閑話
千住勇樹は、小学生の時に意識を他の何かに乗っ取られた。最初は困惑し、泣き叫んだけれどいずれ大人しくなった。
小学生の彼には、大人の強い自我から抜け出すことができなかった。
彼が抜け出せないうちに、「千住勇樹」本体の状況はどんどん変わっていく。
大好きな幼馴染は執拗に愛情を確かめるようになり、長い黒髪の女の子は妙な目で勇樹を見る。強さに焦がれた少女は自分より強いと思った勇樹に恋をしたと言う。
そして、もう一人の幼馴染の瞳はどんどん冷えていく。妹のような彼女に嫌われていく過程は中から見ていた自分にはよくわかった。
そして、あの時。一花を守るためとはいえ置き去りにしたことを思い出して自己嫌悪をする。
(俺も、こいつと変わらない……か)
それを差し引いたとしても、年下の女の子に対する態度ではないそれに、勇樹はうんざりとする。
そして、毎度「おまえなんてお呼びじゃない」とはっきり示してくる二菜にホッとしていた。
どんなにあり方が変わったとしても、勇樹が想うのは一花だけだった。
だから、早くここから出たかった。
早く自分の体を取り戻し、一花に「一花のことだけが好きだ」と伝えたかった。
二菜にもちゃんと謝って、一花と一緒に生きていきたいと願っていた。
(あんなどっちつかずの態度を見せていたんだ。俺は殺されたって仕方がない。でも一花は助けないと)
切られた時だってそう思って、足掻いてはいたが長年閉じ込められてきた勇樹は表層に出ることができなかった。
そんな時だった。
眩い光が一閃し、自分の全てを奪ってきたと言っていいものが悲鳴を上げながら消えていく。
「今回だけだ」
次はない、と冷たい声が響いておよそ10年ぶりに勇樹は自分の体に戻る。
肉体と精神の乖離は大きく、体が動かない。
祈るように名前を呼んで、謝るだけで精一杯だった。
その頃、千住勇樹に憑依していた青年は、神と呼ばれるものに連れ去られていた。
「何もやっていなければ情状酌量の余地もあったのだがな」
自分を思う人間の気持ちを利用し、逃げる少女を執拗に追い詰めた彼には適用されそうもない。
さらに、このままであると面倒な女神に魂の形を覚えられて魂ごと消滅させられる可能性も高かった。
元々、望んで勇樹となったわけではないが、その立場を利用して行ったことがまずかった。
その魂を元の世界へ続く扉に放ると、男のような、女のような存在は下界を覗き込んだ。
二菜として生まれた少女。
彼女は彼とは事情が違った。彼女は魂の記憶を引き継いだだけの本当の二菜である。
「前世の記憶を引き継がせただけでこれほど運命が変わるとはな」
何度似た世界を作ってみても、無惨な形で死を迎えた少女はようやくその運命から脱却した。
愛する者の手を取ってこれからも生きていくだろう。




