90.彼は影を総動員する。
side ラディンベル
ああ、もう、本当に最悪だ。
無事、御出産された王太子妃殿下からお茶会に招かれて。
びっくりはしたけれど、拗らせたクリス殿下のことを思い出して。
そんなこともあったな。
なんて思いながら、俺も参加させてもらったんだけど。
妃殿下はすごく好意的に迎えてくださって。
そのおかげか、リディが口を滑らせまくっていた。
毎度の本好きで通してたけど。
本のタイトルを聞かれたらどうするつもりなんだろう?
って、俺は、内心、冷や冷やしてたよね。
とはいえ、実際のところ、リディの前世知識は結構勉強になる。
だから、ずっと聞き役になったとしても、俺は全然苦じゃないんだ。
それに、今回は、リディも妃殿下と話せて楽しそうだったから。
記憶のことさえばれなきゃいいか、なんて思ってた。
そうして、和やかにお茶会が終了して。
最近は不審者もめっきり減ってきたし。
さすがに王都までは追いかけてこないだろうと踏んで。
久しぶりに、買い物でもして帰ろうってことになったんだよね。
ガンズ商会との裁判のときはトンボ帰りしちゃったしね。
王都は、他国の商品を含めて多種多様なもので溢れているから。
掘り出し物が見つかる可能性も高いのだ。
案の定、今回も珍しい食材が見つかって。
リディがはしゃいでて、かわいかったな。
竹の子っていう不思議な食べ物だったんだけどね。
リディ曰く。
もっと大きな竹の子を加工したものが、ラーメンによく合うらしい。
そんなの聞いたら、俺も、調査がんばっちゃうよね?
―――妃殿下との話で、ラーメンの食べすぎがよくないことは理解してる。
とりあえず、売られていた竹の子を買えるだけ買って。
詳しい説明は、帰宅後にしてもらうことにして。
そのあとも、他にも何か目ぼしいものがないか探していたんだけどね。
ここで俺の気配探索が仕事をした。
「リディ、そのまま振り向かずに普通に話を聞いてね。俺たち、つけられてる」
「っ……。しつこすぎない?」
「だよね。わざわざ王都まで付いてくることないのに」
「この往来で反撃はまずいわよね?」
「やりたくないね」
「じゃあ、路地裏にでも誘導する?」
まあ、今回は、それが一番いいか。
そう思って、リディに賛成して。
俺たちは三文芝居をしながら路地に入り込んだけど。
途端に、ガラの悪い奴らに囲まれたから。
俺は、実は常備しているメリケンサックを装着した。
リディの非難を示す視線は、気にしない。してはいけない。
こんな物騒なもの、渡すわけないでしょ?
「用があるのはお嬢さんひとりだ」
「黙って付いて来てくれれば、手荒な真似はしないぜ?」
「傷をつけないように言われているしな」
そう言われて、付いてく人なんていないと思うんだけど。
ってか、俺がリディを、はいそうですか、と渡すとでも?
結界を張って、やり過ごしてもいいんだけどね。
できれば生け捕りにして黒幕を吐かせたいよね。
誰からやっつけようかな?
リディを背に庇いながら、そんなことを考えてたら。
このタイミングでまさかの乱入者がやってきた。
「あっ!こんなところにいたのですね。泥棒猫が今度は何を、……っ!」
ああ、もう、本当に最悪だ。
確かに、誰かがこっちに向かってる気配はしていた。けど。
ここは避けてくれないかな、なんて思っていたのに。
まんまとここまで来た上に、乱入者はレオン様の奥方様だったなんて。
最悪過ぎて言葉が出ない。
奥方様も、最初は俺たちしか目に入っていなかったんだろう。
やっと俺たちが破落戸に囲まれていることに気づいて唖然としていた。
「ラディ」
は?嘘でしょ?
リディを放って、奥方様のほうに行けって?
言いたいことはわかるよ?
奥方様を、貴族を優先しなくてはいけないのもわかる。
でも、そんなの無理だよ。
俺は、リディの手を離さないって心に誓ったんだから。
だから『できない』って言おうとしたんだけど。
そのほんの一瞬の隙に、リディの風魔法で奥方様の方に飛ばされた。
おまけに、俺たちの周りに結界を張る周到さだ。
そんなことをしていたから、リディはあっさりと捕まってしまって。
俺は、結界の中からそれを見ていることしかできないなんて。
あああ!もう!
これは、一体、どんな悪夢なんだ。
破落戸に連れて行かれる時に、リディが一回振り返って。
俺とリディの視線が交わって。
俺は、リディが考えていることを理解した。
したけども!
危ないことには変わりないし。
リディが目の前で攫われただなんて、到底許せる話じゃない。
だからって、この結界が解かれる頃には。
リディは既に俺が追い付けないところまで行ってしまってるはずで。
ならば、俺は、とっとと帰って。
侯爵や義両親たちと救出に動くしかないんだ。
でも、その前に、奥方様をなんとかしないといけないか……。
「護衛はどこですか?」
実はいないってわかってるんだけどね。
だから、リディは、俺を奥方様に付けたんだから。
「あ、あの、護衛、は………」
「いつもは安全なんです!あなた方がこんなところに入り込むから!」
これはまた、随分と気の強い侍女だね?
でも、それ、ただの責任転嫁。
貴族なんだから、外出時に護衛を付けるのなんて当たり前でしょ?
レオン様、侯爵家は、一体、どういう方針なわけ?
「はぁ……。そうですか。では、お送りします。馬車はどこですか?」
「あなたに送られるほうが物騒です」
「残党がいたらどうするんですか?」
「っ………!それはっ……!」
「それは?あなた方も、奴らに顔見られてるんですよ?」
「っ………!」
そんなことを話していたら、漸く結界が解かれたから。
―――多分、リディがそれなりに離れたか、時間制限をしていたんだと思う。
見張りか足止めで残されていた破落戸が攻撃してくる前に。
そいつらをスタンガンで無力化しておいた。
こんな雑魚は、リディが攫われた後となってはどうでもいいしね。
強いて言えば、メリケンサックを使えなくて残念だったかな。
「な、なにを………」
「殺してませんよ。動けなくしただけです。こんな下っ端、情報も持っていないでしょうし、捨て置きます。ですから、早く、馬車に戻りましょう」
こっちは急いでいるんだよね。
だから、その後は有無を言わさずに、馬車まで一緒に行って。
そのまま侯爵邸まで馬車に同乗させてもらった。
あ、もちろん、俺は、御者席に座ってたよ?
そうして、王都の侯爵邸に着いたら。
そこでは、奥方様がいなくなってたから大騒ぎしていたようだ。
奥方様が帰宅したと報せを受けたのか、レオン様が駆けてきた。
「メリア!どこに行ってたんだ!勝手に出かけるなと何度も言っただろう!しかも、今回も護衛を付けずに、………って、え?ラディンベル君?」
奥方様って、メリアって名前なんだな。
実は、挨拶されたことがないから、知らなかったよ。
その割に、レオン様がいないところでは、リディがよく睨まれてたけどね。
今日だって『泥棒猫』って言ってたし。
大方、リディを見掛けて文句を言うために路地まで付いてきたんだろうな。
レオン様、普段、リディのことをどんな風に話してるんだろう。
奥方様の勝手な外出も含めて、問い質したいことが満載だよ?
って、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。
「突然伺ってすみません。リディが攫われました」
「なっ!」
もう面倒だから、結末から言わせてもらったけど。
これなら、俺の話に食いついてくれるよね?
「不躾に申し訳ないのですが、領地までの転移陣を使わせていただけませんか。すぐに、義両親と話がしたいのです」
「あ、ああ、もちろんだよ。今日は父上も領地にいるはずなんだ。僕も行くよ」
そうして、レオン様は、奥方様を執事に任せて。
転移陣を準備してもらっている間に、俺はさっきの出来事を説明した。
話を聞いたレオン様は、顔を青くして。
深々と頭を下げてきたから、ちょっと困ってしまったけどね。
別に、そうやって謝ってほしいわけじゃないから。
「なんてことだ……。本当に申し訳ない」
まあ、確かに、奥方様の乱入がなかったら。
あの破落戸を捕縛して、情報を得るつもりだったけれど。
「いえ、奥方様にとっても予期せぬことだったと思いますので」
「いや、でも、きっとあいつは言いがかりをつけるつもりだったと思うんだ」
「あー、どうでしょうか。話をする暇もなかったので」
レオン様、奥方様がリディをよく思ってないこと、わかってるんだな。
だったら、家庭内で何とかしてほしいとは思うけど。
こういうのって説明すればするほど墓穴掘ったりするから難しいよね。
ちょっとだけ、レオン様に同情的になってきたよ。
「ともあれ、奥方様がご無事でよかったです」
「君が守ってくれたなら、当然だろう?でも、そのせいでリディアが……」
「リディは俺が絶対に助けます」
これは、絶対だ。
絶対に、リディを俺の元に取り戻す。
そう心に決めて。
デュアル侯爵領に転移して、本邸にいた侯爵も連れ出して。
すぐにサティアス邸に向かって。
商会で仕事をしていた義両親を呼び出してもらって。
俺は、再度、リディが攫われるに至った経緯を説明した。
「そんなっ!リディアちゃんっ………」
義母上は、気丈にも倒れることはなかったけれど。
青白い顔になって震えてしまったから。
義父上が、部屋まで連れて行って休ませることにしたようだ。
義母上を侍女に任せて義父上が戻ってきたところで。
俺たちは、早速、話し合いを始めた。
「まさか、王都で手を出してくるとはね」
「油断しました。本当にすみません」
「ラディン君のせいではないよ。何もかも悪い方に転がったのが痛かったな」
義父上はそう言ってくれたけれど。
俺は、もっと他の方法もあったと思ってる。
レオン様の奥方様に気を取られていたとはいえ。
俺の判断が遅かったのがよくなかったのだから。
「手が空いている影を全員動かしても構いませんか?」
「もちろんだよ」
「では、これまでに商会に手を出してきた者たち全てに影を放ちます」
「そうだね。リストを持って来よう」
そして、俺たちは、侯爵家と商会の影を総動員して。
あらゆる情報を探った。
リディの誘拐を大義名分にするのは、本当に嫌だったけど。
実際は今回の誘拐に関与していなくても。
怪しい点があれば、踏み込んで。
何らかの証拠を掴んだ場合は、即座に捕縛する指示も出している。
この機に、邪魔な輩は一掃してやるんだ。
そうして、リディが攫われて三日が経って。
漸くリディの居場所が掴めた。
聞いた限りでは、リディに怪我はないらしくて。
単に監禁されているだけのようだ。
でも、それだけだって、当然ながら腹立たしい。
とはいえ、一番腹が立っているのは。
みすみす目の前でリディを攫われた″俺自身″にだけどね。
とにかく、居場所がわかったならば、後は奪い返すのみだ。
今回はシェンロン様も協力してくれると言うから。
転移してもらって、早くリディの元に行かないと。
―――リディ、待たせてごめんね。
無事でいてね。
俺が、今から、すぐに迎えに行くから。




