62.彼は彼女に伝える。
side ラディンベル
異世界の料理って本当にすごいよね。
リディの料理を食べる度に思っているけれど。
何を食べてもおいしいって、かなりのことだと思う。
リディからしたら、美味しいと思うものしか作っていないだけで。
異世界にも微妙な料理はあるという話で。
多分、リディと味覚が似ているだけだと思う、と言われたけれど。
俺としてはそれだけではないと思うんだよね。
だって、レンダルにいた頃は食にも大して興味はなかったから。
今思えば、あの頃はいつも同じような味付けで飽きていたんだろうと思う。
味のバリエーションなんて知らないから、そんなもんだと思ってたし。
まあ、食べれれば何でもいいかな、くらいのものだったのに。
今では、食に拘るようになってしまったなんて、自分でも驚きだ。
それは、うちの家族も同じで。
リディの料理を知ってからは、美味しい食べ物への欲求がものすごい。
リディのレシピを伝授された料理人たちも日々精進しているようで。
それに慣れてしまった家族は、もうこの国で外食できないんじゃないかな?
ルドルフ様もそうかもしれないけれど。
でも、今回、焼き鳥屋や焼き肉屋をはじめ。
豚の加工肉も商品化することになったから。
『お店ができて新しい料理を知ることで、ほかの料理人たちも奮起して、この国でも食文化が発達するといいわよね』
リディはそう言って。
今回も、日々、料理指南をしている。
本当は、出張の本来の目的が済んだ後は。
ふたりで出かけたり、ゆっくりしたかったんだけど。
結局はこうなってしまうんだよね。
まあ、リディがいるのに、予定していたことだけで済むわけがないか。
でも、想定外の森でのデートは楽しかったな。
ある意味仕事だったけど。ふたりきりで出かけて、周りに人もいなくて、俺としては、久々に気兼ねなくリディと一緒に居れたからうれしかったんだよね。
そんなこんなで、結局仕事詰めの日々になってしまったけれど。
だからと言って、リディも料理や仕事ばっかりしていたわけじゃなくて。
約束していたように、フィンとバスケをしてくれて。
便乗していたシア義姉さんの習得が早くてフィンが悔しがったり。
―――まあ、このふたりは毎日のように、どっちがリディを好きか論争をしてるから、その延長で競い合ってるだけだと思うけど。
計算の勉強会も開いてくれて。
―――九九とかひっ算とか、異世界は料理だけじゃなくて教育もすごいと思う。
リディはそろばんとかいうものを覚えてるらしくて暗算も得意だけど、さすがに俺たちにはレベルが高すぎた。
勉強会にも便乗していたシア義姉さんや兄上も計算が早くなったりして。
これには父上や母上も驚いていたよね。
そんな風にリディも一緒に勉強したり、遊んだり。
水道工事に来ている商会のメンバーともお茶したりして、グラント家での時間も楽しく過ごしてくれているようで何よりだ。
そうして、出張も残すところ僅かというところで。
―――今回は想定外のリディのやらかしがあったから、実は少し延長している。
俺たちも、やり残しがないように。
ここでやれることをひとつずつ片付けている。
リディは必要なレシピを伝授して。
俺はレンダルでの肉販売や出店の調査を手伝って。
今は、調査結果を元に、グリーンフィールでの経験を活かして作った事業計画書の見直しの最中だ。
「あ、ラディ、ここ。従業員の人数が足りないわ」
「え?…………ああ、そっか。こっちには水道がないから、水廻りの作業人数を増やさないと店を回せないのか」
「水道設備を設置した場合の事業計画書も作ったほうがよくない?」
「んー、できれば初期費用は抑えたいんだよね」
「でも、後から設備を追加するほうがお金がかかるわ」
「それはそうだけど。やっぱり、出店時期を延期したほうがいいかな?」
結構がんばって作ったのに。
向こうでの経験を活かしたのが仇になったのか、計画書にミスが見つかって。
それをリディが指摘してくれて、変更案を検討していたんだけど。
不意に、バタバタと誰かが駆けてくる音がしたと思ったら。
ノックもなしに部屋のドアが開いて。
「ラディンベル様!」
俺の名前を叫んで突入してきた乱入者に、俺たちは驚き固まって。
目を上げてその乱入者を見たら、見覚えのない娘だったから更に驚いた。
え?誰?
「なっ!何をしているの?!」
「………え?仕事だけど」
「そのどこが仕事なのよ!女性と二人きりで部屋に籠るなんて如何わしいわ!」
誰かわからないのに、聞かれたから思わず答えてしまったんだけど。
変に激高されて、反応に困る。
俺たちには使用人はついていないから、確かに部屋にふたりきりだ。
お茶とかも自分で用意できるしね。
それに、仕事の話の時は、リディの前世の話をすることもあるから。
他の人を同席させることはあまりないんだよね。
「それに、そんなに近づいて話をするなんて!仕事のわけがないわ!」
ん?ああ、そうか。
俺たちは確かに今、顔を寄せ合ってるね。
というのも、ふたりで一枚の事業計画書を覗き込んで、余白に変更案を書き込みながら確認し合っていたからなんだけど。
そんな時に乱入されたから、俺たちはその体制のまま固まっていただけだ。
「本当に仕事だし。そもそも、俺たち結婚してるから問題ないと思うんだけど」
「け、結婚ですって!?」
「そうだよ。夫婦がふたりでいても、問題ないでしょ?っていうか、君、誰?」
「え?知らない人なの?」
ずっと黙って成り行きを見ていたリディがここで声を上げた。
まあ、そう思うよね。俺、普通に話しちゃってたし。
「うん。勢いに押されて返事しちゃってたけど、見覚えがないんだよね」
「酷い!婚約者の顔を忘れるなんて!」
は?
「………俺に婚約者がいたことなんて、なかったけど」
「そんなはずはないわ!私はあなたの婚約者よ!」
そう言い切られて、俺は言葉を失くした。
俺に婚約者がいなかったことは本当だし。
この娘のことだって知らないのに、婚約者とか言われても困る。
口を開けたまま馬鹿みたいな顔して目の前の娘を見てしまって。
しばらく部屋に沈黙が下りたところで。
「ラディン!」
「リディア様!」
今度は、兄上とシア義姉さんが突入してきた。
「あ、お前、やっぱりここにいたのか!」
「リディア様!ご無事ですか?!」
「え?ええ。わたしは何ともないんですけど、ラディは大変そうです」
うん、本当に。
真面目に意味がわからなくて困惑してる。
「あのさ、兄上。この人、誰?」
「あー…、叔父のハリエル子爵って覚えてるか?」
「父上の末の弟さん、だっけ?」
「そう。その叔父が今来てるんだが、その娘らしいぞ」
らしい、ということは、兄上もこの娘を知らなかったってことだよね。
まあ、でも、娘の正体を聞いて、それもそうか、と思う。
その叔父は、結構な問題児で早々に見放されたと聞いている。
グラント家とも疎遠になっているはずだ。
でも、それで俺の婚約者?
おかしくない?
「俺の婚約者って言ってるんだけど」
「「はあ?」」
これにはシア義姉さんも驚いて。
ふたり同時に、怪訝な目をして乱入娘のほうを向いた。
「なっ、何よ!本当よ!私はラディンベル様の婚約者なんだから!」
「あり得ない。妄想も甚だしいな」
「全くだわ。とにかく、このふたりは仕事中なの。邪魔しないで」
「このどこが仕事してるのよ!」
「あなた、机の上の書類が見えないの?あんな難しそうな書類を前にして、仕事以外の何をするっていうのよ」
そう言われて、その娘は目線を下げて俺たちの手元の書類を見て。
ちょっとびっくりしているようだった。
「行くわよ」
「い、嫌よ!私はラディンベル様と話をしに来たのよ!」
「いい加減にしなさい!!」
言い合ってたけど、最後にはシア義姉さんからの特大の怒声が響いて。
乱入娘は兄上たちに連れ出されていって、やっと部屋に平穏が訪れた。
シア義姉さんって頼りになるね。ありがとう。
「………婚約者って言ってたわね」
「え、いや、ほんと、そんな事実ないからね?」
「でも、あそこまで言い切るってことは、話くらいはあったんじゃないかしら」
え、リディ、もしかして疑ってる?
「本当に身に覚えがないんだよ。あの子のことを知らないのも本当だよ?」
「そう……。でも、あの子じゃなくても、婚約話はあったでしょう?」
えっと、これは、何を確かめたいんだろうか。
リディだって王子と婚約してたよね?
「なくはなかったけど、全部断ったよ」
「全部……。やっぱり沢山あったのね」
え、なんで、そうなるの。
「いや、たいした数じゃなかったと思うよ?」
「そんなことないと思うわ。ラディ、モテるもの」
は?
「いやいやいや。そんなことないよ?モテたことなんてないから」
「ラディはモテるわ。だって………」
「リディ?」
「マリンダでもランドルでも、ラディのこと狙ってる子多いもの」
はあ?それこそ身に覚えがないんだけど。
「リディ?それ、勘違いじゃないかな?」
「勘違いじゃないわ。みんなラディが来ると嬉しそうだし」
俺が女の子に接するとしたら、商会か買い物のときだ。
であれば、面倒な仕事を引き受けてくれるとか。
自分で言うのも何だけど、金払いがいいから喜ばれてるだけだと思うんだけど。
俺たちまとめ買い派だから。
リディは変な誤解をしてるだけじゃないかな?
って思うんだけど、なんでかわからないけど、決めつけてるよね。
この感じだと、否定をしても、説明をしても、裏目に出る気がする。
うーん、どう話したらいいだろうか。
「リディ?俺はね、好きな子もいなかったし、結婚する気なんかなかったから婚約話も断ってたんだ。そういうの、ずっと興味なかったんだけどね、リディだけ別なんだ。好きになったのも結婚したいって思ったのもリディだけなんだよ」
ちょっと、いや、大分恥ずかしかったけど。
こういうことを言ってこなかったから、ダメなのかなって思って。
リディの頬に手を当てて、ちゃんと目を見て言ってみたんだけど。
これで伝わらないかな?
例え、万が一、リディの言う通りだとしても。
リディにしか興味がないってわかってくれないだろうか。
「そう、なの……?」
「そうだよ。でも、不安にさせてたらごめんね?」
俺は、勝手に、俺たちはめちゃくちゃうまくいってるって思ってたから。
リディが他の女のことなんか気にしてるなんて思ってもみなかったけど。
気にしてるってことは、俺が不安にさせてたってことだよね?
そう思って謝ったんだけど。
リディは首を振って。俺にきゅっと抱き着いてきた。
「わたしこそごめんなさい。変な焼きもち焼いて」
ああ、もう。リディは本当にかわいいね。
「相手の一方的な気持ちだってことも、ラディにその気がないことだってわかってるの。さっきの子だって、きっと、一方的にラディのこと好きになって、婚約者になったつもりでいたのよね」
え、そうなの?
そんな傍迷惑な話なの?
「そういう話なの?」
「あの子のあの感じで、ラディも知らない婚約話なら、そうだと思うんだけど」
思わず、きょとんとして聞いてしまったら。
リディもきょとんとして答えてくれて。
お互いにそんな顔をしていたから、何だか笑いがこみあげてきてしまって。
そんなことどうでもいいか、と言って笑い合った後で。
もう一度、リディをぎゅっと抱きしめて。
もう一度、リディだけが特別だと伝えた。
にしても、叔父は何をしにグラント家に来たんだろうね?




