92.彼は彼女を取り戻す。
side ラディンベル
今回は、俺の予想を悉く覆されたよね。
リディが目の前で攫われてしまって。
商会と侯爵家の影を使って黒幕を探し始めたけれど。
攫われたリディが、去り際に、精霊の存在を教えてくれたから。
精霊が守ってくれると信じていたし。
居場所だって、きっと教えに来てくれると思ってた。
影を使ったのは、少しでも情報が欲しかったからでもあるけど。
ただ精霊を待つだけなんて耐えきれなかったからだ。
何かしていなかったらおかしくなりそうだった。
だから、心の中では精霊を心待ちにしていたんだよね。でも。
待てども待てども。
何時間経っても、精霊が戻ってくることはなくて。
俺たちは情報を集め続けた。
義父上や侯爵と影から報告される情報を精査して。
あらゆる可能性を検討するしかなかったんだ。
―――その過程で、今回の誘拐に関係なかったとしても。
悪事が発覚したら、どさくさに捕まえたりもしたけどね。
そうして、夜も深くなってきて。
これだけ探しているのに、全然、黒幕情報が掴めなくて。
俺たちの苛立ちもピークに達した頃になって。
漸く、精霊が戻ってきた。
遅いよ!!
しかも、その情報は俺たちの予想を大幅に裏切っていて。
まさか、まだ移動の途中なんて。
更には、馬車で夜を過ごすだと?
ふざけるな。
俺たちの怒りもここでかなり膨らんだんだけど。
まずは、居場所を確認しなくてはならない。
そう思って、精霊に尋ねれば。
王都からかなり西に行ったところにある寂れた町だと言う。
リディの精霊は、元々はレンダルにいた精霊だから。
グリーンフィールには詳しくない。
だから、連れて行かれた場所がどこかわからなくて。
ここに来る前に、その土地の精霊を探して情報を集めてくれたようだ。
遅いとか思ってごめん。
でも、反省はしたけど、今は、一秒でも無駄にできないから。
御礼を言って、精霊にはまたリディの護衛に戻ってもらって。
俺たちは、また情報を精査し始めたんだけど。
「これって、どういうことでしょうか……」
「王都で攫ったのなら、王都に隠れ家がありそうなものだが」
「西には怪しい商会はなかったはずだよね」
「今回初めて手を出してきたんでしょうか」
正直なところ、行き詰まった。
それで、翌日からは、捜索の範囲を広げたんだけど。
精霊からの二回目の報告は、更に予想を超えていた。
「え、転移陣を使ったの?」
『そうだよー。りでぃは、かくらん?かもって言ってたー』
「攪乱にしても、辺境に行ってどうするつもりなんだ……」
一体、リディをどこまで連れて行くつもりなんだろう。
辺境まで行くなら、国を出る可能性だってあるよね?
今回はグリーンフィールの王都で攫われたから。
俺たちは、国内の情報ばかり集めていたけれど。
これ、単なる商会絡みの誘拐じゃなくて。
レンダルがまた何かしでかしてきたとか。
あのドラングルの商会が仕掛けてきたのかもしれない。
最悪の事態は、リディが人身売買にかけられることだ。
だからって、今から国外に影を放ったとしても。
駒も時間も足りないんだよね。
それに、国内の同業者だってまだ疑いは晴れたわけじゃない。
俺たちはますます行き詰ってしまったけれど。
精霊によれば、まだ移動を続けているということだったから。
今はまだ行動するには早いと思う。
攫った犯人たちと追いかけごっこなんて、するつもりはないんだ。
だから、どうか、国を出ないように、と願いつつ。
俺たちは情報収集を続けた。
でも、悪人を捕まえることはできても。
リディの行方だけは、全く掴めなくて。
義母上はどんどん窶れてしまうし、俺たちも疲労が溜まってきた。
交代で寝てるけどね、ゆっくりなんてできるわけがない。
そうして迎えた精霊からの三回目の報告は―――。
「ドラングルに行ったの?」
『そっちに向かってたー。この国を出たら仲間がいなくってー、さがしてたら時間がかかっちゃったのー。来るのがおそくなってごめんねー』
言うまでもなく、一番避けたかった事態に陥った。
まあ、ドラングルに入ったとはいえ。
それこそが攪乱で、実はレンダルに行く可能性だってあるんだけどね。
でも、国を跨いだことには変わりない。
ということは、国際問題になるわけで。
精霊が情報収集のために色々動いているから。
ダズル様だって、そろそろ気づき始めていると思う。
これまでは、事態を大事にしないためにも。
できるだけ、俺たちだけで処理してきたけれど。
こうなったらさすがに、陛下にも話をしないといけないよね。
ああ、もう。本当に、想定外が過ぎるよ。
今回は予想を覆されてばかりだ。
でも、リディを取り戻すことは絶対だから。
これだけは譲れないから。
、侯爵が謁見を申し込んでくれて。
俺たちも一緒に王宮に上がって、事態を説明して。
「急に捕まる奴らが増えたから、どうしたのかと思っていたのだ。そんなことになっていたのなら、もっと早く言ってこい」
陛下はそう言って。
クリス殿下に指示を出して。
アンヌ様にドラングルで内密に調査してもらえるように連絡を入れてくれた。
そうして、リディが攫われて三日目にして。
漸く、俺たちも黒幕に辿り着いたんだよね。
とにかく、すぐにリディの元に向かいたいから。
出国も入国も手続きを免除してもらって。
他国までの移動だから、シェンロン様に転移をお願いして。
本当は、一気に黒幕の隠れ家に行きたかったけれど。
ドラングルもドラングルで捕縛のための騎士を集めてくれたから。
まずは、ドラングルの王宮に転移して。
捕縛計画を練って。
アンヌ様の同行には驚いたけれど。
―――実際、かなり揉めたけど、アンヌ様がひかなかったらしい。
精霊に案内してもらって、黒幕の隠れ家までやってきた。
見張りはいたけど、こっちには精鋭の騎士だっているし。
何よりもシェンロン様がいるんだから負けるわけがない。
そうして、雑魚を片付けてから。
リディが監禁されているという倉庫まで来たら。
俺は、もう、待ってなんていられなかった。
突入計画なんて、頭から吹っ飛んでいた。
とにかく、リディに逢いたくて堪らなかった。
だから、誰よりも早く、倉庫の扉を蹴破って。
「リディ!!」
そう叫びながら、勇んで突入したのに。
俺が視たのはクッションに凭れて珈琲を飲んでるリディだった。
は?
何?何なの、この状況。
リディの周りだけ、場違いに居心地が良さそうな空間になっている。
リディってば、むしろ寛いでない?
俺たち、結構、緊迫してたんだけど。
さすがにこの状況は全く想定していなくて。
俺は、ただただリディを見つめることしかできなかった。
「……………リディア。あなた、何をしているんですの?」
「あ、えっと、あの……、黒幕さんとお話をしていました」
アンヌ様とリディのその会話には、脱力したけどね。
おかげで、俺も、やっとフリーズが解けたから。
急いでリディの元に行って。
「リディ、怪我はない?あいつらに何かされたりとかしてない?」
「ラディ、来てくれてありがとう。大丈夫よ。結界張ってたから」
それを聞いて、一安心。
とはいえ、何日もリディと離れ離れになっていて。
精霊から無事だとは聞いていても、気が気ではなかったから。
周りにいる人間のことなんかお構いなしに。
俺は、リディを抱きしめた。
目の前のリディが本物なのは、わかってたけど。
どうしたって確かめたかった。
この手の中に取り戻した実感が欲しかった。
リディを腕に閉じ込めて、漸く、俺は、息ができた気がする。
「よかった……。無事でよかった………」
「ごめんなさい」
「お願いだから、もう、こんな無茶はしないでよね」
そう言ったら、もう一度、リディが小さな声で謝ってきた。
別に、俺だって怒ってるわけじゃない。
でも、俺たちが本当に心配したことはわかって欲しいよね。
本当は、もっと抱きしめていたかったけど。
そういうわけにもいかないから。
俺は、リディをぎゅっと強く抱きしめてから、腕を解いて。
周りを見渡してみたら。
いつの間にか黒幕や手下たちは捕縛されていて。
アンヌ様やシェンロン様が呆れた顔で俺たちを見ていたから。
ちょっと居た堪れなかったけど。
「アンヌ様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
リディがそう言って、頭を下げたから。
俺も倣って、頭を下げた。
「聞いたときは、心臓が止まるかと思ったのよ。無事で、本当によかった」
アンヌ様は少し涙ぐんでいたと思う。
リディを抱きしめた手が震えていた。
「シェロも来てくれてありがとう。ごめんなさい、面倒をかけて」
「いや、何のことはない。だが、我も聞いたときは肝が冷えたぞ」
シェンロン様もそう言って、リディの頭を撫でて。
やっと安心した顔を見せた。
ここに来るまではかなり怖い顔してたしね。
俺たち、威圧にやられそうだったんだよ?
そうして、その後は。
アンヌ様の計らいで、俺たちにはすぐに帰国許可が出て。
後処理はドラングルとグリーンフィールの王家に任せることになった。
だから、そのまま、シェンロン様に転移してもらって。
サティアス邸に戻ったんだけど。
「リディアちゃんっ………!!」
義母上が泣きながらリディに抱き着いて、離れなかった。
まあ、しょうがないよね。
リディも、窶れてしまった義母上を見て。
今回の自分の行動が、いかに無謀だったかを思い知ったと思う。
結局、その日はサティアス邸に泊まって。
翌日、義父上と侯爵から、お説教をされることにはなったけれど。
リディは、一語一句聞き逃さないようにしっかりと怒られていた。
そして、後日―――――。
リディが、今回迷惑をかけたお詫びをしたいと言い出して。
みんなに、竹の子料理を振舞ってくれたんだけど。
これがまたすごかったよね。
竹の子ご飯も、煮物もバターソテーも、勿論おいしかった。
揚げ春巻きとか青椒肉絲とかいうのも、かなり、食が進む。
シャクシャクした食感も楽しいよね。
でも、何に驚いたって『メンマ』っていう料理だよね。
エールにもぴったりだから、酒のツマミに最適なんだけど。
リディから聞いていた通り、本当にラーメンに合う。
厳密には、使う竹の子の種類が違うから、もどき、らしいけれど。
もどきだってこんなにおいしいんだから、これでいいと思う。
「ラーメン屋にレシピを渡してくれ」
ですよね。そうなりますよね。
あ、当然ながら。
対応に当たってくれた、グリーンフィール王家にも。
お詫びとして、同様の竹の子料理をお渡ししている。
レシピ付きで。
だから、メンマのために、リアン商会が竹の子を買い占めた時は。
王家からもクレームは来たけれど。
実は、早々に、産地の領主に交渉をしていて。
今後も定期的に入手できるようにしたそうだ。
さすが侯爵、抜かりなし。
まあ、でもね、王家には、竹の子料理のほかにも。
『練り切り』という、めちゃくちゃ綺麗なお菓子も献上していたから。
王妃様と王太子妃殿下はそっちに食いついていて。
メンマが後回しにされたから、リアン商会が先手を取れたんだけどね。
リディがそれを狙ってたとは思わないけど。
さすがの献上品だったよね。
ちなみに、ドラングル王家からは逆にお詫びの品が送られてきている。
とはいえ、迷惑をかけたことには変わりないから。
リディがどうしてもお詫びをしたいと言い張って。
アンヌ様たっての希望によって。
リディが監禁時に凭れていた大きなクッションを献上した。
あれ、人間が駄目になるクッションなのにね。
一体、どこで使う気なんだろうね?




