61.彼女と彼は試作する。
side リディア
まさか、マリアンヌ様にお会いできるとは思っていなかった。
ハインリヒ様の書状破棄事件のときに再会して。
その日は残念ながらお茶はできなかったけれど。
あれから、お手紙のやりとりを再開することができた。
今回の出張の件もお伝えしてはいたけれど。
マリアンヌ様はいつだってお忙しくて。
今回もお会いできなくてもしょうがないと諦めていたのに。
恐らく、ランクルム公爵家での王女様の件を聞いて。
無理やり時間を取ってくれたのだと思う。
もちろん、あんな風に直接謝罪いただかなくても、大事にする気はなかったし。
ルド様にも言った通り、王女様はわたしに対していつもあんな感じだったから。
むしろ気を遣わせてしまって申し訳なかったけれど。
本当に久しぶりにアルフォード殿下にもお会いできたし。
おふたりと色々なことを話ができて、本当に楽しかった。
フィン君と殿下のお膳立てについてはちょっと驚いたけど。
――――裏事情を聞いて、なるほど、と納得するとともに。
王妃様の段取りの良さに感動したものだ。
王子とか影とか即位までとか。
そういうこと関係なく、フィン君と殿下がうまくやっていけるといいわよね。
そんな嬉しい誤算もあった今回の出張は。
概ね、順調に進んでいると思う。
グラント家への提案もランクルム公爵家へのお届け物も無事済んだから。
出張の目的は済ませているのだけど。
グラント家への提案の際に、わたしがやらかしかけたことがある。
ラディに白状させられた豚の加工肉の件がまだ残ってるのよね。
ラディがルイス伯父様に報告してくれた後はお返事待ちだったけど。
やっと、伯父様と両親が検討してくれた結果が戻ってきたのだ。
結論から言えば、こちらで試作して反応が良ければ広めてもいいとのこと。
但し、その場合、同じものをグリーンフィールでも作ることが条件だ。
どうやら、伯父様は、豚肉でも何かできないかと思っていたらしい。
焼き肉屋は牛肉だし、焼き鳥屋はもちろん鶏肉だものね。
実は、豚肉の焼き肉屋も考えていたようだけど。
今回の加工肉の件を知って。
ならば、豚はその方向性で行きたいと考えているようだ。
ということで。
今日から、ラディと加工肉の試作を始めたいと思う。
「えっと、ロースにもも肉。それと、バラ肉と肩肉にミンチも、ということは、ほとんどの部位を用意するってことだよね?」
「ああ、そうよね。そうなるわよね。揃えられるかしら?」
「工場に行けば大丈夫だよ。今から行ってもらってくるね」
「ありがとう。あ、そうだわ。腸もね、用意してほしいのだけど」
「腸?あんなものを?」
そう思うわよね。気持ちは十分にわかるわ。
しかも、作っている図もあまりいいものではないと思うけれど。
でも、きっと、出来上がったものは気に入るはずなのよ。
「結構、重要なの」
「……そうなの?」
ラディの目をじっと見て頷いたら、ラディは何とも言えない顔をしたけれど。
異世界料理に絶対の信頼を寄せているのがラディだから。
心中では渋々だろうけれど、了承してくれた。
では、ラディがお肉を用意してくれている間に。
わたしは調味料や道具を揃えないと。
塩に砂糖にスパイス。あとはハーブも必要よね。
これらは、ストックしてあるからいいとして。
問題は道具よね。
ソーセージ用の絞り金はケーキ用のものを魔法で変形させて。
絞り袋は、ケーキ用の袋だと、薄いし、小さすぎるのよね。
実は再現させていたジップロックを使えばなんとかなるかしら。
―――ジップロックの他にもアルミホイルやサランラップも再現している。
商会の技術者は本当に優秀で頼りになるのだ。
そして、もちろん、これらの商品は大変な人気商品だ。
スモークのほうは、鍋やアルミホイルとかはすぐに用意できるけれど。
チップをどうするかが問題ね。
茶殻なら手に入れやすいけど、茶葉の種類によっては失敗しそうな気もするし。
やっぱり、できればチップがいいけれど、この世界で桜は見たことがない。
クルミとかブナとかならあるかしら?
そういえば、旧サティアス邸の裏にあった森は国有地になったようだから。
―――旧サティアス邸は、国に返還したと聞いている。
マリアンヌ様に一言入れて、久しぶりにあの森に行ってみようかしら。
そんなことを考えながら道具を用意していたら。
領地まで必要な肉や腸を取りに行ってくれていたラディが戻ってきた。
集中していて気づかなかったけれど、結構な時間が経っていたようだ。
「さすがに腸は捨てられるところだったよ」
ですよね。
「わざわざ行って来てもらってごめんなさい。ありがとう」
「きっとリディが美味しいもの作ってくれるからね、これくらい何でもないよ」
本当に、ラディの異世界料理への信頼は半端ないわね。
期待に応えられるようにがんばらないと。
そうして、腸を洗浄して、浄化魔法をかけて殺菌もして。
それぞれの部位のお肉に、調味料を摺り込んで寝かせて。
下準備をしてから、ラディを森に誘った。
「あのね、ちょっと木を見に行きたいの。森まで一緒に行ってくれる?」
「木?うちの庭の木じゃだめなの?」
「庭師さんが丹精込めて育ててるのよ。切り出すのは申し訳ないわ」
「少しくらいなら、いいと思うけど」
「お散歩、いかない?」
まあ、馬を借りる予定だから、徒歩ではないのだけれど。
お散歩、というワードは、ラディの興味を引いたようで。
ふたりで、早速、馬に乗って旧サティアス邸の裏の森にやってきた。
わたしに付いて来ている精霊たちは、元々はこの森の精霊だから。
『ひさしぶりー』
『なつかしいねー』
はしゃいでいる精霊たちを微笑ましく思いながら。
香りのありそうな木を見て回ってみたら。
「あ、ラディ。クルミの木があったわ!」
「クルミ?クルミの木が必要だったの?」
「クルミに限定していたわけじゃないんだけど、香りのある木がいいのよ」
「そうだったんだ。じゃあ、うちの庭の木じゃ難しかったかもしれないね」
それからラディは、ヒノキやブナっぽい木を探し出してくれて。
残念ながら、やっぱり、桜は見つけられなかったけれど。
それらの木を少しだけいただいて。木にも御礼を言って。
クルミには実も生っていたから、実もいただいて帰ってきた。
なんだかんだ、ラディとのお散歩デートは楽しかったと思う。
うふふ。
―――そして、翌日。
下準備していたお肉を取り出して。
ハムとベーコンとソーセージの試作に取り掛かった。
ハムは、この世界のように単に茹でるだけじゃなくて。
低温でじっくり火を通す方法に変えて。
ベーコンをスモークしたときは、その煙にラディがびっくりしてしまって。
騒ぎになりそうなのを何とか押しとどめて。
ソーセージに至っては、見た目が何とも言えないから。
ラディは終始無言だったけれど。
そうして、仕上げに魔法で乾燥させて完成した加工肉たちは。
概ね、わたしが知ってるものに近いものになったと思うのよね。
完成品を見たラディの顔にはやり切った感が溢れてる。
「作る過程はびっくりしたけど、無事できてよかったよ」
「結構うまくできたと思うのよ。試食しましょう?」
「うん。それを楽しみにがんばったんだから」
見た目もよくなかったし、びっくりさせてばかりでごめんね。
でも、きっと、ラディは好きだと思うのよ。
ハムはスライスして、ベーコンとソーセージは焼いて渡したら。
「リディ、これ、すごい。やばい。うまい」
ラディはすっかりカタコトになってしまったけれど。
そうよね、やっぱり好きよね。よかった、美味しく食べてくれて。
実は、朝、厨房を借りてコッペパンも焼いておいたから。
ホットドッグも作って渡してみた。
前回来たときにケチャップとマスタードの常備を勧めておいてよかったわ。
今でも常備してくれていたおかげで、簡単に作ることができたもの。
「これ、ハンバーガーと一緒に売ろう」
ああ、なるほど。
ホットドッグなら作り方も簡単だし、すぐに出せるわね。
っていうか、ラディ、食べすぎよ?
もうすぐお昼なのに。
そう言ったら、ラディは、ハッとして厨房に駆けていった。
―――煙が出る関係で、今回は厨房ではなく、庭で試作していたのだ。
昼食の変更をお願いしてくるということは。
この加工肉たちの試食会をするのね?
ならば、わたしも厨房をお借りしよう。
そう思って、ラディの後を追いかけて。
料理長さんにも試食してもらったら、それはもう感動してくれて。
グラント家の料理長さんは本当に感動屋さんだわね。
料理人さんたちも快く昼食の変更を引き受けてくれて。
昼食という名の試食会が始まったのだけど。
「義姉上!ものすごくおいしいです!!」
「リディア様!やっぱり天才すぎます!」
「これがハムなの?しっとり柔らかくて、今までのとは全然違うわ」
「ソーセージは旨味が閉じ込められてるな。中から出る肉汁がたまらん」
「ベーコンも、これがあの脂分の多いところとは。化けるものだな」
「豚肉は、もう、全部加工肉でいいんじゃないか?」
フィン君やお義姉様の感想は前にも聞いたことがあるような気がするし。
最後のお義兄様の感想は乱暴すぎるけれど。
グラント家の面々にも気に入ってもらえて本当によかった。
ラディには製作過程で精神的負担をかけてしまったけれど。
こうも喜んでもらえると、作ってよかったと思う。
「あの、商品になりそうでしょうか?」
「もちろんだ。これは商品化するしかないだろう」
「買います!絶対、売ってください!」
「パウエル家で買い占めるなよ?」
そんなお義兄様の言葉にみんなで笑って。
その日の午後には、豚加工肉商品化会議が開かれた。
みなさん、他のお仕事やお勉強はいいのかしら……。
どうやら。
骨を使ったスープも、粉末技術を買うことを前提に試作を始めたようだし。
―――グラント家の料理人さんたちには、前回来た時にスープの作り方を教えてあるから、そのレシピを元に試行錯誤しているらしい。
焼き鳥屋や焼き肉屋についても、ルド様の希望も含めて、ラディが話をしてくれていたようだ。
豚加工肉商品化計画に加えて、それらの話も含めて会議は白熱して。
これまでと全く違う肉の販売計画が立てられて。
わたしも、レンダルにいる間はできるだけ協力することを約束した。
もちろん、レシピの扱いには十分気を付けてもらうけれど。
「リディ、ごめんね。結局、またゆっくり休めなくなっちゃった」
「ううん。仕事といってもお料理だもの。趣味みたいなものよ?」
「そうは言ってもね、前に来たときもずっと料理してくれてたでしょ?うちの人間は食への欲求が強すぎるよね」
「でも、皆、喜んで食べてくれるから、わたしもうれしいわよ?」
「いつもありがとね」
会議の後、ラディの部屋でそんな話をしていたんだけど。
森で採ってきたクルミの実もスモークしておいたから、それをおやつにしたら。
ラディはスモークをすごく気に入ったみたいで、ばくばく食べていた。
それなら、今度はチーズをスモークしようかな。
なんて口走ったら、ラディの目が一瞬光って。
―――きっと心理的にそう見えただけだと思う。
「他にはどんなものがスモークできるの?」
そう聞かれて、他のスモーク商品も作ることになってしまった。
そうして、加工肉の試作結果やホットドッグの販売提案に加えて。
スモーク商品についてもラディが伯父様に報告してしまって。
『帰国したらすぐにそれらの試作をすること』という返事がやってきて。
結局、わたしは、やらかし続けることになった。




