44.あなたの方が怖いです
顔合わせが行われるのは、尊い血筋の方のお膝元である。
要するに……。
「生きているうちに皇家のお屋敷に来ることになるとは思ってなかった」
「普通は思わないよ」
日本国の支配者皇家のお家である。
そこの当主が代々帝として国を治めている。前世と決定的に違うところはここだろう。前世は民主主義だったので。
そんな方の居住区に入ることなど、分家だった身としては考えたことがなかったが、花守家次期当主になってしまったので、これからは用があると言われれば来なければならない。
おじいちゃんはたまに「あー中型タリスマンだろ。持ってけ持ってけ。俺は行かん」とかやってるけどアレは多分ダメなやつである。お使いの人は必死だしたまに負けて門の外でぺこぺこ頭を下げているし、そのあとおばあちゃんが怒りながらおじいちゃんを追い出す。おじいちゃんがおばあちゃんに平謝りする。
なんで国の頂点はおざなりでおばあちゃんに頭を下げるのかはわからないけど、おばあちゃんは「こういうものは惚れたものが負けるものですよ」と笑っていた。
おじいちゃんが早く当主譲りたそうにしてる気持ちがわかってきた。ついでに叔父さんが逃げ回ってた気持ちも。
敷地内に入ると、「ニンショウ ニンショウ」と人工AIを搭載したロボットから機械的な音声が流れる。それに魔力を流すと、「ハナモリ ノ マリョクパターン ヲ ケイソク シマシタ オトオリ クダサイ」と門が開かれた。終夜さんも通れたけど、これは指輪を渡してるからこそらしい。
着物が重くて歩きにくいけど、終夜さんが手を引いてくれるおかげで気分が上がるのでなんとか歩く気になる。というか、これで歩く気になれない女子いるのだろうか。
「どうかしたのかい、二菜」
「いえ、終夜さんがいれば私もちゃんと歩けるなって思っただけです」
足が重いのは着物を着ているからだけではないのだ。
ふと目線を上げると、一花ちゃんが立っている。私を睨みつけているような、そんな目線に背筋が冷えた。
サッと去っていってくれただけありがたいように思う。
恨みか、憎しみか。
それはわからないけれど、少なくとも彼女は私に良い感情を向けていないのは感じられる。
無意識にぎゅっと手を握れば、終夜さんは心配そうに私を見つめた。
「もし君のお姉さんが君を傷つけるのなら、僕はうっかりユニークスキルを発動させてしまうかもしれない」
「……私のため?」
「僕のためだよ。僕以外の全てが君を傷つけることを、本来僕は許容できない。君のことを思えば思うほどに僕の力はあの方に近づいていく」
その自嘲めいた言葉はきっと、彼の偽らざる本心だと思う。けれど、そうなっていくかもしれない事は聞いていて、それでも終夜さんと共にいくと決めたのだ。
「大丈夫よ。あなたが側にいてくれることが私の幸福だもの」
「それは胸焼けするほどわかったからさっさと進め、花守二菜」
ちょっと怒ったようにそう言ったのは、月の光を反射するような美しい金の髪を持つ美青年だ。この数ヶ月で身長も伸びたからか、冷たげな瞳は私よりも随分と高い位置にある。
「月岡くん、おはよう」
「おまえらはいちゃつきながらしか歩けないのか?僕は婚約者におまえらと一緒の言動をしろと言われても絶対無理だ。もう少し離れろ」
「新、新。いいですか。離れるのです。そちらの女性に近づいてはいけません。いいですね。相手のいる異性に近づくと天罰が降ります。離れるのです……」
「……そんなにか」
「そんなにです」
月岡くんの後ろから真っ青な顔をした美少女が出てきたので興味が出てそちらに目線を向けたら「ひぃっ」と悲鳴を上げられてしまった。悲しみ。
「ひぃぃ……!?すみませんすみません申し訳ございません、花守様が悪いわけではないのです殺さないでぇぇぇぇ!!」
いや、そんな恐ろしいことしませんが。
月岡くんに目を向けると、「副会長、もう少し抑えられませんか?」と溜息を吐いた。
「これは僕の婚約者の星川縁。縁結びの女神の娘だ」
「ゆ、ゆかりです……よろしくです」
「えんむすび……」
「他人の縁が糸の形で見えるんだ。……そういうことです」
「なるほど」
女神の娘ってことは、女神に魅入られた男が神殿とかに迎えられて、神側と同性だったが故に嫉妬で殺されるのを防ぐために外に出されたパターンかな?ちなみにこの巫女姫男バージョンは婿神子とか呼ばれている。ちなみに巫女姫が産んだ息子も半分くらいの確率でそうなる。
それより何がなるほどなんだろう。
首を傾げると、月岡くんは「縁、糸がどう絡み付いているのか教えてやれ」と言い、星川さんは「ゆかりにそんな無茶振りしないで新ぁ…!!」と泣きついている。
「首とか腕とか手首とか色々に赤い色がぐるぐる異常に巻き付いてるので怖くて死にそうです。お隣の彼正気ですか!?」
「正気だからまだ誰も死んでないんだよねぇ」
そう言って頷くと、「花守様もやべーやつじゃないですか新の嘘つきぃ!!」とぴぃぴぃ泣き出した。誰がやべーやつだ失礼だな。
「花守二菜は覚悟を持ってこれを受け入れている。割と話が通じるとは言ったがヤバくないとは言っていない。
だいたいおまえも同じようなものだろうが。僕が浮気したらどうすると言った」
「縁という縁を全てブチ切って神殿監禁ルートですが?」
スッと真顔になった星川さんの方が絶対怖いわ。
というか縁切るのもできるんだね。怖い女を婚約者に据えてるから終夜さん見ても何も言わないのかと納得した。
「どう考えても縁の方がヤバいだろうが」
あ、突っ込むんだ。
呆れたようにそう言った彼も十分アレだと思うのですがいかがでしょうか?




