91.彼女は黒幕と対峙する。
side リディア
ラディ、怒ってるだろうなあ……。
王太子妃殿下とのお茶会の帰りに寄った王都で。
竹の子を見つけてご機嫌だったのに、破落戸に囲まれてしまった。
わたしってば、未だに狙われているのね。
なんて、うんざりはしたけれど。
当然、これまで――実は、初めてではない――と同様に。
応戦して捕えて情報を吐かせようって思ってたわ。
ラディもそのつもりだったはず。
だって、メリケンサックを取り出したんだもの。
ずるい!いつの間に作ってたの!とか。
わたしも欲しい!とか。
言いたいことはたくさんあったけど、ラディに黙殺された。
まあ、確かに、わたしは物理攻撃が出来ないから。
持っててもしょうがないって話ではあるけれど。
でも、やっぱり欲しい。いいな、メリケンサック。
後で、ラディに交渉しよう。
そんなふざけたことを考えていたのがいけなかったのか。
まさかのレオン様の奥様が乱入してきて。
おまけに、あり得ないことに、護衛をつけていないだなんて。
これには、さすがに焦ってしまったわよね。
どう考えたって、この状況では奥様を守ることが最優先となる。
破落戸に襲われても大変だし、人質にでもされたら大事だもの。
だから、咄嗟に、風魔法でラディを奥様のほうに飛ばして。
奥様と侍女を守ってもらうことにしたのよ。
本来は、わたしが奥様のほうに行って。
破落戸をラディに任せる方がよかったとは思う。
でもね、わたし、奥様にすごく嫌われているのよね。
それに、黒幕だって馬鹿じゃないから。
これまでも、破落戸に証拠を残すことはなかった。
ということは、今回も、ここで破落戸を捕まえたとしても。
また、黒幕捕縛に繋がらない可能性のほうが大きいのよね。
とはいえ。
この埒のあかないトカゲの尻尾切りはそろそろ終わりにしたい。
いつまでも、街中でちまちまと襲われても面倒だし。
そろそろ一気に片付けてもいいと思ったのだ。
だから、あっさりと捕まることにしたのよ。
連れ去られる途中、ラディを振り返って。
目が合ったときに、頷いて。
一瞬、視線をわたしの肩に落としておいたから。
今日も、そこに精霊がいたことには気づいてもらえたと思う。
わたし以外には姿を消していたから。
精霊が親指を立てていたことまでは見えなかっただろうけど。
そんなわけで、精霊を連絡役にして。
黒幕に会いに行ってくるね!というわたしの考えは伝わったはずだ。
でも、勝手なことをしたから、ラディ、怒ってるわよね?
あとでいっぱい怒られるから。
どうか、今だけは、許してね。
そうして、破落戸たちに腕を掴まれながら。
わたしは人気のない場所に置かれた馬車まで連れて行かれた。
馬車には、また別の人間が待機していて。
お金を払っていたから、破落戸たちの役目はここで終わりのようだ。
―――もちろん、こっそり、録画しておいたわよ?
当然、馬車に乗せられて。
目隠しをされて、口をふさがれて、手足まで縄で縛られて。
ご丁寧に魔封じの魔道具まで嵌められた。
まあ、そんなことをされたところで。
すべて自力――精霊含む――で解除できるから、問題はない。
一応、解除せずにそのままの状態でいたけども。
傷を付けないと言っていた通り、乱暴にもされなかった。
ただ、想定外だったのは。
行先がものすごく遠かったことだ。
まさか、何日もかけて連れて行かれるとは思わなかったわよね。
途中、食事も出たし、トイレにも行けたし。
そのときは目隠しと口や手を拘束してたものは外してくれたし。
寝るときは、毛布も貸してくれたけど。
奴らと一緒に寝るなんてとんでもない。
だから、夜は寝ずに。
日中の移動の間に、下を向くふりをして寝ておいた。
やつら、おとなしくしていれば、手を上げることはなかったから。
それに、精霊も見張っていてくれたしね。
――――そして、連れ去れて三日目。
漸く黒幕さんがいる場所についたようだ。
長かったわー。
一体、ここは、どこなのかしら。
道中、無駄話もしてくれなかったから、黒幕の手がかりが一切ない。
わたしってば、使えないわ。
最終的に、どこかの建物の一室に押し込められたんだけど。
目隠しをされてるから、どんな建物なのかもわからないのよね。
ただ、歩かされた感じから言って、結構大きい邸だと思う。
とりあえず、精霊を放って。
わたしの状況をラディに伝えてもらうことにした。
あ、もちろん、道中も、何回か精霊には連絡役をしてもらってる。
わたしは、どこをどう通ってきたのかわからないけど。
精霊なら目印を見つけて伝えてくれているだろうから。
ラディも目星は付いていると思う。
そうして、どこかに押し込められてからしばらくしたら。
人の気配がなくなったから。
わたしは、目隠しや口や手足の拘束を魔法で解いて。
思いっ切り伸びをして。
室内を見渡してみたら、どうやら倉庫のようだった。
外を見たら大きなお邸があったからその裏の物置小屋なのかしら?
こんなところに押し込めるなんて、黒幕は優しい人ではないようだ。
まあ、でも、見張りがいないなら丁度いい。
マジックルームから、レジャーシートを出して。
その上に、柔らかい毛布を敷いて。
人が駄目になる大きなクッションを取り出した。
ああ、ゆっくり寛げるって、なんて素敵なのかしら。
移動中は縛られていたから、すごく窮屈だったのよね。
クッションのおかげで、自分がどんどん駄目になってくのがわかるわ。
そのまま寝てしまいそうにもなったんだけど。
そこは自重して。
何をしようと悩んだ結果、珈琲を飲むことにした。
ローテーブルも出して。
珈琲を淹れて、本を取り出して、また寛ごうと思って。
わたしが、カップを持ち上げて飲もうとしたところで。
倉庫の扉が開いた。
そして、数人の男たちが入ってきた。
あらま、先頭のふたりは、わたしも面識がある人だわ。
なんて思ってたら、訪問者と目が合った。
「なっ!貴様は何をしているのだ!」
まあ、縛って倉庫に放置していたはずの女が。
クッションに凭れながら、珈琲カップを持ってたら驚くわよね。
「ずっと紅茶を戴いていたので、そろそろ珈琲を飲みたくなりましたの」
そう言って、こくんと一口珈琲を飲んでみた。
「はあ!?なぜ、何故そんなことができる!貴様には魔封じをしたはずだ!」
ええ、確かに馬車に乗ったときに魔道具を嵌められました。
でも、あのときは自身にうっすら結界を張っていたのよね。
おかげで、魔道具は発動しなかった。
起動していたように見せていたけどね?
そう思いながら、ローテーブルの上に置いてある魔道具に目線を落とした。
それで、訪問者も漸く私が魔道具を外していることに気づいたらしい。
「なっ!姑息な!」
再度わたしを拘束しようと思ったのか。
後ろに控えていた手下がこっちに向かってきたけど。
結界を張ってるに決まってるでしょう?
「どこまでも生意気な奴め。まあ、でも、逃げ出さなかっただけ、自分の置かれた状況はわかってるようだな」
自ら、その状況に飛び込みましたからね?
「隣国まで連れてこられるとは思っていませんでしたわ。それに、まさか、あなた方が手を組んでいるだなんて」
そうなのよね。
目の前の人物と移動距離を考えたら、ここはドラングルだ。
転移陣まで使っていたのは攪乱のためだと思ってたんだけど。
本当に長距離を移動してきたのね。
道理で、何日もかかったわけよね。
「ふっ、驚いたか!」
そう言ったのは、かつて、交渉が決裂したドラングルの商会の会長だ。
「お前は邪魔なのだ」
これは、ドラングルの魔術師団の副団長から。
このふたりの接点は、わからないけれど。
利害が一致したのは、まあ、理解できる。
商会の会長は、殿下たちの前で恥をかかされたし。
出店したリアン商会のドラングル支店も好評をいただいているようで。
彼の商会はすっかり業績が下がってしまったと聞いている。
副団長にしても。
わたしが二ヶ月に一度出張している講義がうざいのだろう。
憎々しげに睨まれたこともある。
「助けは期待しないことだな。グリーンフィールの輩が手を出していて助かったよ。おかげで、お前の仲間は国内の捜索しかしていない」
あら。ラディってば、精霊から連絡を受けているはずなのに。
わざわざ、国内でも探してくれているのね?
それって、フェイクってことなのかしら。
多分、わたしの意を汲んでくれたからこそなのだろうけど。
両親や伯父様も説得してくれたのかしら?
わたしが怒られるのは当然だとして。
ラディも怒られるのは申し訳ないわ。
これは、多方面に言い訳を考えないといけないわね。
「まあ、でも、それも致し方ない。貴様が王都に来ることを知ったのは偶然だったのだからな」
そうなのか。
確かに、なんで知ってたのかな、とは思っていたけど。
この副団長さん、聞かなくてもいろいろ話してくれてありがたいわ。
話したがりなのかしら。
「私はグリーンフィールの王宮に呼ばれるほどに優秀だからな。そこで、王太子妃がお前たちを王宮に呼ぶことを知ったのだ」
ああ、そう言えば、この二国では魔術師の交流があるのよね。
そのときに情報を仕入れたのか。
なるほど。
でも、確か、交換情報の内容を精査しているのは団長さんで。
副団長はただの使者だったような?
「それで、リアン商会に恨みのあるこ奴と手を組んでな、グリーンフィールの破落戸を雇ってやったのだ。お前らは反撃すると聞いていたから、ここまで連れてこれるかは不安があったが、思いのほかいい仕事をしてくれた。まあ、お前たちが弱かっただけだろうがな。………って、おい!聞いているのか!」
あ、やばい、聞いてなかった。
「もちろんですわ」
「見え透いた嘘を付くな」
そんなにわかりやすかったかしら?
「とにかく、お前には持っている情報をすべて吐いてもらう。魔法のことも、商会のこともだ。その後は、売り飛ばしてやるから楽しみにしておけ」
それ、楽しみにできる人がいたらお目にかかりたい。
とりあえず、わたしが傷を付けられなかった理由はわかった。
さて。
黒幕も判明したことだし、この後はどうしたものか。
そう思いながら、また珈琲を飲もうとカップを持ち上げたところで。
外が騒がしくなった。
もしかして、わたしがカップを持ち上げるのはフラグなの?
「な、なんだ!」
倉庫の中の人たちも落ち着きをなくしてきたけれど。
わたしは構わずに珈琲を飲んだ。
どうせ、わたしの周りには、結界が張ってあるしね。
なんて、呑気にしてたら倉庫の扉が吹っ飛ばされて。
「リディ!!」
ラディが突入してきた。
………え、ラディ?
もう来てくれたの?
とは思いながらも、わたしはカップを持ったままだ。
そうして、ラディと見つめ合った。
「………………………」
「………………………」
お互いに、目を逸らすこともできないけど、言葉も出てこなくて。
そのまま固まっていたら。
「ラディンベル?どうしたんですの?」
という声が聞こえて、アンヌ様が顔を出した。
は?アンヌ様?
「……………リディア。あなた、何をしているんですの?」
「あ、えっと、あの……、黒幕さんとお話をしていました」
さすがに、アンヌ様を無視することはできないから。
何とか思い付いたことを答えた。
嘘はついていない。
でも、なんか間違えたと思う。




