45.安全祈願が効いていません
途中で月岡くんたちと別れて、花守へと用意された部屋へと向かう。
四家でわざわざ区画を分けていることを、今は少しありがたく思う。元々は四人の妻を囲っていた場所だと聞くけれど。
皇家は一人の相手で子が生まれなければ二年ごとに新しい者を迎えるという。今の御当主はまだ年若い少女だというから、そんなことにはなっていないと聞くけれど、それだけ彼らの血に対する執着は凄まじい。
それは小鳥遊にも通じるけれど、分家の人間はそれなりに自由に生きている。本家に近づけば近づくほど、その才能をより受け継げば受け継ぐほどにその傾向は強くなると聞く。
だからこそ、狂気のようなものを抱えた人間を生み出しやすいのかもしれない。実際めちゃくちゃ殺されかけてたし。
対抗戦の時のことを考えるとゾッとする。
「二菜、僕から離れないでね」
鈍い音がしたけれど、「振り向かないで」と言われたのでそのまま前を見る。嫌な予感がバシバシするんだけど。
「死んではないよ」
「うん。血の匂いとかしてないし」
この人がやる気になったら串刺しで相手の人生が終わる。基本的にユニークスキル使うの嫌いらしいので使わないけれど最近、というか対抗戦からこっちはなりふり構っていられないとかで大盤振る舞いである。というか、自動射出されるので私に対して強い殺意を向けられた場合に制御不可能らしい。なんだ、暗殺者と勇樹くんたちのせいか。私の婚約者にそういう振る舞いをさせるな。あと命の危険を私に持ってくるな。お願いだから。
私のお願いあんまりキイタコトナインダケドネ!!
安全祈願の神社に御祈りもしてるんですけど。神様いる世界なので。
神社にお参りに行くとき、終夜さんも絶対一緒に来るので二人分の御祈りのはずなんだけど。もしかして、それでようやく生きているのかな私。やだ、目的は平和に長生きなのに。
部屋に入って常設された部屋用タリスマンのスイッチを入れると、ようやく終夜さんがひと息吐いた。
「しつこいね」
苦々しげな声に頷く。
月岡くんたちと離れた時も私たちの方にだけついてきたところを鑑みるに小鳥遊な気がする。一花ちゃんゲットしたんだからもういいでしょって気持ちと、一花ちゃんが私を殺そうとしているのかなって思う気持ちが半々だ。
「殺されるほど恨まれる覚えはないんだけどなぁ」
一花ちゃんには本当に何もしていないし、強いて、強いていうのであれば。
「……勇樹くんの頼みを断ったから?」
勇樹くん至上主義の一花ちゃんとはいえ流石にそこまではないだろうと思うけど、逆にいうと恋に狂っている人ではあるので否定もしきれない。
「あの荒唐無稽な言いがかりをつける男の名前を、出来るだけ君の愛らしい口から聞きたくないんだけど……もしそれが当たっているのであれば、なんて迷惑この上ないカップルなんだろうね?」
怒っていらっしゃる。ちょっともしかしたらーと思っただけなのに怒っていらっしゃる。
いや、違うかもしれないし窘めて…くれないな!私が悪いな!!
「勇樹くん、ねぇどういうことか説明してくれるよね?私以外を好きだなんて言わないよね?」
「当たり前だろ?一花は俺の特別なんだからさ」
勇樹がそう返せば、ホッとしたように一花はふにゃりと笑った。
対して、勇樹は心の中で毒づく。面倒くさい女、と。
「結女とは良い友達だよ。おまえも知ってるだろ?でも、おまえが嫌なら会うのを控えるよ」
京月結女が一花に何かを言ったらしく、そのことで勇樹は一花に問い詰められていた。
結女がその先の関係を要求してくる度に、こうして一花が自分に追い詰めるように問う度に彼はもう一人の幼馴染の少女を思い出していた。
(二菜ならこんなに面倒じゃなかったな。生まれた時から意識があれば一花なんか選ばなかった)
実際にはおまえより俺の女のが優秀だ、というマウントを取り続けてきたことを棚にあげている。そのことに彼は気が付かない。
(結女を助けたのも失敗だったかな。こんなに足を引っ張るなら放っておけばよかった。そうしたら勝手にあの男と結婚してただろうし。でもなぁ、推しだったし好みなんだよな)
勇樹を不快そうに見つめる男の存在を思い出して、眉間に皺を寄せる。一花に「どうしたの?」と聞かれて「ちょっと良くないこと思い出しただけ」と誤魔化した。
八神終夜。
本人は否定していたが、あの氷を見れば雪女あたりの先祖返りとしか思えなかった。そうでなければ神返り……どこかの神の血を継いでいるかだ。
どちらにしても忌々しい能力を持つことになるが、妖怪であった方が都合がいい。あれらは一般人に嫌悪される。追い出すにはちょうど良かった。
神返りであれば逆に面倒だ。
月岡新の婚約者として現れる少女は神の娘、人でなく神に返る能力を持つ少女である。縁を結び、縁を切り、そして縁を見る。そう言った神に準じる力を持つならば、条件次第では勇樹は敵わないだろう。
原作であれば誑かせる予定の少女だったが、怯えて近寄らない上に、月岡新には「死相が出ている。この感じは神罰だな。振る舞いに気をつけろ」と言われた。一花にはその後から部屋に軟禁を宣言されるし碌なことがない。
とりあえず、一花を安心させるように抱きしめておいた。
「黒の糸、増えてます」
そう言う婚約者に、だろうなと新は頷いた。
神の娘である縁と婚約を結んだのは家の事情である。付き合いは浅いものの、彼女は新を盲目的に慕っているし、純粋な彼女を新はそれなりに気にかけている。
「相性が最高値MAXなのです」と腕にしがみつかれることにも慣れた。本当にそうなのかは知らないが、母の占いでも未来に一緒にいることだけはなんとなくわかったので好きにさせている。
すぐに自分に纏わりついてきた縁だが、彼女と縁を結んでから、悪いことは少ない。悪い縁がごっそり切られたためだろう。絡んでくる女や誘拐犯などの類が劇的に減った。
素直に感謝すると、愛らしく笑って、「浮気をすればどうなるか、これでお分かりでしょう?」と普段とは違う、少し大人びた、けれど鈴を転がすような愛らしい声で告げられた。
なるほど、人でなしとはこういうことかもしれないと納得したものだ。
そんな彼女の言う黒い糸は、千住勇樹に絡まる死の気配だ。
新が見ることはないが黒い糸は一花から伸びた赤と斑らになった愛憎の糸、八神終夜から伸びた純然たる殺意の糸、そして彼の婚約者である縁から伸びた糸、あと数本もおそらく女関係だろうと予想されるものがあった。
一番危ないのは八神終夜のものだろう。
彼は元々、気にかけた人物を害する人間を殺し、気に入った人間の己以外で好きな者を嫉妬で殺す。そんな女神を祖母に持ち、その性質を濃く受け継いでいる。彼もまた、神返りと呼ばれる能力を持つ。
強い力であるが故に彼らは制約で縛られているが、縁と終夜に限ってはそれはもうないものと同じだ。
彼らは愛情深く、慈悲深く、冷酷な女神をルーツに持つが故に運命の人というものが能力を解放するトリガーとなっている。
それ故に、花守二菜には八神終夜が必要だった。
要するに絆を深めるほどに、愛されるほどに強くなる全自動暗殺者抹殺装置なのだ。そこまでのものを置かなければ彼女の死の運命はあそこまで薄くならなかった。
ちょっと、いやだいぶやりすぎではあるが。
そして、月岡新にもまた星川縁が必要だった。
公表など当然されてはいないが、純粋な愛を捧げられることで先見としての力は研ぎ澄まされることが多い。少なくとも彼と彼の母はそういう能力の形をしていた。
いくら身内で周囲を固めていても、悪意は知らぬ間に月岡内部に入り込み、心の底からは誰も信用してはならないのが月岡家の後継に選ばれた彼の宿命だった。
だが、縁が側にいるだけで全て解決する。二歳年下、中学生の少女に向ける感情はまだ恋情や愛情に育ってはいないけれど、少しずつ距離を近づけていければと思っている。そんな新の気持ちはさておき、縁は彼に対しては押せ押せなのだが。
「新、そろそろ親愛から恋になりませんか!?」
「人の気持ちはそう簡単に変わらん。それに、まだ付き合いが浅いんだ。僕のペースも少しは気にしてくれ」
「ゆかりはビビッと一目惚れでしたが!今からでもそうならないです!?」
「ええい!大人しくしないとおまえの部屋の色をインテリアごと真っ青にするぞ!!」
「いやぁぁぁぁせっかく新がゆかりの好きなピンクで用意してくれたのにぃぃぃぃぃぃ」
だが、ぴぃぴぃ泣く婚約者を少しだけ可愛いと思っている新なので、それなりに気持ちが向くのは早いかもしれない。
別によそに目を向ける気はこれっぽっちもないが、それはそれとしてもう少し落ち着いて欲しいとは願っている。新は割と静かな環境が好きなので。
気が短い自分を落ち着かせるように、新は息を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
そして、膝を叩いた。泣き止んだ縁は嬉しそうにそこに座る。
「ゆかりは新のこういう分かりにくい優しさ好きですよ!」
「そんなことを言う女はおまえくらいだよ」
呆れたようにくすりと笑んだ婚約者に、縁はしばし見惚れた。




