88.彼は彼女の仕込みに驚く。
side ラディンベル
俺は、今更ながら、気づいてしまった。
リアン商会がガンズ商会に訴えられて。
法廷で争って。
ガンズ商会は、陳述も適当な上にまともな証拠を提示できなくて。
リアン商会は、きっちりと証拠を突き付けて、冤罪を晴らした。
その裁判は、公判前から話題だったし。
傍聴席には同業者も結構来ていたから。
裁判の様子も、リアン商会が無罪だったことも、瞬く間に話が広まった。
そして、その裁判と時を同じくして。
ガンズ商会には、別件でも手入れが入っていて。
リアン商会を含む同業者や下請け業者に対して。
ガンズ商会がさまざまなな営業妨害をしていたことが発覚している。
更には、リアン商会を訴えた内容が偽造であったことまで判明して。
ガンズ商会は数多の罪状を科されることとなった。
そうして、営業妨害の実行犯と繋がっていた執事はもちろんのこと。
会長も逮捕されて牢に入れられて。
ガンズ商会には、結構な額の罰金刑が下されたんだよね。
本来は、一年の業務停止命令も下されるところだったんだけど。
店舗の売り子さんや事務員さんとかは完全なとばっちりだから。
関与していない従業員の生活の保障のためにも、そこは免除されていた。
んだけど。
噂って言うのは、本当にすごい力を持っていて。
裁判の件と同様に。
会長たちの逮捕や営業妨害についても、あっという間に話が広がった。
しかも、実際にやらかしたことならまだしも。
リアン商会の会長の娘を誘拐した――これは別の商会だし未遂だ――とか。
実は殺人も犯している、なんていう法螺話まで出てきてしまったから。
悪評だらけになったガンズ商会の店舗は、結局、閉店に追い込まれた。
そこそこの規模の商会だったし、王都にも複数店舗あったんだけどね。
会長の奥方様やあの絡んできた娘も、奥方様の実家に戻られたそうだ。
でも、実は、この閉店騒動について言えば。
裁判や逮捕の噂が決定打になったとはいえ。
元々囁かれていた噂も大いに関係していると思う。
ガンズ商会の商品は質が悪い―――。
最低限の機能しかないのに結構な値段で売られているし。
道具は壊れやすいし、布製品は織り方が荒いし、食品は味が微妙。
魔道具に至っては、魔力切れが早くて、精霊石の交換頻度が高い。
そう言った話は、以前から耳にしていた。
まあ、実際にそうだから、噂されていたのもしょうがないんだけどね。
ただ、ある時を境に噂の声が大きくなっていったと思うんだよね……。
そう。悪評が急激に広まったのは。
俺たちがガンズ商会の娘に絡まれてからのことだったと思う。
当時は気にし始めたから耳によく入ると思ってたんだけどね。
これって、もしかしなくても、侯爵や義両親が何かしたよね?
絶対に潰すって言ってたしね。
商談中の雑談で何気なく話に織り交ぜたり。
社交界や酒場で話題にしたりして、噂を広めたんじゃなかろうか。
そして、悪評で業績が下がって焦ったガンズ商会が。
更なる営業妨害をしでかすと踏んでたんじゃないかと思う。
訴えられるのだって、想定していたのかもしれない。
だとしたら。今回の一連の騒動は。
全て、侯爵や義両親の手のひらの上で踊らされた結果ってことになる。
―――ということに今更気づいた俺は、正直慄いた。
いや、本当に、あの人たちが味方でよかった。
まあ、その後、こっそり調べたところでは。
ガンズ商会の悪行に無関係な従業員には手を差し伸べていたようだし。
罪のない人が理不尽な目に遭うことはなかったようだから。
侯爵や義両親の手腕には感動すらしたけどね。
それに、ガンズ商会の逮捕劇の後は。
身に覚えがある人たちがすっかりと大人しくなったのもありがたかった。
商会を探る不審者がめっきり姿を現さなくなったんだよね。
ガンズ商会のように、証拠を掴まれて捕えられるのを恐れたんだろうな。
とはいえ、それも、一時的なことで。
しばらくすれば、また不審な行動を再開するあたり、諦めが悪いと思う。
でも、商会の結界は強化されているし。
商会の従業員には防犯道具を持たせているから。
侵入には失敗しているようだし、返り討ちにも逢っているようだ。
不審者がいなくなったわけではないけれど、数は減ってきている。
だから、リディの軟禁状態も少しずつ解除されてきてるんだよね。
ただね?
『まだ不審者がいるのね。やっぱり、メリケンサックも必要かしら?』
って言われて、メリケンサックなるものの説明を受けた時は。
俺は、心の中で涙を流したよね。
リディは前世は平和だったって言うけど、絶対に嘘だと思う。
そんなに危ない武器を一般人が知ってるわけがない。
どうにかリディを説得して。
物騒な武器を持たせないようにはしたけれど。
実はこっそり発注していることがバレるのは、時間の問題かもしれない。
あ、もちろん、俺が使うんだよ?
まあ、そんなこんなで俺たちは、徐々に元の生活に戻りつつある。
ただ、現状、リディは実家の料理人たちとのやりとりが忙しくて。
外出も解禁になってきたとはいえ、自宅にいるほうが多いんだけどね。
兄上たちの結婚パーティーのメニューの件でね。
録映機や写真機を使ってわかりやすくレシピを解説しているけれど。
目の前で作って見せているわけではないから、質問が多いらしい。
今日もリディは、料理人たちへの返事を書くために自宅に籠っていたから。
俺が、ダンさんに魚介類の追加発注をお願いしに行ってきたんだけど。
―――海老以外にも、パエリア用の貝や魚が必要になったからね。
帰宅したら、リディが茶色い物体を前にして落ち込んでいた。
え?なんで?
俺がいない間に何かあった?
「リディ?」
「あ、ラディ、おかえりなさい」
「うん。ただいま。どうしたの?何か困りごと?」
俺がそう言ったら、リディはきゅっと眉を寄せてしまったから。
ますます困惑したんだけど。
っていうか、その茶色い物体って。
「それ、干し肉だよね?」
「あ、違うのよ。これは干し肉じゃないの。……ん?あれ?干し肉と言えば、干し肉なのかしら?」
いや、全くもって意味不明なんだけど。
「これね、お義兄様とお義姉様の結婚パーティーのために仕込んでいたのよ。いいおつまみになると思って作ったのだけど」
干し肉が?
「わたしとしては、うまくできたと思うの。でも、こっちの世界では、もしかしたら受け入れてもらえないかもしれないと思って」
ああ、なるほど。
それで落ち込んでいたのか。
でも、申し訳ないけど、確かに、干し肉は人気がないよね。
最近では、冷蔵庫も普及したし、保存食も増えてきたから。
干し肉自体、すっかり見なくなったと思う。
「あのね、ラディは、生のお肉を食べるのは、やっぱり抵抗がある?」
「は?」
どういうこと?
その干し肉は生肉ってこと?
「あ、もちろん、殺菌効果のある加工をしたし、精霊にも身体によくない菌が残ってないか確認してもらったわ。さっきちょっと食べてみたけど、お腹も痛くならなかったし、食べても問題ないと思うのよ」
「……………自分で毒見したってこと?」
リディってば、何してくれちゃってるの?
「え?そんな大袈裟なことじゃないわよ。前世では普通に食べてたし」
え、そうなの?
異世界って、生で食べるの好きすぎない?
お刺身もそうだけど、肉まで生で食べることないと思うんだけど。
「そんなに生モノ食べたいの?」
「そういうわけじゃないけど。でも、おいしいのよ?」
生肉が?
「お酒に合うのよ。ワインにぴったりなの」
リディはそう言って、縋るような目で俺を見つめてきた。
………ああ、もう。
そんな顔されたら、反対なんてできないよね?
リディ、ずるいよ。
「あー……。じゃあ、ちょっと早いけど、お酒飲もうか。その干し肉、じゃなくて、生肉?も食べさせてくれる?」
今はまだ夕方だからね。
お酒を飲むには早い時間だけど、今日は急ぎの仕事もないしね。
リディに勝てるわけもない俺は。
結局、こうやって生肉だって受け入れてしまうんだ。
「いいの!?ラディ、ありがとう!」
リディは、俺の言葉でぱあっと笑顔になって。
俺に抱き着いてきた。
そうしてくれるのは物凄くうれしいんだけどね。
このリディの喜びの要因は生肉だから、正直、ちょっと複雑だよね。
でも、家飲みの準備を始めたリディはうきうきとしていて。
すごく楽しそうだったから、まあ、いいか。
そうして、テーブルには。
その生肉――生ハムと言うらしい――を中心とした料理が並べられて。
まずは、白ワインで乾杯をして。
恐る恐るその生ハムとやらを食べてみた。
そして、驚いた。
「………おいしいね」
「でしょう?そうでしょう?おいしいのよ!よかったーー!!」
うん、本当に旨い。
っていうか、これ、本当に生肉なの?
全然臭みもないし、リディの言う通り、めちゃくちゃワインに合う。
なんだこれ。
「どうかしら。パーティーに出せるかしら?」
「うん、喜ばれると思うよ。母上やシア義姉さんが好きそう」
「本当!?よかった!じゃあ、パーティーの分をとっておかないと。ラディ、今日の生ハムは、ここに出してある分だけよ?」
は?え?追加しちゃだめなの?
もっと食べたいんだけど。
「生ハムって、本当は一年以上かけて作るものなのよ。それを、今回、魔法を使って強引に作ったの。それでも三ヶ月はかかってるわ」
ええ?そんなに時間がかかるの?
ああ、だから、今になって出してくれたのか。
道理でパーティーメニューの試作のときにはなかったわけだ。
「そんなに手間をかけてくれたの?ありがとね」
「ううん。わたしも食べたかったから。気に入ってくれたなら嬉しいわ」
うん。俺は、まんまと嵌まったよね。
生肉に懐疑的だったのに、掌を返したようだけどね。
生ハムとチーズの盛り合わせは、前菜にもお酒のツマミにも最適だし。
サラダにもいいし、ピザにしてくれたのも美味しかった。
生肉って言っても、加工しているだけあって、あまり生っぽくないし。
これなら、この世界でも十分流行ると思う。
ただし。となると、だ。
「リディ、侯爵たちの分は取っておいてあるの?」
「あ、やっぱり、必要?」
「必要でしょ。これを提案しなかったら、後から結構ねちねち言われると思う」
「そっかぁ……。じゃあ、やっぱり、今日は本当に出している分だけね」
あ。俺、自分で自分の首を絞めたっぽい?
でも、商品化されるならば、これからも食べれるんだから。
って思ったけど、それも一年後か……。
「提案するのは、もう少し後にしようか」
思わずそう言ったら、リディに笑われてしまった。
ともあれ、パーティーで出す分を調整すれば。
侯爵たちの味見分くらいは確保できるみたいだから。
うちの家族に我慢してもらえばいいよね?
兄上、シア義姉さん、ごめん。
そうして、後日、侯爵や義両親にも生ハムを提案することになって。
ついでに、異世界の生食事情についても聞いてみたら。
豚肉は、生ハムみたいに加工をしなくては生では食べれないみたいだけど。
鳥や牛については、新鮮なら部位によって生でも食べると聞いて驚いた。
しかも、生卵まで食べるなんて。
異世界って、チャレンジ精神が旺盛すぎると思う。




