30.非常にピンチです
一花ちゃん、本当は私のこと嫌いだったんじゃないの。
仕込んだスクロールで攻撃を防ぎつつちょっとそんなことを考えてしまう。いやマジで流石にその魔法の威力と合わさったその強度での不可逆の呪いは死んじゃうって!いや、誰か止めて!!?
こっちに来ようとする八神先輩と穂積くんに「来るな」と伝えて目一杯努力して姉と戦う。
いや流石に一花ちゃんの攻撃に不可逆の呪いは本気で死んじゃう。助けて。マジで!
助けてほしいけど、一花ちゃんの身内でもないのにこのエグい呪術付与がされた攻撃の中に突っ込ませるとか私の良心が許せない。
頭良いんだから、これがどういった呪術なのか分かると思うんだけど、それでもなお、その魔道具でこちらを叩きのめそうとしているのだろうか。
つーかなんで不可逆の呪いは禁術指定になってないんだ法律を改正しろ!……国とか軍の都合なんだろうなぁ。
「不可逆の呪い」。
それはマジモンのヤベー呪術である。
不可逆の名が指す通り、それを向けられた際に怪我だろうと魔法だろうと元の状態には戻らない。戻すためには非常に高度な浄化を受ける必要がある。
禁術扱いになっていないのは国の都合かもしれないけど、少なくとも対人間に、たかだか高校生の試合で使っていいものではない。
おかげで練り上げた結界はボロボロだし、風の刃が当たってしまった左の腕からは血が止まらない。治癒を放置していると思われているのかもしれないけれど、止めるための処置が弾かれるものだから仕方がない。
遥先輩が焦っているけれど、これ私が引くと余計にどうしようもなくなってしまうのがわかるので、制限時間内はなんとかするしかない。幸いにも、自分のユニークスキルのおかげで他の人よりは対処が可能だ。それもいつまで持つかはわからないけれど。
「そんなに私が嫌いで殺したいなら、関わりなんて絶ってあげるから言えばよかったのに」
「私は二菜ちゃんのことが大好きだよ。だから……私のところに戻って来れるように勝つ!」
私が引いたらやっぱり人が死ぬな、と改めて悟る。あと、私がここまで言うことの意味、考えてくれたりしないのかな!?
あとそれ一花ちゃんのとこ行く前に一花ちゃんに殺される。ないわー、マジないわー。
火柱が向かってくるのを避けて、揺れる黒髪が目に入った。
……自分が何をやってるかわからせるのであれば、勇樹くんか友人を傷つけさせればいいのでは?
って、私まで倫理観マイナス突っ切った発想になるのはヤバいな!?精神的に荒んでいるのを感じる。
「リロード、ディフェンス!」
「二菜ちゃん!早く私たちのところに戻っておいで!!」
魔道具に防御用スクロールを入れ直しているとよくわからん戯言が聞こえるの気のせい?
幻聴じゃないって?
やっぱりかー防げないかもしれないレベルの魔力の渦が見えるのもこの分だと幻覚じゃなさそう。残念である。
「いやマジで!?妹マジで殺す気かあの女!!」
「自覚ないっぽいから近づいちゃダメだからね、穂積くん!!」
一花ちゃんって、もしかしなくてもマジヤバ人間兵器だったりするんだろうか。いやもうそういうことするなら悪い人間に対してしてくれせめて。私は犯罪はやった覚えがないんだが!
「いっけーッ!!」
掛け声と共に頭をよぎるのは「やりやがったコイツ!!」である。
生命を守るためなので、一つ一つ微妙に構成の違う結界を5層で作る。これで結界のスクロールが打ち止めだけどそんなこと気にしていたら全員の再会はあの世である。
いくらひび割れても直すことができない衝撃越しに勇樹くんが一花ちゃんに力を貸すのが見えた。
…必ずやかの邪智暴虐の連中を自分の人生から除かねばならないと決意した。
許さん。マジで許さん。うちのメンバー巻き込んで生きるか死ぬかの攻撃したの絶対許さん。
決意したけど、緩和したはいいけれど。
衝撃で満身創痍だ。
血は止まらないし、他のメンバーも多かれ少なかれそんな感じだし、本当にきつい。きついけど。
(これに負けるとか流石に嫌かも)
実力で地に這いつくばるのは仕方がない。けれど、これって半ば反則だと思う。何、呪い付与の魔道具って。戦争じゃないんだぞ。
(あー、ホンット腹たつ!現人生でぶっちぎり最高で腹が立つ!)
何が腹立つって、何を考えているかわからないけど一花ちゃんを利用して私を仕留めようとしている奴は私だけでなくうちのチーム全員を巻き込んだことだ。私だけじゃなくって、みんな血が止まらないし、術式はズタボロにされるし、それを平気そうに見ている一花ちゃんたちも気持ちが悪い。勝負だからってやっていいことと悪いことってあると思う。
そう思いながらゆっくりと立ち上がる。
腕章を回収しようと近くにいた京月さんは困惑の表情を見せた。
目が熱いのは怒りのせいだろうか。
なんでも構わない。
なぜかはわからないけれど、今は前より、勝つために何が必要かがよく見える。
なぜ物語通りに進まないのか、と彼は小さく舌打ちをした。
彼は自分と、自分を好きな女の子とでずっと仲良くできればと思っていた「だけ」だ。少なくとも彼はそう思っている。
千住勇樹が前世と呼ばれるであろう記憶を思い出したのは、小鳥遊一花との一度目の別れの際である。
彼の前世はアニメや漫画、ラノベなどが好きな大学生だった。受け入れられ始めた、なんて世間では言われていても彼を取り囲む環境はオタクには厳しかったし、両親だってそんな彼の趣味を否定していた。
そんな環境にストレスを抱えながら過ごしていた彼はある日、猛スピードで突っ込んでくる車とぶつかって命を落とした。痛みを感じずに済んだ、という点では即死だったことだけは幸いだっただろうか。
そんな彼は、小学生の甘酸っぱい青春の1ページを演じていた際に記憶を取り戻す。小学生は流石に犯罪だろ、と思ったことがきっかけだったが、その倫理観が今もあるかどうかは謎だ。
千住勇樹となった彼は、ヒロインたちの問題や悩みを解決できる力がほしくて自分を磨いた。最終的に無双系主人公になるとは知っていても、落ちこぼれとしての入学よりも優秀な男として入学して再会した方が上手くいくだろうとの考えもあった。
目論見はうまくいき、原作よりもほとんど怪我もせず、大きな犠牲もなくなんとか過ごしてこれたと彼は思っている。
実際のところは、原作よりも被害は大きいし、二菜を筆頭に尻拭いに走り回る人間や怪我をする周囲もそれなりに出ているわけだが。
二菜が好意を持つどころか懐きすらしないことに疑問はあったが、原作と違う動きをしてしまったからある程度は仕方がないと納得をした。実際は被害に遭いすぎて好感度がマイナスを突っ切っているというだけの話である。彼が考えている理由とは違う方向で好かれていないどころか嫌悪されていたが、勇樹はそれを照れているのだと思っている。
二菜が知れば「んなわけないでしょ、ぶん殴るぞ」と言いそうなものである。
小鳥遊の家の話だって、原作では四家の話で一花が当主になると決まったことを彼は知っていたので、一花と本家の仲を取り持つことにだって疑問には思わなかった。結果的に二菜が“犠牲”になる可能性も高まったがそれは自分が守ればいいだけだ、と彼はそれを受け入れた。
二菜の知らない知識で二菜の生命の危機は招かれていた。
小鳥遊二菜は不遇の準ヒロインである。
姉と小鳥遊家の事情に振り回されて、「命を落とす」運命を持った……主人公の次の覚醒の糧となるものを作り出した少女である。
転生者である当人は、その辺りの事情が出る前に死んでいるので与り知らぬ話なのだが。
(なのに、なんだその目は?なんだ、その魔力は)
深いグリーンの瞳は桜色に変わり、魔力の色も咲き誇る花々のように色鮮やかなものへと変化する。
(一花や俺、原作の新の覚醒シーンみたいなもんか?でもなんで)
意味がわからないまま、彼は一花へ声をかけた。
勝負はまだ終わっていないのだ。




