08.彼は彼女の友人に会う。
side ラディンベル
リディとの旅は順調だ。
彼女は令嬢とは思えないくらいに旅慣れているし、乗馬も完璧だから、一緒に移動していてストレスがない。馬を休めるために野外で休憩しても、文句ひとつ言わないどころか、飲み物やお菓子まで用意してくれて気遣いに溢れている。しかも、手作りだと聞いてちょっと感動した。
準備してくれていたのは休憩用のおやつだけじゃなくて、野外用のテーブルや椅子も当たり前に出てきたし、野宿に必要なものまで持ってきているという。
食事も何食分も用意してくれているようだ。
さすが、マジックルーム持ち。
俺もそこそこ魔力はあるけど、基本的な生活魔法と適性の火属性以外では、身体強化と気配探索しか習得していない。我がグラント家は魔法よりも剣の腕を磨く方に重点を置くから、我が家基準の魔法しか勉強していないんだよね。
そんな俺のために、リディはマジックバッグを貸してくれた。
おかげで、予定よりも多くの物を持ち出せたし、ルーカスに負担なく荷物を運べているからすごく助かっている。
マジックバッグはかなり高価で、貴族でも持っている人は少ない。
それをポンと貸してくれるとはさすが公爵家。
旅の準備も乗馬も食事の用意も、リディが当たり前のようにやっていることは俺にとっては予想外の事ばかりで。彼女といると令嬢の常識を崩されるんだけど、それすらも楽しくて、一緒に来て本当に良かったと思う。
俺たちが住んでいたレンダルの王都から国境の森までは馬で駆ければ三日ほど。
昨日までは宿に泊まったけれど、今日は森で野宿の予定だ。
夕方に差し掛かったところで森の手前の町に着いたのだけど、その町には宿が少なく、何とか見つけた宿も運が悪いことに空きがなかったため、いっそ野宿をしようと砦で出国手続きをして森に入ったのだ。
準備はしていたとはいえ、そうはいってもリディは公爵令嬢だったのだから、野宿はできれば避けたいのではないかとちょっと心配していたのだけど、予想に反して、彼女は楽しそうに野宿に必要な道具を出し始めた。
ここまで令嬢らしくないことをされると、さすがに俺も割り切れる。
リディには申し訳ないけど、ここでは令嬢としてではなく遠征仲間として接することにして、俺も野宿の準備を始めたのだが。
リディが用意してくれた野宿セットとやらは俺には見慣れないもので、使い方を教えてもらうだけで結構な時間がかかってしまった。
説明をされれば理に適うものばかりなのだが、如何せん見たことがない。
こんな道具があるなら、遠征もかなり楽になるからもっと早く知りたかった、と話したら、これは公爵家オリジナルで非売品なのだとか。
え、公爵家が遠征するの?
そんな疑問をぶつけたら、長期休暇が取れたときは家族でグリーンフィールに遊びに行っていて、その際に野宿をすることがあったのだとか。
なるほど、それでこんなにも旅慣れているのだと納得した。
そうこうしているうちにお腹もすいてきたから、そろそろご飯にしようか、と言ったところで、俺たち以外の気配を察知した。
敵意は感じないけれど、警戒は怠らない。リディを守らないと。
「あれ……?もしかして、ダズル?」
ん?リディの知り合いなのかな?
にしても、こんなところで待ち合わせはしないだろうし、そもそも、今日森で野宿することに決まったのはさっきだ。
「やはりリディアであったか。久しいな」
「本当にダズルなのね!お久しぶり。こんなところでどうしたの?」
「懐かしい気配を感じたのでな、確かめに来たのだ」
「それでわざわざ?うふふ。びっくりしたけど会えてうれしいわ」
随分と仲がよさそうだけど、一体誰だろう。
ライトグリーンの髪に金色の目なんて、すごく珍しい外見だ。
多分男性なんだろうけど、美しさの次元が違いすぎて性別すらよくわからない。
「ラディ。こちら、精霊王のダズルよ」
「は?え?精霊、王……様?!」
え、え、ちょっと待って。精霊王ってこんな森にいるの?
確かに人じゃない気配だし、人外じみた美しさだけれども。
いや、美しいから精霊王ってわけじゃないか。
え、俺、ちょっと無理。混乱中。でも、挨拶はしないといけないよな。
「あの、はじめまして。ラディンベルと申します」
「わたしの旦那様よ」
「ほう?もう結婚したのか。にしても、一国の王子が護衛もなしとは不用心じゃないか?確かにこの森は危険というほどでもないが、備えは必要だぞ」
「いやだ、ダズル、違うわ。ラディはあの王子じゃないわよ」
「リディアの婚約者はレンダルの王子ではなかったか?」
そんなことまで知っているんだな。
話しぶりと言い、まさに旧知の仲、といった感じだ。
「そうだったんだけど。っていうか酷い話なのよ。聞いてくれる?」
「それは構わんが、何か怒っているのか?」
「ダズルに怒ってるわけじゃないわ。あのね、つい先日、突然婚約を破棄されたのよ。しかも冤罪を着せられて国外追放されたの」
「は?」
リディが怒り気味なのは卒業パーティーのことを思い出したからだろうが、事情を知らない人からしたら突然怒り出したように見えるリディに精霊王様が若干引いていた。そして、話を聞いて呆気に取られていた。
うん、気持ちはわかる。理解しがたい話に違いない。
「びっくりするでしょ?嘘みたいな話だけど、本当なの」
「そうか………。それは大変だったな」
「ほんとよ!あ、ラディはね、婚約破棄現場で切られそうになったわたしを助けてくれて、国を出るわたしを案じてくれたいい人で、いろいろあってプロポーズしたの。それで結婚して国を出てきたのよ」
「………………」
自分も関わった話ながら、ダイジェストで聞くとすごい話だな。
だいぶ、俺の株が上がる話になっちゃってるのが気になるけど。
精霊王様も突っ込みたいところ満載だろうに、何から突っ込んでいいのかわからないって顔してる。
「あれ?ラディを王子と間違えるから思わず説明しちゃったけど、ダズル、知ってたんじゃないの?」
「知るわけがないだろう」
「陛下に手紙を送ったから、陛下から話を聞いて来てくれたんだと思ってたわ」
「私は何も聞いていないぞ。本当にただリディアの気配を察知して来ただけだ」
「それだけで来てくれたのね。ありがとう!」
「いや、それはいいが。そうか…、カインは知っているのか」
「さすがにもう届いていると思うからご存じじゃないかしら」
「ということは、今、王宮に行ったら面倒だということだな」
「よろしくね!」
リディがたった一言で精霊王に国王への説明と対応をお願いした模様。
物凄い笑顔だ。無敵の笑顔だとは思うけど、どうなんだろう、それ。
というか、精霊王様ってカイン陛下のこと呼び捨てなんだな。
レンダルは竜の国だけど、グリーンフィールは精霊の国と言われている。
だから、精霊王と国王が親密なのはわかるとして、リディも負けず劣らず懇意にしているようだ。リディ、君は一体何者なのだ。
「まあ、リディアが無事ならばいいか。やっとこの国に来てくれたことだしな」
「突然押し掛けることになっちゃったけど」
「それでもカインは悪いようにはしないだろう。むしろ喜ぶぞ」
「だといいんだけどね」
まだ入国もしてないのに大物たちから歓迎を受けている。なんだこの状況。
話の流れからして、以前からリディを引き入れようとしていたのかな?
多分、王子の婚約者だったから実現しなかっただけで、隙あらばリディを誘っていたのだろう。
それくらいリディはグリーンフィールに気に入られているということで。
そんなリディに酷い仕打ちをしたレンダル。
え、詰んでない?
レンダルなんてグリーンフィールに比べたら小国もいいとこなのに。
リディに着いてきた俺、正解すぎないか。
自分で自分を褒めたいくらいだ。
なんてくだらないことを考えている間もふたりの会話は続いていた。
「そういえば、シェロっていつ戻ってくるか知ってる?」
「まだ戻らないのか?」
「そうなの。国を出る前に挨拶しようと思ったんだけどできなかったわ」
「そうか。ならば、チビたちを遣わせよう」
「ありがとう!」
シェロって誰だろう?
でも、また大物が出てきても困るから聞こえなかったことにしよう。
俺はレンダルの一介の貴族にすぎないんだ。精霊王様が目の前にいて、王様の話が当たり前に出てることだってありえないことなのに。
これ以上の大物には耐えられる自信がない。
とりあえず、とんでもない奥さんをもらったことだけはわかった。