79.彼女は今になって口走る。
side リディア
想定よりも早く解決して、本当によかったわ。
ルイス伯父様から万引きの捜査を依頼されて。
しかも、従業員の犯行である可能性が高いと言われて。
なかなかのショックを受けたけれど。
当然、そのままになんかしておけないから。
ラディと解決に向けて動いてきた。
たかが万引き。されど万引き。
一度の犯行での被害額は極少額だけれど。
塵も積もれば山となる。
犯人は何度も万引きを繰り返していたしね。
少しずつならバレないとでも思ったのかもしれない。
初期の犯行の頃は。
会計上の売上とレジの金額は合致していたから。
犯罪を見過ごしてしまったようだ。
―――この金額が合わなければ、会計担当を疑うところだけど。
信用に足ると思って抜擢した人たちを疑わずに済んで本当によかった。
でも、仕入れ担当が販売数と在庫数の差異に気づいてくれて。
それからは、店舗でも原因を探っていたようなのだけど。
対外的な万引き対策はしていたし。
在庫数を数える魔道具にも不具合はなくて。
結局、一番したくなかった、従業員の調査をすることになってしまった。
その調査にあたって。
仕事が流動的なわたしたちに白羽の矢が立ったのよね。
ラディがやってくれていた実態調査も大変だったと思うけど。
わたしが任されたスタッフエリアへの魔道具設置には、実は頭を悩ませた。
というのも、単純に、あらゆる場所に録映機や未会計商品を検知する魔道具を設置すればいいというものでもなかったからなのよね。
売り場から商品を持ち出しただけでは、万引きにはならないのだ。
お取り置きだってあるし、破損品もあるから。
スタッフエリアに未会計商品を持ち込むことは何気に多い。
在庫室だってあるしね。
だから、魔道具を設置する場所を選定するのが難しかったのよ。
手っ取り早いのは、従業員室なんだけど。
そこで着替えをする子もいるから、録映機の設置はできないのよね。
いや、してもいいかもしれないけど、さすがにやりたくないわよね?
最終的には、録映機は従業員室内以外の複数個所に設置することになって。
未会計商品の検知は、従業員室前と従業員出入口ですることになった。
その際、せっかくだから、持ち出された未会計商品がどの商品なのかがわかるように魔道具を改良しておいたのよね。
売り場の魔道具にはそこまでの機能はないけれど。
犯人に白を切られても面倒だから、念には念を入れておいた。
そして、スタッフエリアに魔道具を設置した数日後。
やっと犯人を捕まえることに成功したのだ。
―――――なんて、今回のことを振り返っているのは。
目の前で、防犯会議が行われているからだ。
それぞれの店舗の責任者たちを集めて、雑貨店での顛末を聞いてもらっている。
説明しているのはお父様だから、もっときちんとした口調だけれど。
話の内容としては、同じようなものよ?
「これまでは従業員エリアでの防犯対策は最低限のことしかしていなかったが、今回のこともあって、今後はどの店舗でも同様の対策を取ってもらうつもりだ」
お父様がそう言って話を締めたら。
店舗責任者たちは、厳しい顔をしながらも頷いてくれた。
そうして、話は今後の防犯計画に移っていって。
「後日、魔道具を設置する人間を派遣するが、従業員たちには、設置が完了するまでは口外しないようにしてくれ」
ここぞとばかりに、そのタイミングで犯行に及ばれても困るものね。
それについても理解をしてもらって。
その後も、質疑応答なんかをして会議自体は問題なく進んでいたのだけど。
粗方の話が終わったところで、話が逸れていった。
「それにしても、録映機や未会計商品感知の魔道具ももちろん凄いのですが、会計魔道具がいい仕事をしてくれますよね」
「ええ、本当に。あの魔道具の機能には驚くばかりですが、即時に在庫がわかるのが素晴らしいですね。今回の件も、だからこそ、すぐに判明したのでしょうし」
確かに、それはあるかも。
手作業で棚卸しなんかしていたら、判明するのはもっと遅かったかもしれない。
そもそもは、POS的なものを導入したかっただけなのよね。
売り子さんはほぼ平民だから、教育も遅れていて。
計算を覚えてもらうだけでも大変なのに。
商会では結構な商品数を扱っているから、計算が複雑になる。
だから、魔道具で計算できるようにしたかったのだけど。
だったら売上や在庫も一目でわかるようにしておけば管理も楽になるから。
これはもう、POSしかないと思ったのよね。
それで、技術者とあーだこーだとやっていたら。
想像以上に便利な魔道具ができあがっただけなのだ。
「リディアは、本当にいいところに目を付けてくれるよね」
「最初は、電卓があればいいなって思ってただけなのよ?」
「デンタク?」
「ええ。数字を打ち込めば、自動で計算してくれるものなんだけど」
「「「「「は?」」」」」
………………………あ。
電卓なんて、この世界にないんだった。
いつかは作ろうと思ってたけど。
POSができて安心してしまってそのままにしてしまっていたんだわ。
これは、やってしまったかもしれない。
なんか、皆の目が座ってきたような気がする。
「リディ、どういうこと?そんなものがあるの?」
「え、あの、そういうのがあればいいな、って思ってただけで」
「うん、あればいいよね、めちゃくちゃ欲しいよね」
「………リディア。どうして、そういうことをもっと早く言わないんだ」
「え、いや、その、会計の魔道具ができたから、いいかな、って思って」
元々会計の計算を何とかしたかったんだから、解決してるわよね?
それに、会計でできるなら、他でもできるって思うものじゃないの?
でも、誰もそんなことは言わなかったから。
今すぐは必要とされていない、って思っても仕方なくない?
「もしかして、この会計計算って、この商会の商品だからできるんじゃなくて、どんな計算にも対応できるってことですか?」
「え、もちろん、そうですけど」
「「「「「はああ? 」」」」」
これって、商会の会計に特化したものだと思われていたってこと?
「リディ、俺ももっと早く聞きたかったよ……。そうすれば、事業計画だってもっと簡単にできたのに」
ああ、そうか。事業計画かあ。
そう言われれば、電卓があればもっと早く計算できたかもしれない。
でも、この世界って、端数がないのよね。
前世みたいに一円単位じゃないから、計算はさほど難しくないのだ。
平民ならまだしも、教育を受けた貴族なら、たいしたことないと思ってた。
「ごめんなさい………」
「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだよ?」
思わず、しゅんとして落ち込んでしまったら、ラディたちが慌てだした。
怒ってるわけじゃないはわかってるけど。
ちょっと、自分に呆れているところはあるのよね。
今までやらかしてきたことが多いから。
これでも、無意識に口走らないように気を付けていた。
でも、今回の電卓のようなことがあると。
積極的に提案したことがいいものだってあるってことがよくわかる。
わたしは、その線引きがうまくできなくて。
忙しいときに更に忙しくなるようなことを言ってしまったり。
こういう、必要なものを提案せずにいたりするのだ。
この点は反省しよう。
後で、ラディに、前世知識の今後の提案について相談していいかしら。
落ち込みつつも、そんなことを考えていたら。
「まあ、でも、そういうことができるってわかっただけでもよかったよ。リディア、そのデンタクというのを詳しく教えてくれないか?」
お父様にそう言われて、思考を戻した。
そう、そうよね。今は、まずは電卓の提案だ。
「えっと、数字と計算方法をひとつにまとめたものなのだけど……」
わたしはそう言って、電卓を絵に描いてみせた。
と言っても、この世界では小数点以下を使うことはないし。
本当に基本的な機能だけで十分よね?
あ、でも、%はあったほうがいいかしら?
そう思って、わたしとしては随分と簡略化した電卓を提案したんだけど。
「まさか、合計だけじゃなくて、引き算や掛け算もできるのか?!」
「これ、ものすごい魔道具じゃないですか!!」
想像以上に驚かれて、こちらが驚く。
いや、できる、というよりも。
そういう機能を付ける、と言ったほうが正しいのだけど。
多分、そういうことはどうでもいいんだろうな。
「リディアちゃん、これ、すぐに商品化するわ」
お母様まで張り切りだしたわ。
まあ、でも、それくらいのものだってことよね。
本当に、もっと早く提案しておけばよかったわ。
「リディアは、いつも本当に素晴らしい提案をするんだね」
あらま、レオン様にまで感心されてしまった。
レオン様は、先日の万引き犯逮捕の時に対応してもらったこともあって、今日の会議にも参加してくれている。
―――ちなみに、レオン様には呼び捨ててもらうことにした。
アラン殿下もわたしのことをリディア嬢って呼ぶけど。
ずっと、どうかと思ってたのよ。
わたし、もう令嬢じゃないしね?
結婚しているのに、誰も夫人とは呼んでくれないのよね。
まだ十七歳――今年十八だけど――ってこともあるんだろうけど。
そうは言ってもね?
やっぱりどうかと思うから、いっそ呼び捨ててもらおうと思ったのだ。
わたしを呼び捨てる人なんてたくさんいるし。
ラディだって、こんなことにはいちいち目くじらを立てないのよ?
アラン殿下にも、追々呼び方を変えてもらうつもり。
って、話が思いっ切り逸れたわ。
「そう言っていただけて光栄なんですけれど、たまたまですよ?」
「そうかな?岩塩のときだって、いろいろ教えてくれたじゃないか」
「あれだって、たまたま知っていただけです。それに、今回は、提案するタイミングが遅かったようですし」
「あはは、そうみたいだね。でも、素晴らしいことには変わりない。僕も商品化が楽しみだよ」
レオン様がわたしの知識に興味津々なのは、最初からで。
こうやって何気ない話をしつつも、探ろうとしているのはわかるのよね。
決定的な言葉で追求されることはないけれど。
そう言えば、伯父様からも、最初のころは色々と聞かれた覚えがある。
この親子は意外と知りたがりだから、実は気が抜けないのだ。
いつかは、伯父様にも記憶のことを話してもいいかな、とは思っているけれど。
まだ早いわよね。
なんてことを考えていたら、いつの間にか、電卓会議も終わっていたようだ。
どうやら、各店舗の責任者たちにも意見を聞いていたらしい。
防犯会議が電卓会議に変わってしまったけれど。
この場にいる皆が、そこに何の疑問を抱いていないようでびっくりだわ。
とはいえ、わたしが事の原因だから、そんなことは口にはしないわよ?
そうして、予定になかったことまで話し合った会議もお開きとなって。
店舗の責任者たちは帰っていったのだけど。
実は、わたしたちには、まだ続きがある。
今、この場に残っているのは、わたしとラディ、両親にデュアル親子だ。
「じゃあ、次は、商会本部と工場の防犯について話そうか」
防犯に気を付けなくてはいけないのは、店舗だけじゃなくて。
むしろ、技術を管理している本部や工場の防犯のほうが重要なのだ。
もちろん、これまでだって、厳重に管理はしている。
でも、この機会に再度洗い直すことになったのよね。
ということで、まずは、現状について話を聞いたのだけど。
思っていた以上の話をされて、わたしもラディも驚いてしまったのだった。




