95.彼女と彼の今更の初めて。
side リディア
結局、みなさんにご迷惑をおかけしてしまったわ。
半年前にご連絡をいただいて。
わたしもラディも出来る限りのことをしたいと思って。
仕事との並行作業ではあったけれど。
お義兄様とお義姉様のご結婚祝いのお手伝いをさせていただいてきた。
そうして、遂に迎えた結婚式は。
家族だけのこぢんまりした式とは思えないくらい、素敵な式だったと思う。
騎士服に身を包んだお義兄様とお義姉様は美しくて恰好よくて。
祝福を受けた姿は神々しくて。
しかも、お義兄様ってば、こっそりと指輪を用意していたのよ。
なんて素敵なサプライズ。
式が終わった後、お義姉様は何度も指輪を眺めていて。
そんなお義姉様がものすごく可愛かったわ。
そして、家族での会食も。
お義姉様から、変わったお料理が食べたいというリクエストがあったから。
和食にしようと思って、懐石ランチにしたのだけれど。
お茶の席で出した練り切りも含めて、みなさんに喜んでいただいて。
わたしのほうこそ、喜んだわよね。
ただ、わたしが居たせいで、場の空気が悪くなる場面が何度かあって。
というか、母の代から続く、くだらない因縁?のせいなのだけど。
お義姉様の兄君の奥様が、わたしの母を敵視していた伯爵夫人の娘さんで。
―――どうやら、伯爵夫人は妖精姫と謳われた母を妬んでいたらしい。
おまけに、父のことを慕っていたとかいないとか。
その娘さんとは、レンダル時代に何度か顔を合わせたことがあるんだけど。
その度に難癖をつけられていたから。
今回も少しは覚悟はしていたんだけどね。
でも、さすがにね?結婚式というお目出たい日だからね?
何もしてこないだろうと高をくくっていたのがいけなかったのか。
案の定、嫌味を言われてしまった。
でも、そんなわたしをみんなが庇ってくれて。
気を遣わせて、ご迷惑をおかけしてしまって。
『シア義姉さんなら追い帰してしまうかと思ったんだけどね、リディから伯爵家とのことは聞いてたし、あのふたりは元々選民思想が強いんだ。だから、事前に、おかしな言動をしてきても感情的にならないように、って釘を刺されてたらしいよ』
ラディから、そう聞いたときは、伏してお詫びしたいと思ったわよね。
どれだけ気を遣わせてしまったのか。
追い帰すなんて事態にならなくて本当によかった。
結局、お義兄様が、わたしとラディの交友関係を大袈裟に言ってくれたことで。
その後は、和やかに過ごすことができたんだけどね。
ただ。
結婚パーティーが翌日ということもあって。
その日は、パウエル家の皆様もグラント家に泊まるとは聞いていたけれど。
夜には、結婚祝いに差し上げたエールやウイスキーを空けて。
―――さすがに、ヴィンテージワインは保管しておくそうだ。
酒盛りが始まってしまったのには驚いたわよね。
初夜とか、明日のパーティーとか、気になることは多々あれど。
みんなが楽しそうだったから、それでいいのかしらね?
そして、翌日。
結婚パーティー当日――――。
わたしは、早朝から、ウェディングケーキ作りに没頭している。
昨日みなさんにご迷惑をかけてしまった分、余計にがんばらないと。
今回のウェディングケーキは。
三段重ねのスクエアケーキにする予定だ。
お義兄様とお義姉様の色に合わせて。
マンゴーと苺を、ふんだんに使って。
最上段にはリボン型のチョコや飴細工を飾って。
なかなか、かわいくできたんではないだろうか。
なんて機嫌よくしていたら。
ラディが申し訳なさそうに厨房にやって来たから、何かと思ったわ。
「おはよう」
「おはよ。ごめんね、俺、起きるの、遅くて」
「ううん。わたしは昨日、早く休ませてもらったから。それよりも、どうしたの?何かあった?」
「あー…、しじみ汁、作ってくれないかな?」
聞けば、男性陣は、結構な割合で二日酔いらしい。
……そうか。やっぱりね。
ウィスキーはアルコール度数が高いって言っておいたのに。
気に入ってもらったのはうれしいけど、ペースが速いと思ってたのよね。
っていうか、ラディが『絶対に必要になるから』って言って。
しじみを仕入れていたのは、こういうことだったのね。
「わかったわ。一応、軽食も用意しているから、食堂に持っていくわね」
「ありがとう。ごめんね」
そうして、しじみ汁の他にも、あっさりしたスープと。
おにぎりやサンドウィッチをお持ちしたら。
「いや、それにしても、この家の設備は凄いな」
「話には聞いていたが、本当に想像以上だった」
「あんなに手軽に湯あみができるなんて、夢のようでしたわ」
生活魔道具が絶賛されていた。
あら。これは、魔道具が売れる気配?
お母様たちに、量産をお願いしておいたほうがいいかしら。
とは、思えど。
魔道具のことはラディに任せたほうがいいわよね。
「ああ、リディア、すまないな」
「いえいえ。みなさん、大丈夫ですか?ご自愛くださいませ、と言いたいところなんですが。ぜひとも、夜までに復活してくださいね?」
わたしはそれだけ言って、すぐに厨房に戻らせてもらった。
招待客がかなり多いから、お料理の量もはんぱじゃないのよ。
それに、ライブキッチンの準備もしなくちゃ。
お野菜とかをきれいに飾っておきたいし。
段取りだって、確認しておきたいわよね。
そう思って、料理長さんやメイドさんとやりとりしていたら。
思いのほか、時間が経っていたようで。
「リディア様!こちらにいらっしゃったのですね!そろそろご準備を」
「え?ひとりで着れますよ?」
「奥様からも若奥様からも言いつけられておりますので」
うわー、先手を打たれていたか。
今日は、地味にひっそりしておくつもりだったのに。
でも、このご厚意を無下にはできないから。
おとなしく侍女さんについていって、準備をしてもらうしかないわよね。
今日のドレスは、毎度の藍色ではあるけれど。
こっそり、スカート部分の一部をラディの眼の色にしている。
裾が広がらないと見えないんだけどね。
それと、ネックレスとイヤリングは。
ラディが婚約指輪代わりだと言って、新たに特注してくれたもので。
――――覚えてなくてよかったのに。すごくうれしいけどね!
前にもらった髪留めと同じサファイヤがメインになっていて。
チェーンは、ゴールドとシルバーがミックスされているのよ。
わたしの色とラディの色を纏った装いは恥ずかしいけれど。
さすが、伯爵家の侍女さんだけあって。
びっくりするくらい綺麗に仕上げてくれた。
それに御礼を言って。
既に支度が終わっているラディのところに行ったんだけど。
ラディが目に入った途端に、わたしは固まってしまったわよね。
ちょっと待って。
そんなに格好いいなんて聞いてない!
わたしは言葉も出なくて。
ラディも黙ってしまったから。
もしかして、似合ってないのかしらって心配になったけれど。
そのまま、ふたりで言葉もなく見つめ合っていたら。
「あらあら。結婚して何年も経っていらっしゃるのに、初々しいですわね」
侍女さんにそう言われて、ぶわっと顔が赤くなったのがわかった。
居た堪れなくて下を向いてしまったんだけど。
ラディが、そっと抱き寄せてくれて。
―――いつの間にか、侍女さんはいなくなっていた。
「女神様かと思った。お願いだから、それ以上、綺麗にならないでね」
そう言って、額にふわりとキスを落としてくれたから。
わたしはますます赤くなってしまったわよね。
「ラディも、すごくすごく格好いいわ」
そう言うのが、わたしの精一杯。
だって、ラディの正装って、本当に珍しいのよ。
それが、こんなに似合ってて格好いいなんて反則だと思うの。
そう思いながら、ドキドキしたまま。
パーティーまでのひと時をふたりで過ごして。
頃合いの時間になったところで。
ラディにエスコートしてもらって、会場まで行ってみたら。
パーティー会場であるグラント家の大広間には。
既に、招待客のみなさんが集まっていて。
花婿と花嫁の登場を今か今かと待ちわびていた。
「あんなウェディングケーキ、初めて見たよ。力作だね」
「うふふ。ありがとう。お義姉様も喜んでくれるかしら」
「当然でしょ?」
ケーキは終盤に切り分ける予定だから。
今は、ガラスケースに入れて飾ってあるのよね。
結構注目を浴びていて、時折歓声があがっていることからして。
それなりに評判もいいようで一安心だ。
見回してみると。
物珍しさも手伝ってか、フルーツポンチを手にしている人も多い。
「もう前菜も結構減ってるね。やっぱり、リディに頼んでよかった」
「まだ序盤よ。ライブキッチンが見せ場なんだから」
「その前に、揚げ物もあるしね」
なんてことを話していたら、音楽が変わって。
お義兄様とお義姉様が遂に登場したわ。
みんなで拍手で迎えて。
お義兄様が挨拶をして。
おふたりのファーストダンスが始まったんだけど。
それはそれはもう、麗しかった。
というのも、お義姉様は、肩なしビスチェにパンツスタイルで。
腰からコートの裾のような巻きスカート風の布が広がっているから。
後ろから見れば、ふつうにドレスのようにも見えるんだけど。
レースやフリルは一切なくて。
ゆるやかなドレープで女性らしさを演出しているくらいで。
騎士服を元にしていることもあって、麗しいのよね。
「お義姉様、きれいね」
「さすがに、パンツ案を採用するとは思わなかったけどね」
それね。
いや、わたしの提案は、ちゃんとスカートだったのよ?
まあ、パンツ案も出すには出したけれど。
わたしだって、まさか採用されるとは思ってなかった。
っていうか、わたしの案は、一歩間違えればただのコスプレだし。
色が違えばゴスロリにもなりそうだったのに。
あんなに素敵に仕上がるなんて。
きっと、お抱えのデザイナーさんが凄腕なんだわ。
かなり感動しながら、踊るおふたりを見ていたら。
あっという間に終わってしまったのが残念だったのだけど。
「リディ、俺と踊っていただけますか?」
あらやだ。
ラディがダンスに誘ってくれた。
そんな風に傅いて、正統派な感じで誘われると照れる。
もちろん、喜んで踊るけれど!
「リディと踊るのは初めてだね?」
「そうね。わたし、お父様以外と踊るのも初めてよ」
「え?そうなの?殿下は?」
「あの人がわたしと踊ると思う?」
「あー………」
そうなのよね。
あのバカ王子は、エスコートすらしてくれなかった。
デビュタントだって、お父様と踊ったのよ。
「そっか……。でも、申し訳ないけど、俺としては嬉しいよ」
「うふふ。そうね。あの頃はムカついてたけど、今となってはよかったのかも」
「ちなみに、俺は、人前で踊るのも初めてだよ」
「え?デビュタントは?」
「陛下に挨拶だけして、あとは護衛してたから」
なんてことだ。
そんなデビュタントって、ありなの?
かなりびっくりしたけれど。
それなら、このダンスって物凄く貴重よね?
そう思ったら緊張してきたわ。
でも、ラディのリードが凄く上手だったから。
安心して、楽しく踊ることができたのよ。
そうして、一曲踊った後は、壁際に下がったんだけど。
歓声が上がったから何かと思えば。
お義姉様が、腰から下げていた巻きスカート風の布を取って。
ロングジャケットを羽織って歩いてきたから驚いた。
そして。
わたしの前まで来たと思ったら、跪いたから、更に驚いたわよね。
「リディア様。踊っていただけませんか?」
は?
いやいやいや、お義姉様。
花嫁が、何言ってくれちゃってるんですか?




