18.エンカウント率は低くして欲しいです
「なんで二菜ちゃんはお休みになっても帰って来ないの!?」
休日、好きな小説の新刊を楽しみに本屋に意気揚々と繰り出したわけだけど、何故か本屋を出たら一花ちゃんがいた。後ろから駆けてくる一人の青年と女の子数人も見える。うっざ。
「二菜ちゃんはすぐに怪我したり巻き込まれたりするんだから、ちゃんとお姉ちゃんの側にいなきゃダメでしょ?」
上がってたテンションが駄々下がりである。
いや、大体の事象はおまえらが原因だよ。一花ちゃんたちが側にいない令月に入ってからまるで危ない目に遭ってないんだが!?
勇樹くんいるから面倒になるなーと物事を悲観していると、「小鳥遊さん?」といつも聞いている声が聞こえた。
「八神先輩!!こんにちは!!」
「いきなり元気になったね……」
「先輩の顔を見れれば一日元気です。何せ顔が美しいから!!」
「君、本当に僕の顔にしか興味がないね?」
呆れたように言う先輩だけど間違ってはいない。正直中身にそれほど興味はなく、ずっと顔を眺めていたい。ただそれだけである。優奈には「歪んだ性癖」とか言われたけど、個人的には美術品を眺めている感じなので些か不服である。
「えっと、二菜?そっちの人は誰だ?」
勇樹くんがなんだか戸惑いながら聞いてきたが、今ちょっと何も話さないで欲しい。できれば。ほら、芸術を鑑賞している時って話しかけられたくないでしょ?
え、ダメ?先輩の笑顔の感じからしてちゃんとしなきゃダメ?
「学校の先輩で八神終夜さん」
「はじめまして。千住くんと……小鳥遊さんのお姉さん」
「小鳥遊さんのお姉さん」に含み感じるの気のせいかな?私人の心の機微に詳しくないから助けて優奈。イマジナリー優奈は「無理に決まってるでしょ」と言っている気がする。
「しゅ……終夜さん……」
真っ青な顔の黒髪美少女。これが京月結女さんである。いや真っ青な顔してみんなに怯える役目は本来なら私では?もう痛い目に遭いすぎて虚無顔しかできないけれど。
「久しぶりだね、京月さん。
そんな顔をしなくてもいいよ。君をどうこうするつもりはないんだ。元々、僕はそこまで君に興味がないし、君が騒ぎを起こしてくれたおかげでこちらはなんの害もなくそちらの家から貰いたかった技術を貰い受ける事ができたからね。
君は好きなだけ青春を謳歌するといいよ」
「は?なんだよ、それ。キョーミないなら何にも無しに別れてやりゃあ良かっただろ。一花の妹もこんなせーかく悪いやつといるより陽玲に転校してきた方がいいんじゃないの?」
藍川姉は相変わらず沸点低いなーと思いながら聞いていると、一花ちゃんと勇樹くんも同調し始めたので溜息を吐いた。
「えー……。八神先輩別に性格にそこまで難ないし、暴力的じゃないし、何より……」
「何よりなんだよ!」
「何よりこんなに顔の良い人間陽玲にいないじゃん!!私は愛しているの、この顔を!!」
そう熱弁すると、「顔だけかい?」と少し悲しげに表情を作る八神先輩。
その姿が儚げに見えて、神の作りたもうた芸術にしか見えない。ひたすらに顔が良い。
「私は美しい顔を愛しているし、芸術が身近にいるおかげで最高幸せハッピーなので全然大丈夫だし最近ほぼ厄介ごとに巻き込まれてないし今年度に入って大怪我してません!!放っておけ私のことは!!」
そう言うと、後ろでものすごく笑う声が聞こえた。振り向くと、藍川くんと従兄弟の壱流くんが腹を抱えて笑っていた。
ヒィヒィ言いながら「小鳥遊、副会長の顔面愛しすぎだろ!」と地面を叩く藍川くんと「こんなに面白いって知ってたら俺だってもっと二菜に会いに行きたかった!」と言う壱流くん。
小鳥遊家は私に興味ないもんね。あんまり喋ったことないもんね……。
「穂積、元気そうだなぁ?」
「うん、ようやくおまえと離れられた上にこんな面白いやつとかいるから超元気!」
藍川くんは自分の姉に向かって親指をグッと下に向けた。八神先輩に「下品な真似はよしなさい」と窘められていた。素直にいうことを聞いていた。なんやかんや、彼も先輩の言うことはちゃんと聞く。でも、藍川姉はそれに驚いた顔をしていた。
「尊敬できない女の言うこと、聞く価値あんの?」とは後の藍川くんのセリフである。




