪感を抱いてないんだ」
自分が数名の女性をある種騙して、もしくは助ける事で利用していた事は聞いているし悔いてもいる。
殴りかかってくる人もいたし、責めてくる人もいた。
けれど、彼にとって京月結女だけは別だった。
「俺が俺でなかったとはいえ、俺のしたことは悪い事だって思うよ。でも、京月だけは俺の大切なものを進んで壊そうとしただろ。じゃあ、助ける義理もないかなって」
勇樹が迷惑をかけた人間にはそれ相応の償いを申し出た。そして、許されはしないものの、壊したもの以外で大きく問題はなかったためにそれで納得もしてもらっている。
だが、結女をその枠に入れることはない。彼女だって加害者、償う側だろう。
「な、なんで!?なんであんなに暴れた一花さんが恋を叶えて私は」
掴みかかる彼女は勇樹の目を見て、絶望した様に「違う……」と呟いた。
「だれ?」
奇しくも、京月結女だけが勇樹が彼女の知る男と「同じ」でない事に気がつく。
驚いた様に目を見開いた勇樹に、結女は「勇樹さんを返して!!」と泣き叫ぶ。
返してと言われても、勇樹にとっては彼女の知る「勇樹さん」が諸悪の根源である。せっかく返して貰った人生をそう易々と明け渡すつもりはない。
彼女の護衛として同席した男性が溜息を吐いて結女を抱き寄せて、何かを呟いたかと思うと彼女はその腕の中で昏倒した。
「今のうちに帰るといい。案内しよう」
微笑んで、女中に結女を渡した彼はそっと勇樹の隣に立ち、小声で何かを伝えたかと思うと勇樹を外に送り出した。
言葉の意味がわからないまま。
なんだか無性に一花の声を聞きたくなった彼はすぐに帰ることにした。
魂の形になった男は元の世界からも弾かれて、結局勇樹達と同じ世界の冥界へと送られる。
そこで蹲る青年に、そこに住まう神はどうしたものかと頭を悩ませた。
彼を元の世界へと送ろうとした存在が白であるなら、そこにいる者は黒。
かの神が陽ならば、ここにいる神は陰。
兄弟神である性別不詳の存在は、対照の1対の神だった。
陽の神が無表情で事務的ならば、陰の神は表情豊かで割と世俗に塗れた性格をしていた。
こうなってはある女神に魂ごとくれてやった方が楽だったのでは、と思わなくもないが、あの陽の神にとってはそれ程の罪でもなかったのだろうと陰の神は頷いた。
「お前は、元の世界には戻れない。あちらの奴らのミスでこちらに来たというのに責任を取りたくない様だ。だからもう一度だけチャンスをやろう」
彼の記録を見ながら、彼の魂の入れ物を探す。とある魂の入らない器を見つけて、彼にとっては前回よりも少し前の年代にはなるがここでいいか、と神は片手でひょいと魂を放り投げた。
陽の神は止めぬだろう、とその神は視線を逸らし、そしてやった事を忘れることにした。気ままで身勝手な存在だった。
その魂は千住勇樹の中に長年巣食っていた青年であった。
彼は京都にあるとある名家の分家筋の長男として生まれる。記憶を持ったままの彼は、自分の趣味を否定せず、悪いことは叱ってくれ、優しく愛情深い両親によっていっそ前世よりも穏やかに育った。
そして、かつて恋した少女が案外側にいることに早々に気がついた。それは淡い恋心で、何故だか声にも出せなかった気持ちだけれど。
その少女は、少女を溺愛する両親にとても愛されて育ち、彼女の兄は少し不遇の扱いを受けていた。
それを見ながら、少女…京月結女とその兄の仲が良くなかった訳を察した。あれだけ差別されて生きては互いに互いの気持ちが理解できなくても仕方がない。
今世の彼は京月家分家筋の人間だった。前の勇樹ほどのスペックはないが、医術師になれる力を有しており、医神の加護を受けている。やらかした自分が神に加護を得ているのは不思議だったが、その力で人を救うことが償いなのかもしれない、と思い小さな頃から家の施設などで治療等の勉学と実施訓練に励んだ。
神を降ろす家系である京月において、死産かもしれなかった子がそれだけの力を持って生まれた事は大変に喜ばれた。そして、京月の信仰する神を降ろすことができる「兄」の配下として小さい頃から側にいた。
兄…京月結弦は努力家だった。
知識を学び、魔法を学び、体作りを頑張った。結女が婿をとって家を継ぐと決まっても彼は一族にとっての大切な人間だからと努力を強いられてきた。
そんな彼の努力を見てきた前大学生後勇樹憑依現京月慶は彼につくことにした。無論、同じように努力をして。
そうして結弦の信頼と友情を得た彼がかつての恋を思い出すのは大学の最後の年だった。
八神終夜との婚約が破棄となり、勇樹に恋をした結女が問題を起こした時である。
報告を一緒に見た時、慶は自分がどんなに独りよがりの事をしでかしてきたかを理解して死にたくなる。続々とやってくるそれに隠れてちょっと泣いた。
救いは、確かに原作よりも救えたものが多かったことだろうか。
国の要人が密室で全員毒で死ぬ事は無くなったし、学校を壊してはいたが爆破事件で死人も出る大きな事件も回収した。
学園が所有していた重要魔法物質も隠して破壊されるのを防いでいた。
全部原作知識だったが、やらないよりやった方がいいだろうと思ったことが、多少良い方向に出ているのには彼もほっとした。
それにしても、何故二菜は別の学校に行ったのだろうか。そこを考えて調べるべきかと思ったが、止めた。以前二菜を便利使いしようとしただけの自分には知る必要も権利もないだろうと思った。そもそも、知った所で彼女に謝る機会は彼にはもうないのだ。
「慶、結女の恋とやらが達成しようがすまいが外に出すわけにはいかない。達成した場合としなかった場合、両方の案を出してくれ」
既存案を渡されて、眉を顰める。
簡単に始末の方向に思考がいってしまうところがこの世界の怖いところだ。
「結弦様」
「お前に様付けされると気持ちが悪い」
「俺にも立場ってものがですね」
「俺の友だろう?」
悪戯っ子のように笑う結弦に「わかったよ」と言って苦笑する。
元々、結女は外に出される予定はなかった。京月の娘でありながらなんの加護も持たず神降ろしの才のない人間を外に出すわけにはいかなかった。故に一族は結女が当主になる代わりにその能力を持つ八神の次男を当てがい、結弦と終夜の二人で実権を握らせる事で醜聞を抑えることにした。
それを嫌がるから当主の座は渡せないという事で素行不良で結女を次期当主から降ろし、結弦が急遽学生の身でありながら家を継いだ。
そして、選択肢は生涯幽閉か殺すかの二択に絞られた。
「結弦、もし千住勇樹がお嬢に靡かなかった場合、俺に嫁いでもらう事は可能か?」
だからこそ、慶の付け入る隙ができるのではと考えた。
彼の提案に結弦は一瞬きょとんとし、次の瞬間腹を抱えて笑う。
「そんなに笑うことか?」
「笑うところだよ。報告書を全て一緒に読んだ上でそう言えるなんて面白いじゃないか。でもな本当は、お前にはもっと良い相手を見つけてやりたいんだが」
「俺は、彼女が良いんだよ」
「へぇ?もしそれで俺がお前を嫌っても?」
「嫌うのか?」
それならそれで仕方ないと慶は結弦に微笑む。それを見て、不服そうに「嫌いはしないが、嫌だ」と告げる。
「他の女なら良いが、結女は嫌だ」
「嫌なのか」
「お前まで妹に盗られるのは、俺が耐えがたい」
その表情に昔…少年時代の結弦と、勇樹になる前の自分を思い出した慶は気がつけば壁に身体を押し付けられていた。目の前には結弦の整った顔。苦しそうなその表情に、傷つけてしまったことを少し後悔した。
(友人まで妹に取られる、って考えると悲しくもなるか。俺は今になっても人の感情の機微に疎いな)
そうして、気の迷いだとでも言って彼女を諦めようと決意した途端に唇に生温かい感触があった。
驚いて目を見張る。
「慶だけは俺の…京月結弦のものだ。幸いにも俺は我が家の神と相性が歴代で最も良い。子どもだってその力をお借りすれば作れる」
薄い腹を撫でてくる結弦の瞳をしっかり見つめてみると、確かに兄妹だと納得するような感情の熱量を感じた。
「やはり、結女は殺しておこう。気の間違いで慶に何かあってはたまらない」
「いやいや、簡単に始末の方向に向かうな!せめて彼女に愛情を与えられて、この状況を受け入れられる男を見繕う努力を見せろ!!」
「俺、妹嫌いだからやる気が湧かないんだよね。ああ、慶。じゃあ見繕ってみてくれ。お前以外でだよ」
慶は頭を抱えたかった。実際には現在少しは鍛えているものの、今の彼が割と武闘派の結弦に力で敵うわけがなく、壁ドンされたままなのでそうはできなかったが。
強い信頼と友情を感じてはいたがこういうのは予想外である。
結局、結女と同年代で条件に合う一族の者を見繕い結弦は婚約を整えてみせた。
逃げようかとも思ったが、この手の人間からは逃げられないだろう事は予想がついたので京月の神様に考える時間が欲しいとだけ祈っておいた。転生前の神はこうなることを予想していただろうか。
傷害事件を起こしてすぐに嫁にやられることになった結女の元に、本来の勇樹が会いにくるということで彼はそれに護衛として同席することになった。彼女の夫になった青年からの頼みであったので頷いた。すっかり結弦の伴侶だから女に興味がないという扱いをされている。慶は普通にまだ女の子の方が好きだし、まだ伴侶になると言ってはいないのだが。
そうして面会した少女は「勇樹」ではなく「自分」を愛してくれていたことを知った。
だが、もう慶の心を彼女に傾ける事はできない。人妻に懸想する事は罪だし、嘆く彼女を慰める権利は相手を探して見繕った自分にはない。
結女に昏倒の魔法をかけた慶は女中に結女を預けて勇樹を外へと案内した。
小さな声で、「今まですまなかった」と告げる。彼にはなんのことかわからないだろう。
これで自分の罪が消えるとも思わないが。
「最終的に、みんな幸せになれると良いんだがなぁ」
そう願う彼に、「じゃあ、俺のことも幸せにしてくれ」と拗ねたような声が聞こえた。
「結女のところに行くのであれば休みなんてやらなきゃ良かった」
「俺はお前のその俺に対する謎の愛情が怖いよ」
(ただ、嫌いにはなれないんだよな)
慶は追いかけてきた彼に「一緒に飯でも食って帰ろうか」と誘うと、結弦は幸せそうに笑った。
千住勇樹
勇樹は6歳での一花との別れ以降乗っ取られて生きてきたのでちょっと世間知らずな面もあります。彼が深層意識で消えなかったのは幼かった一花への恋心が支えになったからなので、良くも悪くも正ヒロインは強かった。
ただ、そのせいで色々拗らせはしています。
京月結女
結女が好きだったのは勇樹ではなく、小心者で臆病な一面のある乗っ取った男性の方でした。彼女が勇樹を諦められなかったのは自分へ向ける視線に自分への気持ちを感じていたから。両思いだってわかってて納得ができるわけがなかった。もう死んでも手に入れば良いかなとまで行ったのがやり過ぎた。
彼女は少し経ってから今の状況を受け入れて生きていくと思います。慶は支えられる人間を結弦に邪魔されながらもめちゃくちゃ吟味して選びました。胃薬を常備しながら。
千住勇樹の中の人改め京月慶
乗っ取った男性改め慶は、最初の人生で否定ばかりされて生きていたので割と小心者で臆病な一面がありました。だからやれることをやってきたら認められちゃって調子に乗ってしまった。彼は前世からの推しが結女だったし、自分に好意を向けてくる彼女が好きになってしまったのですが、調子に乗った挙句追い詰められた彼は非常に横暴になっていたので断罪不可避でした。
再度、慈悲というか面倒だったから雑に処理されてというか、そういう形で転生した彼はうっかり結女兄と寄り添う形で生きてしまったので妙なフラグが立ってしまった。本来要らんとこがお人好しで優しいとこがあったのが裏目に出たのかもしれません。流石兄妹みたいな重みがあるので多分逃げられない。
京月結弦
結女兄。両親は妹が不憫だからとひたすらに溺愛した結果、彼は放って置かれた。ここで平等だったのならもう少し兄妹間の仲は良かった。
たまたま学友として引き合わされた分家の少年がめちゃくちゃ自分の寂しさや孤独に寄り添って生きてくれたおかげで隠してはいたが依存度増し増しクソデカ感情を抱えてしまった人。そのせいで男同士で子ども作る方法とか探したら見つけてしまって大歓喜。逃すつもりはない。ただ言い訳をさせると、好きな子を普通に別の家から連れてきたら辛うじて諦めるつもりはあった。
別に男が好きなわけではなく、慶を愛してしまっただけ。




