36.不運は体質なのかもしれません
久々に出歩こうかと思って、護衛の人たちに連絡を入れてエントランスに向かっていると、穂積くんと遭遇をした。
「どこ行くの?」と聞かれたので、素直に本屋行ってカフェと答えた。
「一人で?」
「や、流石に護衛の方々もいる」
そう返すと、すぐにどこかに連絡を入れた彼に、首を傾げていると、「八神先輩呼んどいた!」とそれはそれは良い笑顔を向けられた。
やっば報告忘れてた。
怒られないように先を急ごうかなと思った瞬間肩を叩かれたのでたぶん逃げられないなと思いながら振り向いた。
ら、良い笑顔(※ちょっとおこ)の終夜さんがいた。
「出かける時は声をかけてって言ってたよね?」
「いやぁ、あの……えへ?」
「君は自分がどれだけの巻き込まれ体質かちゃんと理解してるのかな」
「……ワーイ、婚約者様とのお出かけ楽しみぃー」
それを言われると断ることができない。巻き込まれ体質というよりはもう不運体質みたいなものだし。(※ただし加害者は大抵身内だった人か幼馴染み関連)
そんなわけで、デートになりました。デートって終夜さんが言うならまぁそうなんだろう、と軽く考える。
なぜか最近、「あんな顔だけの男」だとか、「媚びるのだけが上手い男」とか私に終夜さんをディスる発言をしてくる男が増えたので、丁重にお帰りいただいている。
なんか、可愛いお姉様方も「二菜さんの選択に文句あるの?」とある程度追い払ってくれてる。謎に親愛度が高い。
学校生活いきなりのめんどくさい案件ができてしまった。
少なくとも顔だけでなく、ああ見えて腕っ節もそこそこ強ければ、魔法に関しても学内のナンバー2である。
それに、そういった発言をするのって大抵が今まで姉と私を比べて「落ちこぼれの妹」扱いをしてくれやがった連中なので、話を聞く気にもならない。そこを考えても性格だってアレらよりかなり善良である。というか、手のひら返しが早い。
心配してくれるのだって、今までは両親と三月くん、優奈くらいのものだった。あの場で私が死んでいたら、彼らはきっと私のことを「やはり落ちこぼれだったか」と言っただろう事は容易に想像ができた。
……あの時、必死に名前呼んでくれたの、この人だったんだよなぁ。
対抗戦の時を、たまに思い出す。
思い出すたびに、身悶えしたくなるけれど忘れられるわけがない。
あの、戻って来いと、死ぬな、と叫んでくれたのは、姉でも幼馴染みでもなく彼だったのだ。
きっと、あの瞬間に恋に落ちた。
だからって素直にイチャイチャできるわけないんだけどね!!
恥ずかしい!!死にたくなる!!こんな乙女な感じは私じゃないの!!
なのに好きだよって言ってくれるし、可愛いって言ってくれるし、人生のボーナスステージいきなりすぎない!?供給が過多過ぎて呼吸止まりそう。
推しに結構重めの感情持ちそうな恋をしてしまった自分が解釈違いである。あと冷静に考えて血筋的に一花ちゃんと同じくらい狂うのが怖い。ならないと信じたい。
それはともかくとして。
今日発売の集めている少年漫画の新刊とか参考書を購入して本屋を出る。参考書は終夜さんの意見を聞かせていただきました。大変参考になります先輩。
その後、気になってたカフェに向かおうと位置の確認のために一緒にスマホを見ていると、名前を呼ばれた。
途端に頭痛がし始める。振り返ると、そこには姉と幼馴染みがいた。
その姿を認めた瞬間、手足が冷えて感覚がなくなっていくような気がした。胸が痛い。喉からヒュっと音がして、息が苦しくて体が空気を必死に取り込もうとしている。
突然のことに混乱していると、何かを言われて、唇を塞がれた。そして、意識を失った。
八神終夜は自らの婚約者のことが、自らが思っているより好きだし、自然、彼女を害するもの全ては敵と認識している。
その筆頭が彼女の姉と幼馴染みだ。
彼女とその姉は絶縁させられているので本来なら会うことなんてなかったはずだ。
にも関わらず警戒を続けていたのは、小鳥遊一花と千住勇樹が二菜と話したがっていると聞いたからだ。
(恥晒しもいいところだ。あんな目に遭わせておいて、二菜の体調も気にせず病室に来ようとしたり、会いたくないといっても信じない。コイツら、どこまでバカにする気だ)
彼は忘れていない。
あの戦いの中で、傷つく自分たちを見て戦う覚悟を決めた彼女の表情も、本人には自覚がなかったようだけれど、結界の中で起死回生の一手を文字通り命をかけて打とうとしていた彼女のことも。
彼はしっかりと記憶している。
届かないかもしれないと思いながら必死に名前を呼んで、手を伸ばした時の事は思い出しただけでもゾッとする。
本当に、死んでしまうかと思ったのだ。あんなことがまたあったらと思うと、恐怖で息が詰まりそうになる。
二菜は呑気に毎日を過ごしているように見えるが、目を覚ました当初は眠る度に魘されて、彼らの名前を聞けば取り乱す始末だった。
今だって夜中に眠れず、談話室で本を読んでいることもある。そんな彼女の隣に座って、「怖くないよ」、と。「君を守るから」、と言い聞かせて最近ようやく眠る時間が増えた。
回復してきた今、外に出たがるのは当然だったかもしれないが、彼女は本当に運が悪いらしい。
偶然に一花と勇樹に遭遇してしまった。少し離れたところに京月の娘もいる。
彼らを見てパニック状態に陥り、過呼吸を起こした二菜を、終夜は咄嗟に自分の唇で彼女の口を塞いで息を止める。
ぐったりと自分に体を預ける彼女を見て、ホッと息を吐く。そして、彼女に近寄ろうとする敵に向かって牽制のために周囲を氷で覆った。
八神終夜のユニークスキルであるそれは、彼の精神力と魔力が尽きない限り、決して溶けずそこにあり続ける。あの呪いのような邪魔がない限り、誰にだって二菜への干渉を許すつもりはなかった。
「二菜が君たちを怖がって逃げ回った話は義父上殿から聞いているはずだけれど、どの面を下げて彼女に声をかけたのかな?」
「だ、だって、会わないと謝れもしないし……」
「手紙を送ればよかったんじゃないかな。まぁ、今の彼女に見せることができたかはわからないけれど。見ての通り、二菜は対抗戦の君たちの魔法がトラウマになっている。今後勝手な面会は許可できない」
「なんでお前がそんなこと決めるんだよ。そんな権利がお前にあるのか?」
人を小バカにしたような声音が気に障ったのか、終夜は眉を顰めた。
むしろ、彼は現在、花守当主夫妻と本人の次にその権利を保障されている。
「あるとも。僕は花守家と彼女に選ばれた、花守二菜の正式な将来の伴侶だからね」
四家の当主と、その後継者の伴侶は彼らが思うより強い権利を持つ。それは、もちろん本人と家に認められた者にのみその証を与えられるのだが、二菜はあっさりとそれを終夜に渡した。「一番信頼するあなたへ」と自ら証である指輪を終夜の左手薬指にはめた。
終夜がいつも二菜を口説いているのはそういうところで「二菜に思われている」と感じているからだ。間違えていない。実際に二菜は彼自身が思うより終夜のことが好きだ。
そうやっている間に花守からの車が到着したので、一緒に乗り込んだ。
八神終夜は彼らを憎んでいたので、どうにかしてやりたかったが、彼が優先すべきは二菜の安寧だった。
帰り道、友人達を慰めながら歩き、その二人と別れた京月結女は親指の爪を噛んだ。
過呼吸を起こした彼女に人目を憚らず口付けて、宝物でも守るように抱きしめた元婚約者は、以前よりずっと格好良くなっていた。
そもそも…、相手が人の心がわからないような天才ならば、勝算はあったはずなのに、千住勇樹は好きや愛などの言葉を口に出さない。
好みであるのはおそらく一花よりは自分であるはずなのに、付き合ってもいない一花にすっかり尻に敷かれている気がする。
二菜はあの一花の妹の割には地味で控えめだと思っていた。あんな子が次期当主になるなんて誰が思っただろう。一花の影に隠れていた少女が、人形のようだった元婚約者に騎士のように傅かれているのにもイライラが募る。
統子は最近付き合いが悪くなって、女性らしさでマウントを取り引立て役にすることもできない。ガサツな彼女が隣にいたからこそ、儚げで折れそうな自分の演出も容易かったというのに。
京月の家は、最近兄に強引に当主の座を奪われた。それは、結女を溺愛する両親から自分が得るはずだったものだ。
それを、「素行不良」などという難癖をつけて両親を追払い、当主に収まるなんて鬼のような所業だ。
自分の行いを顧みることなく、兄に対して怒りを向ける。
何もない。全て全て自分の掌から零れ落ちていく。
だからこそ、もう引けない。諦められない。
「一花みたいに何もないと自分が思い込んでいる状況じゃない。私にはもう何も残らない」
結女と兄の仲は冷え込んでいる。
対抗戦のあと、兄に呼び出され話を聞けば、「卒業までにお前の恋、とやらが成就しない場合は配下の者と結婚させる」と言われた。
最早、家同士の政略にすら使えないと判断されている。用意されたその結婚だって、結女を家から出さぬように整えられるものだ。
(どんな手を使っても、勇樹さんだけは私が手に入れる。何を犠牲にしても。私にはもう勇樹さんしかないのだから)
黒髪の美しい少女は、どこか狂ったような笑みを浮かべた。




