31.戦いが終わったようです
不思議なことに、どこをどうすれば壊されないような結界ができるか、どうすれば味方への被害が最小限になるかが見える。
私の魔力はミントグリーンの色を纏っていたのだが、今見える範囲で確認すると色とりどりである。特殊能力者などによくみられる魔力パターンなんだけれど、何故そうなったか、ということにはあまり心当たりがない。
今は考察している場合でもないし。
魔道具のペンから魔力と同じ色の線が出て、魔法陣を形作っていく。
浄化と同系統の魔法は初級しか習っていないから、軽く和らげることしかできないけれど、それだけすれば遥先輩には十分だろう。
そう判断して、自分のできる最大攻撃用のスクロールを腰につけたポーチから取り出した。実用性を捨てて、攻撃に特化した長く複雑なそれを開く。
今の私であれば、これが彼女に届くとわかるから。
サポーターとしての役割すら中途半端なままだなんて、と思っていた月岡遥の身体に解呪系の魔法が少しだけ入ってきた。
それによって自分の身の呪術を消し、他のメンバーの回復をしようと周りを見渡す。
美しい魔力の波とおそらく「変わった」であろう彼女の瞳の色。そして、顔色の変わった小鳥遊姉と千住勇樹。
小鳥遊が付け狙うわけだ、と遥は新の情報に感謝をする。彼女の父が対抗戦まで数人を配置できたのは新の先見としての能力が母に次ぐ精度を持つからだ。
小鳥遊の人間は本家に近づくほどに自尊心が無駄に高い。高いのではなく、無駄に高い。
そんな彼らが、自分が目をかけていた人間の娘に、妹に、他家の特徴が出始めればそれはもう平静ではいられないだろう。
小鳥遊の魔眼が出現した姉の持ち上げようからみても、今のあの家が狂気に呑まれている可能性は十分に予期できる。
遥は水晶の腕輪で魔力を通し、全員に浄化の魔法をそっとかける。二菜にだけは現状、彼女の結界のせいで届かないが、それでも戦うにしろ、リタイアするにしろ、今の戦況を変える一手にはなり得るだろう。
その頃、遥の魔法で少しだけ回復した藍川穂積は怒っていた。横暴で馬鹿でどうしようもないと思っている自らの姉だが、命まで奪われようとしたことはない。
幼い頃はそれなりに仲が良かった。なので、そこまで憎んではいない。恨んではいるけれど。
なんとかしてやりたいとは少しくらいは思っている。本当に少しくらいだけれど。
命のやり取り、というものはそういう一線を越える行為だ。穂積は何を考えているのか、越えてはいけない一線を踏み越えた一花を軽蔑するし、止めずに後押しまでしているらしい勇樹をゴミとかそういうもののように思う。
というか、彼が好意を寄せる少女が言っていた視界に入れたくないG、という言葉を思い出した。無駄に生命力高そうだからその呼称はやめておけと進言しておこう。そう思いながら隣にいる尊敬する生徒会長へと目を向けた。
八神終夜は小鳥遊二菜の事をそれなりに可愛がっている。
それは、優秀な部下であるが故か、優秀な上を持った弟妹という共通点が故か、もっと別の感情故か。
彼自身すら分かっていないかもしれないけれど。
少なくとも、現在の彼女の肉体が大きな魔法に耐え切れるなんて楽観視できるほど彼は馬鹿ではなかったし、彼女を犠牲にしても勝ちたいとは思っていなかった。
「小鳥遊さん!今すぐ出てくるんだ!小鳥遊さん!!」
結界を必死に叩く。
気付け、気付けと念じながら。何度も呼びかける。
魔力の色なんてどうでもいい。それがどういう意味を持つものかもどうでもいい。
ただ、小鳥遊二菜が無事で出てきて欲しい、一刻も早く治療を受けさせたい。
それだけだ。
「このままだと死んでしまうだろう!?小鳥遊さん…っ!!
……ッ僕の話を!いい加減聞け!!二菜!!」
名前を思わず呼んだ瞬間、結界が少しだけ揺らぐ。
もう一度名前を呼べば、泣きそうな顔で終夜をみて、光一の宣言を以て彼女は意識を手放した。
倒れる彼女の身体を壊れモノを扱うように抱き寄せて、彼は憎々しげに相手チームを睨んだ。
(ここまで追い詰める必要はあったのか?)
動かない彼女を見て、心臓が止まりそうだった。辛うじて上下する胸を見て息を吐いた。
二菜が生きている。その幸運を噛み締めながら抱き上げて、傷ついた体に鞭打って走る。一刻も早く彼女を治療しなければ、と。
日上光一は静かに一組の男女を見つめる。過ぎた力は周囲を不幸にするな、と思いながら息を吐いて……自らの幼馴染みに目を向けた。
結界のせいで遥の魔法が通っていないことにすぐに気がついたくらいには小鳥遊二菜という少女のことをよくみている。幼馴染の様子に目を細めてその無事を祈りながらせめてもと魔法で彼らの前の障害物を吹き飛ばした。
(よもや、ここで覚醒するとは思わなんだが)
その力の片鱗を感じていたが故に驚きはなかった。
倒れる前に彼女が読み上げる術式の口上を聞きながら、彼は穂積に「結界を破れるか?」と尋ねた。
「無茶言いますね!?」
「聞いてみただけだ」
二年に一度の大会であるが故に最初で最後の大会だが、後輩や友の命。それを勝利を天秤にかけるなんて馬鹿げている。
必死に結界を叩き、後輩の名を叫ぶ親友に恥ずべき判断はしてはならない。
ようやく向こうの猛攻が止んだ今、宣言する言葉は決まっている。
「リタイアだ。我が令月魔法科学院は棄権を宣言する」
(我儘が叶うとしたら全力であの屑どもを殴りたかったところだが)
気絶した後輩を宝物か何かのように抱き寄せた親友をみて、この判断は間違えていないと確信した。
彼は心底軽蔑した目を勇樹や一花に向ける。
本来、良い試合だったと笑うはずだった彼はもうここにはいない。
魔力の続く限り、全員の浄化をした遥は倒れ込み、その引き継ぎを新が行う。
宮藤知也に担がれながら指示を飛ばす遥に新は舌打ちをしながらも従った。
結果的に、一番影響の大きかった二菜の魔法回路以外はなんとか浄化が終わり、彼女は会場に来ていた三月が呼んだ救急車で病院へと運ばれた。二菜の母がそれに付き添う。
その頃に、彼女の姉と幼馴染みが救護室に現れた。顔を見た瞬間に千住勇樹を殴り飛ばした三月に穂積は拍手をしそうになった。というかしていた。スタンディングオベーションというやつだった。
「お前ら、どの面下げて二菜ちゃんに会いに来た。二度と二菜ちゃんの目の前に現れるんじゃねぇ!!」
「でも、俺なら二菜を守って……」
「守れてねぇだろうが、そこの馬鹿女から!!お前も一緒になって殺そうとしてたんだろうが、お前が死ねマジで!!一花姉さん、アンタもアンタだ。ジジイとババアの執念と悪辣さを舐めやがって……!」
うっかり殴り殺しそうな三月を抑えたのは彼らの父だった。ほっとした顔をした一花に彼は「話がある」と厳しい顔で告げた。
そして、その様子を離れたところから見てしまった少女はそっとその場を離れた。その少女の恋心は、戦いと先程の問答で砕け散った。




