75.彼女は無駄に疲れる。
side リディア
まさか、こっそりと進めていただなんて思ってもいなかったわ。
商会の新商品のばたつきから解放されて。
漸く落ち着いた生活が戻ってきたところで。
なぜかラディだけが呼び出されていたから。
何事かと思ったら。
お父様とルイス伯父様と。
三人でこっそりラーメン屋出店計画を立ててたなんてね。
既に、店舗も仕入先も見つけたようだし。
事業計画もできてるし。
試食会用の食材まで用意されてたとあって、驚くやら呆れるやら。
でも、確かに、前世でもラーメンは人気だった。
男性のほうが好きな印象が強いけど、女性も結構食べてたわよね。
この世界でここまで受け入れられるとは思っていなかったけれど。
そこまで望んでもらえるのならば。
がんばって美味しいラーメンを作り上げましょう。
スープが命って、よく言うから。
出来る限りの記憶を掘り起こして、最高のスープを作らなくちゃ。
そう決意して、ラディにも手伝ってもらって。
使う食材や味加減を試行錯誤して。
ふたりで拘りに拘って作ったから、満足度の高いスープもできたんだけど。
試食会直前になって、想定外の情報が入ってきた。
ラーメンの試食会場が王宮とかおかしいから!
何なの、あの王族。どうして、そんなに庶民的な料理が好きなの。
いや、おいしいわよ?
わたしだって、何なら、庶民的な料理のほうが好きよ?
たまには、高級だったり小洒落てる料理も食べたいけれど。
毎日食べるなら、断然、庶民的な料理よ?
でも、王族は、食べ慣れていないものでしょう?
関心が広いことはいいことだと思うけど、色々とどうかと思うわ。
そんなことを思いながら迎えた、試食会当日―――。
今回もダズルが迎えに来てくれて。
準備もあるから、早々に会場となる王宮の応接間に入ったんだけど。
両親や伯父様に交じって、初めましての人がいた。
初めましてと言えど、顔を見ただけで見当はついている。
あの中性的な美しい顔は、伯父様の血縁者に違いないわ。
「リディア、忙しいのに、また仕事を増やして悪かったね」
「まさか、こんなことを企んでるなんて。伯父様まで嵌まると思わなったわ」
「いやいや、リディアの料理は何だって美味しいけど、ラーメンは初めて食べた時の衝撃がすごくてね。忘れられなかったんだよ」
衝撃って、見た目と食べ方のことかしら?
そういえば、この世界には、汁物の麺類ってないものね。
麺と言えばパスタだし、スープパスタも見たことないし。
ラーメンを披露してから、うどんも作ってはみたけれど。
それだってラディが食べるだけだしね。
なんて、思考を飛ばしていたら。
「それでね、今日は息子もどうしても来たいって言うから連れてきたんだ」
「リディア嬢、初めまして。レオン・デュアルです」
そうだった。初めて会う方がいるんだったわ。
伯父様の息子さんとなれば、次期侯爵よね。
これは、きちんと挨拶しなくては。と、礼を取ったら。
「こちらこそ、初めまして。リディアです」
「そんな堅苦しいことはやめてほしいな。父上と話すみたいに、僕にも気軽に話してくれるとうれしいんだけど」
「お気遣いありがとうございます。では、追々……」
レオン様は笑顔で話してくれるけれど。
絵に描いた笑顔みたいで、本心が全くわからない人だわ。
造り物めいた顔なのは伯父様と同じだから、見慣れてないわけでもないのに。
笑顔が完璧すぎるのかしら?
ラディの愛想笑いはまだ温度があるけど。
レオン様の完璧な笑みには、何か裏があるかもしれない、と思わせるうさん臭さがある。大変失礼な話だけれど。
まあ、これも、美しい顔に生まれた弊害かしら。
「今まで何回も、僕もリディア嬢に会ってみたいって父上にお願いしてたんだけど、全然会わせてくれなくてね」
「お前のタイミングが悪かっただけだろう」
「それだけじゃないと思うけど。でも、今日会えたから、まあいいか」
伯父様にそう言った後、レオン様はわたしの方を向いたのだけど。
無駄に熱っぽい視線を投げてくるのは、やめてほしい。
隣にいるラディの周囲の温度が下がったのもわかった。
ええー、こういうの、冗談でも面倒なんだけど。
「それにしても、噂以上に美しいね。リアン商会の銀華の姫君は」
銀貨?それ、微妙すぎない?
って思ったのだけど、ああ、貨幣じゃなくて華のほうか。
それにしたって、うまいこと言えてるようには思えないのだけど。
内心ではそんなことを考えていたから。
この人何言ってるの?って顔をしてしまったけれど。
元令嬢根性で、一瞬で立て直してやったわ。
「まあ!ありがとうございます。お上手ですね。お世辞でもうれしいですわ」
「本心なんだけどな。こんなに綺麗なお嬢さんに会ったのは初めてだよ」
適当に流したつもりだったのに。
レオン様の視線はますます熱っぽくなってきて。
今度はわたしの手を取ろうとしてきたから。
さりげなくレオン様の手を躱して。
自分の腕をラディの腕に絡めて。
「こちらがわたくしの旦那様ですわ」
「初めまして。リディの 夫 のラディンベルです」
ラディを紹介して、この場をサクッと終わらせようと思ったのに。
ああ、もう。
ラディまで挑戦的な目で応対するの、辞めて。
こうなったら、後は伯父様頼みね。
そう思って伯父様を見れば、盛大なため息をついていた。
ちなみに、両親は、呆れた目で遠巻きに見ているだけだ。
「お前は何を考えているんだ。妻子ある身だろう。しかも、旦那の前で口説こうとするんじゃない!」
そうだ、そうだ!
伯父様、はっきり言ってくれてありがとう!
「リディア、愚息は放っておいていいから。準備をお願いできるかな?」
「わかったわ。卓上コンロ、使ってもいいのよね?」
「壁際のテーブルでなら大丈夫だよ。許可も取ってあるから」
「ありがとう。じゃあ、ラディ、準備しましょう?」
「うん、そうだね」
ラディは、ほんの一瞬、レオン様を睨んだようだったけれど。
すぐに笑顔になって、いつもの温和な空気に戻ってくれたからホッとしたわ。
レオン様が結局どういうつもりだったのかはわからない。
でも、とりあえず、要注意人物なのは確定ね。
ラディにも。
「リディ、あの人と二人きりになっちゃだめだよ」
って釘を刺されてしまったけれど。
「わかってるわ。気を付けるから大丈夫よ。……そもそも、綺麗って言われてうれしいのは、ラディだけなんだから」
小さな声でそう返したら、ラディの耳がちょっと赤くなってた。
うふふ。わたしだって、たまには、こういうことも言うのよ?
とはいえ、いちゃついてる場合でもないから。
準備を進めないとね。
麺を茹でる大鍋でお湯を沸かせて。
五種類のスープ鍋も卓上に出して。
卓上コンロの火の調整はラディに任せて。
―――適正魔法が火属性のラディはこういうことも得意だ。
麺と具材も、すぐに調理できるように卓上に出しておこう。
サイドメニューは食べる直前に出せばいいわよね?
スープの味見用の小皿もたくさん用意したし。
基本はお箸とレンゲだけど、念のためフォークも用意してある。
よし。これで、準備完了。
後は、陛下たちを待つのみね。
と思ったところで、応接間のドアが開いて待ち人たちが入ってきた。
なんて素晴らしいタイミング。
王族って、こういうところも狙ってるのかしら。
―――そんなわけない、ってラディに言われた。
「リディア、今日も楽しみにしていたよ」
「私も待ち遠しかったです」
殿下方にはそう言われたけれど。
「これは、第何回目なんだ?」
陛下に限っては、よくわからない質問をされた。
もしや、餃子パーティーに参加できなかったことを拗ねてるのかしら。
そういうことなら、今日、サイドメニューとして持ってきてますから。
後で御存分にお召し上がりくださいね。
「初めての試食会ですよ?今日のために、がんばって作ってきたんです」
「おお。そうか、そうか。ご苦労であったな。私も楽しみにしていたぞ」
あら、笑みが増したわ。
初めてってことがそんなにうれしいのかしら。
少し、ほんの少し陛下が可愛く思えてきたわ。
「今日、お召し上がりいただくのはラーメンという料理です。スープに浸した麺を戴くのですが、スープの味が五種類ありますので、まずは、お好みのスープをお選びください」
伯父様が仕切ってくれた通り。
今日は、最初にスープの味比べをしてもらって。
一番気に入ったスープのラーメンを提供する予定なのだ。
スープ毎に具材も変えようと思っている。
葱と煮玉子は共通だけど。
塩ラーメンには、鳥ハムと海苔を。
醤油と豚骨ラーメンには、叉焼を。
味噌ラーメンは、野菜たっぷりにして。
魚介、というか、海鮮ラーメンには、海老と帆立を乗せようと思う。
―――メンマは見つけられなかった。
追加トッピングはご自由に、という形にするつもりだ。
そうして、皆さんがスープを選んでいる間に。
わたしとラディは、麺を茹で始めた。
「ああ、どれも美味しいですね」
「これ、ひとつに決めないといけないのか?」
「通常よりも量を少なくしますので、他の味でお代わりして頂いても結構ですよ」
「おお、そうか!それなら、全部食べられるな!」
え、全種類食べるつもりなのかしら。
さすがに、それは食べすぎなので。
麺の量を予定よりも少なめにした方がいいわね。
そして、みなさんが味を決めてくれたところで。
それぞれのラーメンを作ってお出ししたら。
「どうやって食べるんだ?」
という、想定内の質問が来たから。
伯父様が実際に食べて見せたんだけど。
やっぱり、絶句された。
そうよね。
音を立てて麺を啜るなんて思ってもいなかったわよね。
「パスタのようにフォークで麺を巻いて食べて頂いても、レンゲというスプーンに乗せて食べて頂いても構いません。が、今の食べ方が一番おいしく食べられますね。時間がないときにも最適です」
最後の情報、必要かしら?
「いい加減に食べ始めないと麺が伸びますよ?」
「それは不味くなるということか?ならば、よし、覚悟を決めるか」
「そうですね。まずは箸で食べてみて、食べ辛かったらフォークに変えましょう」
え、そんな決死な思いで食べるものではないのだけど。
とは思いつつも、陛下たちは真剣なので。
黙って成り行きを見守っていたら、遂に、ずずっと麺を啜る音がした。
「おお!これは旨いな!いくらでも食べられそうだ」
「ええ、本当に。確かに行儀は良くありませんが、啜ったほうがいいというのもわかりました。フォークでゆっくり食べている場合ではないですね」
「具材も色々乗っていて楽しいですね。私、今度は海鮮を食べてみたいです」
ああ、よかった。
やっぱり、食べ方に難はあるけれど、味は受け入れられるのね。
「庶民や冒険者には喜ばれるのではないでしょうか?」
「そうだな、ギルドに出店してもいいのではないか?」
それは考えているのよね。伯父様が。
ラーメンは、準備は本当に大変だけど。
スープと麺を作っておけば、お店では手早く調理して提供できるし。
さっと食べられる料理としても優秀なのよね。
その後お出ししたサイドメニューも好評だったことだし。
―――餃子を食べた陛下が、次回の餃子パーティーには絶対に参加する!と言い始めて、宥めるのが大変だった。
この分であれば、ラーメン屋も早々に認知されそうね。
「試食会、大成功だね」
そう言って笑ったラディが、本っ当にうれしそうだったから。
出店に向けて、わたしも協力を惜しまないことを約束したわ。
とりあえず、試食会の間、こちらを見てはにっこりと笑うレオン様には気づかないふりをしておいた。




