07.彼女は彼と国を出る。
side リディア
昨日の今日ではあるが、国を出る準備は万全だ。
あとはラディンベル様が迎えに来てくれるのを待つだけなのだけど、中途半端に時間ができてしまったので、料理をすることにした。
わたしは公爵令嬢ではあるけど、わけあって料理が得意なのだ。料理長とも仲良しで、結構な頻度で厨房に出入りしていた。わたしが作った料理は家族にも使用人にも評判だったから、ラディンベル様にも喜んでもらえたらうれしいな。
隣国の我が家までは一週間ほどかかる予定だ。それまでの間、食堂が見つからないかもしれないし、野宿をするかもしれない。食事はもちろん、お菓子だって必要よね。何を作ろうかしら。作りたいものがたくさんあるわ。
「お嬢様、申し訳ありません。これが最後の卵なのです」
「え、そうなの?ごめんなさい!今日の食事は大丈夫?」
「後程食材が届くので問題ありません。もう少し早く届けばよかったのですが」
「ううん。いいのよ。気を遣わせてしまってごめんなさいね」
料理ができるのも久々で、うっかり作りまくってしまったようだ。
食材がなくなるまで作るって、わたしは何をやっているのだ。
お詫びにわたしとラディンベル様の分を除いた食事をみんなにわけておいた。
後で食べてね。
そうこうしているうちにラディンベル様が迎えに来てくれて。
お母様と使用人に見送られて旅立つことになった。
お父様はいないし、かなりあっさりしたお別れだったけれど、たぶん、公爵家のみんなはわたしを追って隣国に来るだろうから寂しくはない。
ラディンベル様からの、それでいいの?という視線は気にしないことにした。
今回の旅は、馬車ではなく、馬での移動だ。
馬車だと御者さんが帰りにひとりになってしまって申し訳なさすぎるということもあるが、大した荷物はないし、一応追放されてるしね、なるべく目立たないように旅立ちたかったのだ。
ちなみに、荷物が小さいのにはわけがある。
わたしは空間魔法を習得しているため、異次元の空間、マジックルームを使うことができるのだ。魔力が多いから結構な容量の空間を使えて便利なのである。しかも、時間停止機能のおかげで収納当時のままの状態で保存ができる。食材はもちろん、温かい料理もそのまま保存できるとあって、さっき作った料理も使用人たちに分けたもの以外はすべて収めてきた。
そして、ラディンベル様にはわたしが作ったマジックバッグを渡しておいた。
さすがにマジックルームほどの容量はないが、貴族邸の一部屋分くらいの容量のものを渡しておいたから、それなりに持ち出せていると思う。バッグ自体は腰のベルトにかけられるくらいの小さな物だから邪魔にもならないはず。
「グリーンフィールでいいんだよね?」
「ええ。家は南部にあるから、ちょっと距離があるけれど、最短ルートを通ってなるべく早く着くようにするわね」
「最短よりも安全な道のほうがいいな。無理はやめよう」
わたしたちが向かうのは、故郷レンダル王国の東側に位置する隣国、グリーンフィール王国だ。内陸の小国であるレンダルとは違い、グリーンフィールはレンダルの数倍の面積を誇る大国で、東側と南側が海に面している。
恵みの多い大地に鉱山。貿易も盛んで、大変豊かな国なのだ。
そのグリーンフィール南東部の港町に我が家がある。
レンダルとの国境である西側から入国して更に南下することになるから、結構な距離があり、移動にはかなりの日数を要するのだけど、最短ルートよりも安全を取るなんて、さすが護衛ね。
わたしはひとりで国を出ようとしていたくらい危機感がないらしいから、道中はラディンベル様の言うことをよく聞くようにしよう。
「わたしのことは、リディアでもリディでもお好きなように呼んでね」
「じゃあリディって呼ばせてもらおうかな。俺のことは、そうだな、ラディで」
「ふふ。似てるわね。よろしくね、ラディ」
呼び名と言えば、わたしの馬は牝馬でアリーといって、そのままの名前で呼んでいるのだけれど、ラディの馬は牡馬でルーカスというらしいので、ルー君と呼ばせてもらうことにした。その呼び名を聞いてラディはちょっと顔が引きつっていたけど、ルー君は小さく鳴いて顔を寄せてくれたから、たぶん、恐らく、了承してくれたはずだ。
「今回は巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
「え、その話はもうやめようよ。俺も進んで護衛しているわけだし」
「でも……ラディのおうちのこと、聞いたの。それで申し訳なくて」
「ああー、そっか。うーん、確かに俺の家のことは理由になるけど、正直に言うと、そういう尤もらしい理由があったほうがいいと思っただけで、そんなに真面目にやらなくちゃいけない話じゃないんだ」
「そうなの?」
「ただ使えるものを使っただけだから。オトナには効果的でしょ?」
「それはそうだけど」
「それに、さっき閣下や父上からも言われたんだけど、建前の理由は気にしなくていいって。だから、報告もしなくていいし、新しい生活を楽しめるよ」
「え…?お父様が?」
「俺もそうだけど、リディだって、自由な生活に憧れてるでしょ?そういうの、全部ばれてたみたい。お互い、いい親を持ったよね」
「……そう、そうね。その通りだわ。わたしたち、幸せ者ね」
まさか、お父様がそんな風に話していたなんて。
確かに、朝出かける前に、自由にやりたいように好きなことををしなさいって言ってくれたけど、国を出る事情が事情だし、ラディのこともあるし、レンダルのことを気にせずに過ごしていいだなんて思わなかった。
本当にラディの言う通りだわ。
お父様も、ラディのお父様も、なんて素敵な人。
「不敬だけど、王子から解放されたわけだしね、自由を満喫しよう」
「ふふ。そうね。ラディはやりたいことあるの?」
「そう言われるとすぐに思いつかないけど、まずは護衛がんばるよ」
「我が家の警備は万全だから、好きなことしてもらって大丈夫よ?」
「もしかして向こうには門番とか護衛がいるの?」
「そうじゃなくてね、強力な結界が張ってあるの」
「へぇ、それはすごいな。どんな結界か楽しみだ」
「自信作よ。だから、ラディも気軽に自由に過ごしてね」
なんだか、余計に楽しみになってきたわ。
今まであの町で長期間過ごしたことはないけれど、活気があって、住民のみなさんもいい人たちだったから、移住に向いている町だと思うのよね。
ラディも気に入ってくれるといいな。
「家があるのは、マリンダっていう漁港がある町なの」
「そうなんだ。じゃあ、魚が食べれるんだな」
「そうよ。お魚だけじゃなくて、グリーンフィールは野菜もお肉もおいしいし、食べ物は楽しめるはずだわ」
「それはいいな。港町ってことは、海にかかわる仕事が多いの?」
「え、まさか、すぐに働くつもり?」
「少しはゆっくりするつもりだけど、警備体制が万全なら、護衛任務はそんなに負担にならないだろうし。さすがに無職ってわけにはいかないでしょ」
「しばらくは普通に生活できるだけの準備はしてあるわよ?」
「いやいや、奥さんに養ってもらうのはだめだと思う」
「護衛のお給金でもあるんだから、気にしなくていいのに」
「それはさすがに気にする。護衛は無給でいいし、ちゃんと働くから」
えー。もしかして、ラディってワーカホリックなのかしら。
王子にこき使われて感覚おかしくなってない?
これは少しずつ休むことを覚えてもらわなくては。
まずは、今までどのくらい働いていたかを確認してみよう。
「ねぇ。嫌なこと思い出させて申し訳ないんだけど」
「ん?なに?」
「ラディもあのバカ王子に振り回されていたのよね?何やらされてたの?」
「あー、大雑把に言えば何でも。日常的なことで言えば、食事とか必要なものの準備とか。後は、茶会や行事の準備片付けに資料整理。執務に関わる事前調査もやってたな。都度言うことが違うから、やり直しが多かったなー」
「え、何それ。あ、調査とかはラディの家のこと知ってるから?」
「それはない。王子は知らないし、騎士として仕えてたから」
「騎士がやることじゃないわ……」
なんてことだ。想像以上に働いてたわ。
わたしもそうだけど、王子から解放されたいと願うわけよね。
だいたい、そんなに働いて騎士の鍛錬までやってたんじゃ、時間がいくらあっても足りないはず。その生活に慣れてたら、休むってことがよくわかってない可能性もあるのかも。ラディの生活改善は必須ね。
にしても、聞けば聞くほど腹立たしいわ。
ラディにそこまで仕事をさせて、王子は一体何をやっていたのかしら。
ほとんどやってもらってるもの、やることないよね?
「伯爵家なんてそんなもんだよ。王子の学友の中じゃ爵位は低かったし、同じ爵位でも脳筋バカに仕事は任せられないしね」
「それこそ、卒業パーティーでわたしを糾弾した身分を笠に着てなんとやらじゃない。本当に都合のいい人ね!」
「まさにね。でも、俺よりもリディのほうが大変だったんじゃない?」
「どうかしら。最初のころは細かいこともやっていたけど、だんだん外交の仕事のほうが忙しくなったし。あの人の執務でいうと……、承認書類の選別とか企画立案がメインだったかしら」
「うわ、仕事の重さが違う」
「そんなことないわよ。ラディがやってたことだって大変で、時間がかかるもの。あ、思い出した。調査結果をもとに問題点と改善点をまとめるのは面倒だったわ。って、調査結果?……もしかして?」
「あー……、たぶん、それは俺がやった仕事だね」
「これから執務まわるのかしら……」
「まあ、詰む、だろうね……………」
王子、ご愁傷さま。




