47.帝って怖いです
その席に座するのは皇琥珀様。御年12歳の少女である。
帝の地位に至るための試練を、わずか10歳で超えたという少女はあどけなさを残す愛らしい人に見えた。
その前に私たちは横に並んでいる。
花守、小鳥遊、風凪、月岡の順だ。
後ろにはそれぞれ婚約者や伴侶が控えている。
「うむ。よくぞ参った!花守、小鳥遊の両名は初めてじゃの」
「はい。小鳥遊一花と申します。後ろにおりますのが我が伴侶となる千住勇樹です」
「よろしくお願い致します」
決定はしているのか、と思ったけど正直なところ私には関係のない話なのでおいておく。皇様が首を傾げていらっしゃるけど見なかったことにする。
「花守家次期当主、花守二菜と申します。こちらは私の婚約者の……」
「八神終夜と申します」
「ふむ、指輪持ちか。報告も届いておる。よくよく、花守に、国に仕えるように」
「はっ」
軽い足取りで私の側までやってきた皇様は私の顔を両手で包み込んで瞳を覗き込む。その目は恍惚としているように見えた。
「花守に魔眼が出たのは50年ぶりだったか?話に聞いていた通りの美しさよ。跡取り娘でさえなければ側室に迎え入れたものを。惜しいのぅ……」
そのまま、彼女は私の眼球を舐めた。
咄嗟で何もできなかったのだけど、後ろから怒気が伝わってくる。それでも皇様は「ふふ、愛されておるなぁ。怖い怖い」という程度だった。いや、人の眼球にいきなり舌入れてくるあんたのが怖い。
「失礼ながら、帝は女性。花守が次期当主でなくとも側室とかいう話はなかったと思いますが」
「相変わらず面白くない男だこと。相手が男でも女でも良いのよ。子を作る方法など一つではないのだから」
ニタァと笑う彼女が怖すぎる件について。あるの!?そんなやべーもんあるんですか!?窘める発言をした担任に目を向けると、「一応あるから降りると逆に恐ろしい目にあうな」と言われてしまった。もうなんなのこの世界。恐ろしいがすぎる。
「まぁ、後ろの者の怒りをこれ以上買うのも得策ではなさそうじゃな」
そう言って戻った彼女は自分の席に座り直した。
「吾は帝。日の本の皇帝。皇琥珀である」
そう名乗った彼女に頭を下げる。初対面の人間の眼球舐めてくるガチのヤバい人だけど偉い人なので。
「此度は四家全ての後継が決まったことを嬉しく思う。小鳥遊は後継者争いが激しかったし、花守はやりたがるやつおらんかったからの」
叔父さんのことだろうな。
叔父さんの子どももやりたがっていない。どちらかというと「私絶対に研究室から離れないわ!!なんで高等学校は寮なの……!?私進学しないから!!」と言う有様である。さすがに怒られていた。
「花守はなー。優秀なんじゃがなー、引きこもりが過ぎるんじゃよなー」
「研究室の外に出るメリットが少なすぎるので」
「そういうところどうかと思う」
しれっとそう言うと後ろで終夜さんが溜息を吐いていた。担任も溜息を吐いていた。
「小鳥遊は色々やり過ぎなのは分かっておると思う。これよりは我慢を覚えよ。当主にも通達したが、これ以上特定の人物を害そうとするのであれば利権を一部抑えると当主に再度通告しておけ」
「それは…っ、……はい」
何かを言おうとした一花ちゃんの着物の袖を引っ張って勇樹くんが首を左右に振ると、悔しそうに頷いた。そのあと睨んでくるんだけど、本当に何かした覚えがない。というか何もしなかったから怒っているんだろうか。
これが終わったらあまり会う機会もないから仲直り(※要こちらの妥協)も必要あるのかどうかはわからない。私は謝ってもらったことって少ないんだけど。
「わかれば良い。吾は仕事がある故退出するが、皆は親睦を深めると良い」
本当に顔を合わせるだけなんだな、と思っていると、皇様が退出した途端に一花ちゃんが立ち上がる。
「私は二菜と親睦なんて深めるつもりないから」
「待てよ、一花。おまえらは姉妹なんだから……」
「私には勇樹くんがいればそれでいいの。二菜には絶対、渡さない」
「いや、そもそも要らないんですが」
聞いているのか聞いてないのかはわからないけど、思いっきり襖を閉めてでて行った。
「やっぱり要らないんだ?」
「終夜さん以外の男性に目を移す利点がないし、どう考えてもこれ以上の人っていないですよ。先生だって、一花ちゃんよりお嫁さんの方が数億倍可愛いでしょ?」
「まぁ、そうだね。好きな人が一番に決まっているよ」
「新!!アレ私にも言って!!」
「なんでだ?」
心底不思議そうに言う月岡くんに、「私たちだって運命じゃん!!なんで言ってくれないの!!」と縋りつき、「そういうのはもう少し関係を深めてから言うものではないのか?今言っても薄っぺらいペラペラの言葉が出るぞ」と言われ、またぴぃぴぃ泣いていた。
「言ってあげたら?」
「いえ、こいつ言え言えって訴えてきていますが、いざ口にすると『そういう嘘嫌い』とさらにけたたましく泣くので」
「嘘が嫌なの言っては欲しいの本気で言ってよぉぉぉ!!」
「無茶を言うな。数年後の僕に言え」
終夜さんの言葉に返した月岡くんの足にしがみつく星川さん。
ところで、数年後は好きになってる予定なんだな、と生温かい目で月岡くんを見てしまった。




