29. 信じられないのはこっちです
壱流くんが藍川姉を失格にして出て行く。その足取りは軽い。
呆然とする勇樹くんは「信じられない」と呟いた。
いや、壱流くんはやるでしょ。あからさまにイライラしていたし。
深呼吸をして、魔道具を握りしめた。八神先輩がくれた氷の結晶型の飾りのついたペン。それに一瞬視線を移して、落ち着いて一花ちゃんの姿を映す。
一花ちゃんは少し悲しそうな顔をする勇樹くんの顔を見たあと、キッとこちらを睨んだ。
いやいや、私のせいじゃないでしょ!?
正直なところ、壱流くんの信頼を勝ち取れなかったそっちが悪いのではとしか思えない。
先輩たちには一花ちゃんの足を引っ張るって言ったけど、キツイなぁと苦笑する。
とはいえ、足止めするのであれば彼女を知る私が一番適任だろうということもわかっている。だって、一花ちゃん反則級に強いし。…あと、私とあんまり関わらなくなってから凶悪度数が増した気はしている。一体なぜ。
でも、これ以上犠牲になるつもりもなかったしそれなら離れるしかなかった。
「勇樹くんを悲しませるなら、たとえ二菜ちゃんでも容赦しないから」
そんな言葉を聞いて思わず失笑した。
容赦なんてしてもらえてたんだ。ずっと、一花ちゃんの周囲は死屍累々だったんだよ。勇樹くんがいいならそれでよかったのかもしれないけど、私はそういう風には思えなかった。
「まぁ、私も会長たちの勝利に貢献したいから、なんとも」
にへら、と笑う。
それを合図にするかのように、一花ちゃんは私に向かって炎の魔法を放った。詠唱破棄のスキルはやっぱり厄介だ。同時に魔法を使っても、発現スピードが段違い。私が一言発する頃にはもう向こうは魔法を使えているのだから。
「『守りよ』!!」
本来ならもっと長ったらしい詠唱が必要だけれど、私のスキルなら一言で魔法が使える。うん、他の人からすると十分チートかもしれない。
けれど、それを大したことはないというくらい、桁違いに一花ちゃんが強い。
異変を感じたのは2回目の炎を防ごうとした時だ。同じ魔法を使おうとした瞬間、耳鳴りがした。
急いで回避に変更する。足に飛躍の魔法をかけて飛び退いた。
「ちゃんと作用してるみたいね」
一花ちゃんはそう言って挑戦的に私に向かって笑みを向けた。“作用”という発言から、なんらかの魔法・呪術の影響だと推測できる。もう一度、同じ魔法を使おうとしたら指先に痛みがはしった。
「術式自体に傷がついてる…!?」
別の守りの魔法が使えない、というわけでもない。
驚いている間に風の刃が迫ってきていて、仕方なく結界の簡易魔法陣を書いた紙を前に投げて、魔力を通して結界を展開する。
数度、攻撃を防いだそれは徐々にひび割れ、風の刃は左腕を傷つけた。
咄嗟に治療用の魔法をかけようとしても、傷が魔法を弾く。
その段階になって、私はこのエグい呪術に心当たりをつけた。
「『不可逆の呪い』……」
私は信じられない、という顔をしていたと思う。だって、家族が自分に対してそんな呪術を使うだなんて普通考えられない。それどころか、どこでそんなに強い恨みを買ったのかとすら思ってしまう。
あまりの出来事に「どこでそんなものを」と呟く。
「お祖父様がこれを使えば、しばらく二菜ちゃんは魔法が使えなくなるって言ってたの。この魔道具で二菜ちゃんに勝って、あなたの心を取り戻してみせる!」
何を言っているか、理解ができない。
「小鳥遊!!」
「邪魔」
助けに来ようとした穂積くんに大杖から雷の魔法が放たれる。流石にヤバいのはわかってるので、「走って!」と叫ぶ。
彼に筋力を上げる魔法と速度を上げる魔法を咄嗟にかける。
彼の瞬発力も合わさって掠っただけで済んだけれど、それでも予想よりもエグい呪術に驚いたような顔をした。
「『業火』!」
追撃しようとしていた一花ちゃんに向かって、炎の魔法を放って注意を引く。
すぐに氷の魔法を使おうとすると、跳躍の魔法ですぐそばに飛んできた。
辛うじて避けて、ペン型の魔道具から即席の魔法陣を出す。
「吹き飛べ!」
竜巻が一花ちゃんの方へと向かっていったけれど、それを彼女は大杖を横に薙ぐだけで消し去った。同時に魔法陣は光の粉のようにサラサラと消えていく。
最悪。
小さく呟いて、思考を巡らせた。




