66.彼は話に付いていけない。
side ラディンベル
いや、さすがにこれは、結構な衝撃だよね。
アンヌ様から接待要請が来て。
ドラングルの辺境伯夫妻をお迎えすることになったのだけど。
そもそも、生の魚を食べたいという話からして、珍しいことだった。
俺が履いてるジーンズを知ってることにだって、確かに驚いた。
でも、刺身もジーンズも、今ではこの辺では普通になってきたから。
話にでも聞いたことがあったんだろうと流していたけれど。
だからって、自転車を知ってることはあり得ない。
自転車は、現時点では、俺たちしか知らないはずなのだ。
もちろん、この世界では見たことも聞いたこともないし。
義両親やデュアル侯爵にだって、まだ見せても話してもいないのに。
辺境伯の奥方様は、『自転車』とはっきりと口にした。
機能や性能を知れば、その名前は、なるほど、と思うものだけど。
初めて見ただけでそれが何かわかったうえに。
名前まで思い付くわけがないと思うんだよね。
となれば、もともと自転車を知っているということになる。
それって、どう考えたって、リディと同じ『記憶』を持ってるってことだ。
まさか、リディ以外に、この世界にそんな人がいるだなんて。
全くこれっぽっちも思ってもいなかったから、衝撃が大きい。
だから、俺もリディも、奥方様を見たまま固まってしまっていたんだけど。
「ジテンシャ……?」
不思議そうにそう言った、辺境伯の声で我に返った。
「あ、はい。あの、ふたつの輪のついたものは自転車という乗り物なんです」
「乗り物だったのか……」
「そうなんですよ。奥様は博識でいらっしゃるんですね!」
「えっ!?あ、あは、あはは。えっと、昔、本で、見たことがあるような?」
うわー。奥方様、誤魔化すの、下手すぎない?
これは、話を逸らすに限るね。
「あの、立ち話も何なので、中へどうぞ?」
「お付きの方はそちらのおふたりだけですか?」
「ああ。大人数で押し掛けるのも申し訳なくて」
「まあ!お気遣いいただいて申し訳ありません」
御夫婦と一緒に居たのは、辺境伯の側近兼護衛だろう男性と。
奥方様の侍女兼護衛だろう女性だった。
辺境伯というくらいだから、きっとご当主様だって強いのだろうし。
騎士なら野外も経験するから、使用人が居なくても生活できるしね。
まずは、馬車の馬を厩に入れてあげて。
簡単な世話をしてから、邸に入りがてら、結界のことを説明したら。
ものすごく感心されて、ものすごく羨ましがられた。
うん、確かに、この結界はとんでもない代物だよね。
そうして、まずはリビングにご案内して。
「先ほどは、きちんとご挨拶せずに申し訳ありませんでした。私はラディンベルと申します。こちらが、妻のリディアです」
「はじめまして」
そう言って、高位貴族に対する礼を取ったのだけど。
「ああ、やめてくれ。俺たちは、普段から平民同然の生活をしているから、畏まられると逆に困る」
「そうですわ。討伐に明け暮れる毎日ですもの。貴族とは程遠いんですの」
奥方様は、いつの間にかご婦人の口調になっていた。
どうやら、すっかり調子を取り戻したらしい。
「でしたら、奥様も楽にお話しくださいませ」
「あら。なら、お言葉に甘えて」
リディと奥方様がそう言って微笑み合って。
「俺は、ドラングル王国ヴァレンシア辺境伯領当主のラルフクトと言う。そして、妻のシェリー。俺の右腕のカッツェ。妻の侍女のポリーだ」
そうご紹介いただいてから、それぞれの部屋にご案内して。
水道なんかの付随設備の説明をしたら、四人とも固まってしまった。
「こんなものがあるのか……」
「グリーンフィールってすごい国ですね」
「………………」
シェリー様以外の三人は、ただただ唖然としていたけれど。
シェリー様は、目がキラキラしていて、うれしそうだったかな?
でも、また口に出してしまわないように我慢しているようだった。
「お荷物のお片付けが終わりましたら、先ほどのお部屋に来てくださいね」
リディがそう言って、俺たちはリビングに戻ったんだけど。
「まさか、シェリー様が転生者だなんて」
「テンセイシャ?」
「あー。そのままの意味よ?記憶を持ったまま転生した人ってこと」
「ああ、そういうことか。でも、ほんと、驚いたよね」
「ほんとね。他の人には、話していないようだったわ」
「うん。俺も、変なこと言わないように気を付けるよ」
こそこそとリディとそんな話をしていたら。
案外すぐに四人が戻ってきたから。
リディが、おもてなしのお菓子と飲み物をお出しして。
カッツェさんとポリーさんは遠慮したんだけどね。
俺たちが強引に同席させた。
「ポテチにクリームソーダ!こんなものまで作ったの?しかも、クリームソーダは色違いなんて、進化してるわ!」
ああ、もう、シェリー様は興奮して隠すことも忘れてるな。
クリームソーダっていうのは、俺も、初めてだけどね。
植物の色素で色を付けた甘い炭酸水にアイスクリームを乗せてるんだよね。
多分、シェリー様が記憶持ちだから、リディも作ろうと思ったんだろうな。
それは、喜んでもらいたい、って思った結果だって俺はわかるんだけど。
これ、逆効果じゃないかと思う。
さっき、気を付けるって言ったばかりなのに、こんなだと前途多難だね。
「シェリー?さっきから何を……」
「あ………」
だよね、そうなるよね。
ちょっと申し訳なかったかな、なんて思ってたんだけど。
シェリー様は一瞬焦った顔になったけど。
すぐに、吹っ切れたような顔になって。
「私のお仲間はどちらかしら?もしかして、ふたりとも?」
と聞いてきた。
ああ、ここで話すことにしたのかな?
リディも、自分の失態に気づいて申し訳なさそうにしていたんだけど。
正直に名乗り出ることにしたようだ。
「わたし、です。ラディにも話してあります」
「そうなの!お仲間がいて嬉しいわ!お刺身を食べるって聞いて、ちょっとだけ疑ってたんだけど。お刺身はあり得ないことじゃないから。でも、自転車で確信したわ」
それは、こちらもそうだよね。
「おまけに、お風呂やトイレまであるんだもの!確定よね!」
確かにそうだけど、ラルフクト様たちが困惑しているから。
そろそろ、説明してあげたほうがいいと思う。
「ラルフ。私、今から、信じられないようなことを話すわ。カッツェもポリーも聞いてくれる?」
シェリー様はそう言って。
かつて、リディが俺に話してくれたように、前世の記憶の話をした。
リディたちの前世にもたくさんの国があったようなんだけど。
どうやら、このふたりは、日本という同じ国の出身のようだ。
それって、すごくない? これには、俺も驚いた。
シェリー様の話をリディが補填したりしていたから。
ふたりが本当に同じ場所の記憶を持ってるってこともよくわかった。
俺はそんなことに感心したりしてたんだけど。
ラルフクト様たちはそんな場合じゃないよね。
長い説明の後は、長い長い沈黙が下りたくらいだ。
「前世に異世界……。その記憶を持ってるなんてことが、起こり得るのか?確かに、シェリーの言動はおかしなことが多かったが」
「ええ、それはひどくない?」
「いえ、奥様は頻繁に、かなり突拍子もないことを仰っております」
ポリーさんにもそう言われて、シェリー様は苦い顔をしていたけど。
今度は、矛先が俺に変わった。
「君は、リディア嬢から聞いていたんだよな?信じたのか?」
「はい。納得のいく話だったので」
「納得がいったのか?」
「はい。リディが作ってくれる料理はいつだって珍しいものだし、この邸にある魔道具もリディが作ったんです。水道設備なんて、リディが十二歳の時に提案してるんですよ?そんなこと、前世の記憶がなければできないと思うんですよね」
「「「は?」」」
「え、嘘でしょ。十二歳でやっちゃったの?」
「……厳密には、六歳からやっちゃってます」
えへへ、と笑うリディはかわいいけれど。
六歳の女の子が便利な魔道具を考案した、なんて言われたら。
やっちゃった以外の何物でもないよね。
シェリー様は驚きながらも、しょうがない子を見るような顔をしてるけど。
他の三人は、それこそ、この世の物ではない物を見る目でリディを見てる。
「そうか……。シェリーも、この邸にあるものは、全部わかるんだな?」
「ええ、懐かしいわ」
そう言ったシェリー様は、どこか遠くを見ていて。
前世のことを思い出しているようだった。
ラルフクト様もそう思ったみたいで。
「わかった。ならば、俺も信じよう。お前たちもいいな?」
信じたうえで、カッツェさんとポリーさんにもそう言って。
ふたりも迷うことなく頷いた。
「ありがとう!」
そう言って笑ったシェリー様の笑顔はすごくきれいだったな。
長年の憂いが晴れたのかもしれない。
その後は―――。
リディのこともあるから記憶持ちのことは、しっかりと口止めをして。
前世の話が長くなってしまったから、すぐに夕食となった。
リクエスト通り、お刺身やお寿司を出すのは決まっていたから。
いつぞやの海鮮パーティーの時と同じようなメニューにしたら。
「お寿司……っ!お寿司だわ!これを何年求めていたことか…っ!」
と、シェリー様が感動に震えて。
手巻き寿司の食べ方をラルフクト様たちに教えていた。
もちろん、生魚が苦手な場合も考えてボイル食材も用意してある。
その説明を手伝いながら、リディが、サーモン――よく話に出るサケという魚のことらしい――がなくてごめんなさい、と謝ったら。
シェリー様が、鮭は北の方で採れる魚だから、この辺りにはいないんじゃないか、と教えてくれて。俺としては、いい情報をもらってありがたかったな。
シェリー様は、米や醤油にも感動していたから。
ジング王国のことを教えてあげたら。
早速、ラルフクト様に取り寄せのお願いをして。
ラルフクト様は、カッツェさんにそのまま丸投げして。
カッツェさんが頭を抱える、なんてこともあったけど。
いろんな事を話して、すっかりと打ち解けて。
お寿司にも、照り焼きや天ぷらにも喜んでもらえた後は。
―――意外にも、ラルフクト様たちも生魚が平気だった。
チーズやナッツ、海産物のスモークを肴に。
食後のお酒を楽しんでいたんだけど。
「ねぇ、ふたりとも平民だって聞いてたけど、元は貴族だったんじゃないの?」
シェリー様からの鋭い指摘に、俺たちは思わず固まってしまった。
どうやら、最初に礼を取ったときから、おかしいと思っていたようだ。
その後も、気にしてみると、平民とは言動がまるで違うらしく。
この事は、ラルフクト様たちまでにも指摘されてしまったから。
こうも確信されていたら、誤魔化すことはできなくて。
この国に来た経緯を、簡単にではあるけど、正直に話したんだけど。
「じゃあ、リディアは、悪役令嬢だったの?」
と言われて、俺たちは、また固まった。
悪役令嬢って、なんだ?
リディが悪役?なんで?
「え、どういうことですか?」
「違うの?私は、悪役令嬢だったわよ?」
「えっと、何の悪役ですか?」
「乙女ゲームの悪役よ?」
オトメげーむ、とは何ぞや?
「え?乙女ゲームがこの世界に関係あるんですか?」
「私は、自分がプレイした乙女ゲームと全く同じ状況に陥ったわ」
「え?え?そんなこと、あり得るんですか?」
リディは混乱しているけど。
俺は、というか、リディとシェリー様以外は。
そもそも話に付いていけていない。
とりあえず、オトメげーむっていうものから説明してくれないかな?
※誤字報告ありがとうございました!




