09.彼女は隠れ家に招待する。
side リディア
「して、お主らはここで野宿をするのか?」
うん。そうね。
ただいま絶賛準備中ですけど何か?
「ここではゆっくり休めないだろう。連れて行くぞ?」
「いいの!?この子たちも一緒に行ける?」
「ああ。造作もない」
「ありがとう!すごくうれしい!」
なんてこと!どうやらダズルが転移魔法で我が家まで送ってくれるらしい。
ダズルは精霊王だけあって魔法が万能。当然、転移も難なくやってのけるけれど、それにしてもこれは破格の厚意だ。
この国境の森から我が家までは、順調に行ってもあと四~五日、下手をしたら一週間以上かかる予定だった。しかもそれは、要所要所で公的に設置されている転移陣を使おうと思っていたからで、転移陣を使わなかったらその倍以上かかってもおかしくない距離なのだ。
目的地がそんなに遠い場所なのに、わたしとラディと馬たちも一緒に運んでくれるだなんて、距離と質量を考えたら驚異的な転移魔法だ。こんなことは恐らくダズルにしかできないだろう。
こんないい話、飛びつきたいところなのだけど、一点問題がある。
「でも、その場合、どこで入国手続きをすればいいのかしら?」
「カインに伝えておく。そんなのヤツがどうとでもするだろう」
「いいのかな、それで」
「カインは指示を出すだけだ。それくらいやってもらうといい」
「ありがたいけれど、お手間を取らせてしまって申し訳ないわ」
「ふっ…今更だろう?」
確かに、過去には、ダズルにも陛下にも無茶なことを言った覚えがないわけではないので、そう言われたら黙るしかない。ここは開き直ってダズルにお任せすることにした。
ということで、我が家まで一気に転移する旨をラディに伝えたら、唖然として口を開けたまま固まってしまった。衝撃が強すぎたみたいだ。ごめん。
アリーとルー君にも説明したけれど、人の言葉だからどこまで理解してくれたかはわからない。でも、今までも意思疎通はできているように思うのよね。賢い子たちだし、怖がってはいないようだから大丈夫だと信じてる。
外に出したまま放置していた野宿セットをマジックルームに放り込み、依然として石化したラディはそのままに転移をお願いしたら、目の前の風景が一瞬にして森から邸の庭に変わった。
本当に一瞬で、気分も悪くならないこの転移、わたしも習得したいけど、このレベルに到達するにはかなりの訓練が必要になるだろう。
「この家も久しいな」
「わたしも半年ぶりよ。結界も問題ないみたいで安心したわ」
「チビたちが気にして見回っていたようだぞ」
「そうなの?それなら御礼を言っとかないと」
「今度菓子でもあげてくれ。じゃあ、またな」
「え?!もう帰るの?お茶くらい、出すのに」
「いや、何日も駆けてきたのだろう?今日は早く休むといい」
「ダズル…、本当にありがとう。またゆっくり遊びに来てね」
「ああ。楽しみにしている」
その言葉を最後に、ダズルは音もなく消えた。
というか、そろそろラディが正気に戻ってくれるといいんだけど。
「ラディ、大丈夫?」
「え…?あ…?えっと…、ここは…………?」
「これから住む家よ」
「え、着いてる!?……って、精霊王様は?」
「もう帰ったわ」
「そんな!俺、ちゃんと御礼言ってないのに」
「また来るって言ってたからその時で大丈夫よ。それより、厩はこっちよ」
まだ混乱しているラディには申し訳ないけれども。
まずは、アリーとルー君を休ませてあげないとね。数日間、ありがとう。
そして、ずっと野外にいた自分たちには浄化魔法をかけて。
ラディを家に招き、ごはんを食べながら諸々の説明をした。
「ここがグリーンフィールの公爵邸?」
「それは別よ。ここはわたしの家なの」
「リディの家?」
そうなのだ。この家はわたし個人の家なのだ。
そして、ここは王家直轄領。
公爵邸は元は祖母の実家の別邸で、西隣のデュアル侯爵領にある。
「このお邸はね、三年前にカイン陛下から賜ったの」
「は?」
うん。まあ、そういう反応になるよね。
でも、本当なのだからしょうがない。
三年前、王子の執務を手伝い始めた頃、突然外交を任された。
それも、当時うまくいっていなかったグリーンフィールとの外交を。
かねてから、竜の国であるレンダルは精霊の国であるグリーンフィールを見下していた。というのも、精霊よりも竜のほうが強い、という根拠のない理由だったのだが、レンダルではその考えが蔓延していたようだ。
実際のところ、精霊と竜は強さの概念が違うし、そもそも戦ったことがないのだからどっちが強いかなんてわからない。それに、精霊と竜は昔から仲がいいそうだ。ダズルとシェンロンだって仲良しである。
そもそも、レンダルは、国土面積はおろか、国力だってグリーンフィールに敵わないのだ。竜の力だけ持ち出して強さを示しても何にもならないと思う。
とはいえ、そんな話をしようものなら、愛国心溢れる人たちから非難されるからわざわざ口に出したことはないけれど。
そんなわけで、レンダルは愚かにもグリーンフィールを見下し続けた。
結構あからさまな態度だったので、グリーンフィールとしてもレンダルに好感を持てるはずもなく、両国は長年、良好とは言えない関係が続いていたのだ。
そんな時にわたしに任命されたのがグリーンフィールとの外交だ。
当時、レンダルの鉱山の採掘量が落ちていて、グリーンフィールの鉄鋼や宝石を欲したからなのだが、いくらなんでも十二歳の小娘には荷が重すぎる。
しかも、レンダルの国庫はあまり余裕がない上に、レンダルには大した特産物もなければ、やせた土地が多いため輸出できるほどの食料もない。
レンダルが他国に誇れるものは、恵みが少ないからこそ磨かれた加工技術だけなのだが、細工に優れた品は貴族たちが買い占めていてなかなか出回らない。
それでも、なんとか、カットと装飾が美しい宝飾品と繊細な柄の絹織物を手に交渉に臨んだけれど、欲しい鉄鋼や宝石にはどうにも足りなかった。
そこで、わたしが切り札に使ったのが知識と技術。
治水工事に上下水の整備、そして、誰もが簡単に水を使えるように水道設備を整えるための情報を提供したのだ。
結果として、それは大変喜ばれた。
そして、想定以上の鉄鋼と宝石を手に入れることができ、わたしの初めての外交は成功に終わったのだが。
公にはしていないが、この外交において、グリーンフィールではわたし個人への報酬も用意してくれていた。それがこの邸だ。
情報を持っていたわたしを取り込むための賄賂のようなものだろうが、何度固辞しても褒美を出すことは決定事項のようで、この邸を断ったら城の一室を用意するとまで言われて了承したのだ。もちろん、取り込まれないように万全の対策をした上で。
そうしてこの邸がわたしの物になり。以降、わたしの隠れ家となった。
陛下も干渉しないと言ってくれたし、レンダルから遠く離れたこの家は、いろいろなしがらみから離れたいときや趣味に没頭するのに便利だったから、今となってはもらってよかったと思う。
そういえば、この外交の時にダズルと初めて会ったんだった。
水の精霊の話を聞きたくて、陛下にお願いして引き合わせてもらったのよね。
そして、結果的に喜ばれたとはいえ、陛下とダズルに結構な苦労をかけて水環境を整えたのだ。
「グリーンフィールとの外交の功績はよく聞いたけど、担当リディだったんだ。それに、対価の提供がそんな方法だったなんて知らなかったよ」
「ん?隠してなかったわよ?邸のこと以外は。報告書も上げてたし」
「え、そうなの?」
「レンダルって成果にしか興味がないのよね……」
そういうところがあの国のダメなところだと思うのよね。
なんてことも今更だけど。
それよりも、ラディに実際に見てもらおう。
「この家にも水道を引いてあるのよ」
レンダルではまだ井戸から水を汲んできて、甕や桶に溜めて使っている。
だから、ラディは水道を見たことがないはずだ。
「え…………。嘘でしょ。ここから水が出るの?」
「そうよ」
「いちいち水場から運んでこなくていいって事?」
「ええ。好きなときに好きなだけ水を使えるわよ」
「こっちはもしかしてお湯?」
「うん。寒いときは冷たい水じゃつらいでしょ?」
「なんでこの設備がレンダルになかったんだ……」
そう言われるとちょっと胸が痛む。
実は公爵邸には設置していたし、レンダルでも提案はしたのだ。
でも、多分、公爵家の功績にしたくない人なのだろうが、そこまでやる必要はないとか費用が高いだとか、それはもうくだらない理由をつけて反対してきて、実現には至らなかった。お父様にも協力をお願いしたけど、それでも横やりが酷かったから諦めたのだ。
「嘘だろ……レンダル、残念すぎないか」
それについて、反論はない。