70.彼と彼女はまた出張に行く。
side ラディンベル
グリーンフィールの人は本当に話が早いよね。
いや、リディや義両親だって、話が早いんだけど。
陛下や殿下方はもちろん、アンヌ様やデュアル侯爵といった面々は。
立場が立場なだけに面倒なことも多いだろうに、話を通せばすぐに返事をくれて、できる限り早いタイミングで動いてくれる。
それって、本当にすごいことだと思う。
当然、話した内容がくだらないことだったら、こうはいかないんだろうし。
リディが齎す話は有益なことが多いからこそ、こうして動いてもらえるっていうのはわかっているけどね。
肉の部位販売や粉末スープ、飲食店といった新規事業は。
俺たちが出張している間に、本当にすべての準備が整っていたし。
新事業に追加された豚の加工肉やスモーク商品、食品店舗だって。
あっという間に許可が出て形になった。
だから、ラルフクト様やシェリー様からお願いされていた件だって。
それなりに早く動いてもらえるかな、とは思っていたけどね。
まさか、ものの数日で殿下が対応を伝えに来てくれるとは思わなかったよね。
第二回餃子パーティーが開かれたことにもびっくりしたけど。
リディが、すぐにアンヌ様に手紙を出したように。
クリス殿下たちも、すぐにアンヌ様と連絡を取ってくれたんだろうな。
忙しいだろうに、本当にありがたいよね。
ということで、加工肉とかの件が落ち着いたばかりだけど。
俺たちは、今、シェリー様たちのご要望に応えるためにがんばっている。
魔石仕様の生活魔道具の試作も始まったし。
―――魔石は、クリス殿下が取り寄せてくれた。
貿易時の商品の価格表も作ったし。
―――ギルドに卸すのと同じような価格ではあるけど、運送費用が追加されて、購入量に応じた割引をすることになった。
技術提携時の契約書や費用一覧、工程表なんかも作り始めた。
―――ジングとの提携内容を参考にして、ドラングル用に焼き直している。
そんなことをしながら。
俺たちも、実現するようにがんばっていたんだけどね。
しばらくしたら、アンヌ様から続報がやってきて。
若干、雲行きが怪しくなってきたんだよね。
「ドラングルの件なんだけどね、クリス殿下から聞いた話に間違いはないんだけど、ここにきて、難色を示す人たちが出てきたそうだ」
え?今更?
とは思ったものの、詳しく聞いてみると。
どうやら、ドラングルの陛下や王太子殿下は、国の発展の為に、他国の文化を取り入れたり、技術提携をすることに積極的なようなんだけど。
貴族の中には、自国至上主義というか、他国を見下す一派がいるのだという。
まあ、確かに、ドラングルは資源も国土も豊かな方だし、武力も強い。
現状の生活に不満がないのであれば、自国で完結できるんだよね。
プライドが高い人も多いみたいだし。
他国に力を示すならまだしも、力を貸してもらうってのが許せないのかな?
「そう言う人たちがいると話が進まないから、ある程度までは王太子殿下を中心に話を詰めていたらしいんだけどね、先日、漸く概要がまとまって、水道や貿易なんかの施策を公表したそうなんだ。そうしたら」
「文句を言う輩が出てきたのね?」
「そうなんだ。提携なんかしなくても自国でできるとか、他国から取り寄せなくても自国で作ればいいとか言ってるらしいよ」
なるほど。
「それなら、それでいいんじゃないの?その不満を打ち破ってまでうちが参入することはないんじゃないかしら」
「いや、リアンティアが言うことも尤もなんだけどね、アンヌ様の見立てでは、ドラングルの技術はそこまで高くないという話でね。日用品の質もあまりよくないようだし、技術が優れているのは武器だけのようだ」
「アンヌ様は、ドラングルの技術を向上させたいのだな」
「そうなんだよね。それで、一度、ドラングルの商会とうちの商会との会合の場を設けたいそうだよ」
リディが拘ったおかげで。
商会の綿製品の手触りは最高だし、タオルなんか、ふわふわだしね。
それに何と言っても、商会には便利な商品がごまんとあるから。
それらを一度使ってしまったら、質の低いものを使う気にならないのはわかる。
しかも、技術者ががんばってくれたおかげで、値段だってお手頃だしね。
初期費用として、技術料がかかってしまったとしても。
長い目で見れば、利益に繋がるはずだから。
アンヌ様としては取り入れたいんだろうな。
「要請があるなら行くしかないだろうが、そういう輩を相手にするのなら、共通語ではなくて向こうの言葉を話せたほうがいいな」
ああ、そうか。
此方を見下して、厭味ったらしく母国語で話を進める可能性も高いよね。
そういうことならば。
と、思った俺たちは、一斉にリディに視線を向けた。
「え、なに?」
「リディア、ドラングル語、話せるよね?」
「うん、まあ、それなりに?でも、日常会話くらいしかできないと思うわ」
王子妃教育って本当にすごいよね。
リディは一体何ヶ国語を話すことができるんだろう。
「十分だよ。じゃあ、技術提携の話もあるし、貴族がいたほうが何かと牽制になるだろうから僕も行くけど、リディアも一緒に来てね。護衛にラディンも」
護衛としていくのはもちろん問題ないけれど。
もしや、これは、俺もドラングル語を勉強する流れなんだろうか。
「え、わたしでいいの?」
「外交やってたんだから、問題ないでしょ?」
「そうだな。リディアに負担をかけるのは忍びないが、リディアが適任だろう」
「ふざけたこと言ってきたら、断ってきちゃっていいわよ?」
「まあ、そうだね。こっちからお願いしてる話じゃないし、割に合わない話になったらすぐに断ろう」
そうして、俺たちのドラングルへの出張が確定して。
俺はシア義姉さんに参考本を教えてもらって語学勉強に励んで。
リディは、念のため、と言って、とんでもない魔道具を作って。
―――これには俺も侯爵も驚いた。
あとは、アンヌ様やシェリー様、シア義姉さんに手紙を出して。
自国至上主義の人たちの情報を集めた。
結果。やっぱりそういう輩は一定数いるようで。
アンヌ様とシェリー様からは。
自分たちも洗礼を受けたけど、言い負かしてやったという返事が来て。
シア義姉さんからは、留学中にそういう一派に絡まれたけど、力でねじ伏せた、という返事が来た。
女の人って強いね……。
ただ、シェリー様とシア義姉さんからの手紙には続きがあって。
シェリー様の方は。
自分たちが言い始めたことだから、当日は同席することと、今回持っていく見本品――魔道具の試作品含む――を買い取りたいという話で。
シア義姉さんの方は。
武器を新調しようと思っていたから、俺たちの滞在に合わせてドラングルに出向くことにした、という話だった。
はあ?シア義姉さん、来るの?
これ、武器関係なく、リディに会いたいだけだよね。
リディもさすがにびっくりしていたけれど。
まあ、俺たちの仕事の邪魔をしないなら、いいのかな?
――――そうして、ドラングル出張の当日。
今回は、俺たちは、デュアル侯爵家の馬車に乗って旅立って。
王都で、グリーンフィールの外交担当のハリスさんとも落ち合って。
トラブルもなくスムーズにドラングルの王宮まで辿り着いた。
「リディア!久しぶりね!」
わざわざ、アンヌ様に出迎えてもらったのには恐縮してしまったけれど。
相変わらずのアンヌ様を見てグリーンフィール側が安心したのも確かだ。
ただ、俺たちも途中で連絡を受けていたんだけど。
「リディアたちはもう聞いているかしら?ヴァレンシア辺境伯領でまた魔獣が出てしまったの。それで、辺境伯夫妻が来れなくなってしまったわ」
「はい。聞きました。被害が少ないといいのですが」
そうなんだよね。
まさか、このタイミングでこんなことになるとは思わなかったけど。
貿易の交渉よりも魔獣討伐が優先されるのは当然なわけで。
どうかご無事で、とリディも返事を出したところだったし。
おまけに、こちらに向かっていたシア義姉さんと同行していた兄上も。
レンダルからドラングルの王都に来るためには、辺境伯領を通るから。
魔獣の話を聞きつけて、ふたりして討伐に行ってしまった。
まあ、あのふたりなら、見て見ぬふりはできないし。
強いから大丈夫だとは思うけどね。
そうは言っても、どうかふたりも無事で、と、願わずにはいられない。
そんな話をして、少ししんみりしてしまったけれど。
ただ会いにきたわけではないから。
王太子殿下にも引き合わせていただいて。
―――穏やかな方だったけど、押しに弱そうだった。
殿下方はハリスさんと米の貿易と水整備の技術提携の話し合いに入って。
商人同士のほうが話しやすいんじゃないかという気遣いから。
俺たちは、別室でドラングルの商会の人と交渉することになった。
そして、まずは、見本品や価格表、技術提携内容を提示したら。
『こんな金額じゃ無理だ。どうしても売ってほしいってことなら、うちの店に置いてやってもいいが、売れた分だけを後払いだな』
当たり前のように母国語でそう言われて、俺たちは言葉を失った。
母国語だったからじゃなくて、その内容に、だけど。
いや、はっきり言って、この品質でこの価格は、物凄く安いはずなんだよね。
見本品、ちゃんと見てないのかな。
それに、今回はドラングルからの依頼であって。
俺たちは売り込みに来たわけじゃないんだけど。
『それになんだ、この技術提携っていうのは。こんなに費用を取るなんてふざけているのか?こんな提携なんかできるわけがない。むしろ、そっちの商品を広めてやるんだから、そっちが金を払ったっていいくらいだろう』
ふざけてるのは、そっちのほうだと思うんだけど。
ただで技術を渡すわけがないし。
技術を教えるためには、派遣する人間の滞在費や人件費だって必要なんだから、それなりの金額になるのは当然だ。
あげくに、技術を提供するのに、こっちが金を払うとか意味がわからない。
『だいたい、日用品なんてうちでも作ってるんだし、わざわざ教えてもらう必要はない。魔道具だって、ちょっと構造を教えてくれれば、後はこっちで作る』
貴族だけじゃなくて、商人もそう思っているのか。
実は、王宮に来る前に、王都でこの国の日用品を見てきたんだけど。
申し訳ないけど、本当に質が低かったし。
商品のバリエーションも少なくて、便利商品なんかはほとんどなかった。
それなのに、自分たちで作れるなんてよく言えたよね。
っていうか、ちょっと構造を教えてくれれば、って勝手すぎない?
それ、技術を教えていることになるんだけど。
多分、リディもデュアル侯爵も、同じことを考えていたと思う。
一通り聞いた後で、リディは侯爵の方を見て、お互いに頷いて。
『そうですか。でしたら、今回のお話はなかったことに』
あっさりと断った。
『は?』
『お忙しいところ、お時間を頂戴して申し訳ありませんでしたわ。わたくしたちはこの後予定がありますので、これで失礼させていただきますわね』
おまけに、そう言って、見本品もすべてマジックルームにしまって。
早々に席を立った。
え?この後の予定って、何?
なんか、ものすごく嫌な予感がするんだけど。
そうは思うけど、護衛兼侍従として付いて来ている俺は。
そのまま部屋を出てしまったリディと侯爵の後をついて行かざるを得ない。
そして、ある程度、打ち合わせをしていた部屋から離れたところで。
リディに聞いてみた。
「リディ、この後の予定って、なに?」
「辺境伯領に援護に行こうかと思って」
「「は?」」
…………どうして、嫌な予感ほど当たるんだろうね?




