60.彼と彼女は招待される。
side ラディンベル
俺は、自分で自分に呆れている。
実家への肉の部位販売の提案が終わって。
今回の出張のもうひとつの任務を果たすべく。
ランクルム公爵家にお邪魔した。
オーダースーツと事業計画書を持って伺って。
ルドルフ様と執務室で話していたら、レンダルの王女様がやってきて。
何事かと思えば、リディに言いがかりをつけ始めて。
やっぱりあの王子の姉だな、とは思いつつ、成り行きを見守って。
結局出ていった王女様に、嵐が去った、なんて適当なことを考えていたら。
王女様がルドルフ様の婚約者だと聞いて驚いた。
いや、俺だって、聞いたことはあったはずだ。
王女様の婚約話なんて公示されているだろうし。
だいたい、俺は、仮にも第一王子の学友だったのだから、そんな情報、知らなかったでは済まされない。
でも、俺の記憶からはすっぽりと抜け落ちていた。
というよりも、俺は、興味がなかったんだと思う。
俺は、どうも、昔から、他人に興味がなくて。
―――リディにこれだけ懸想しているのも、実は、我ながら驚いている。
情報として人間関係は把握しているけれど、それは単なる情報であって。
必要な時にしか取り出さない記憶なのだ。
そして使わない記憶は忘却の一途を辿る。
そんなわけで、ルドルフ様と王女様の婚約についてもすっかりと忘れていて。
今回も新鮮に驚いたわけだけど。
よく考えなくても、ルドルフ様は公爵家の嫡男なわけで。
婚約者がいないはずがないし、王女様の降嫁先としては一番可能性が高い。
ある意味、一番いい形に収まっているのだと思う。
交流はなかったとは言っていたけれど、恐らく、リディとルドルフ様の間にあったのは同志、というようなものなんだろう。
ふたりとも感情よりも立場を優先するタイプだろうから。
公爵家の人間として、お手本のような人たちだからね。
まあ、リディに至っては、今では公爵令嬢だった面影はすごく薄くなったけど。
でも、今でも責任感は人一倍強いし。
ルドルフ様も、自分が置かれた状況をきちんと理解して行動してる。
ふたりとも空気を読むのがうまいから。
雰囲気がいいのも、円滑に進めるためなんだろうな。
それなのに、俺はリディとルドルフ様との仲に嫉妬したりして。
バカみたいだな、と自嘲したよね。
ルドルフ様の婚約者を忘れていたことも。嫉妬したことも。
俺は、自分で自分に呆れるばかりだ。
それにしても――――。
ルドルフ様は人間関係で結構苦労してる人だよね。
父君の公爵はものすごくいい人だけど。
弟のドミニクも、視察についてきた護衛も、婚約者の王女様も。
問題を起こしやすい人たちばかりに囲まれているルドルフ様に少し同情する。
それを言えば、リディも面倒な人たちに言いがかりをつけられることが多い。
王族の婚約者になる人って、そういう問題に対処できる人たちなんだろうか。
そんなことを考えながら、公爵家から帰宅したら。
王妃様から手紙が届いていたようだ。
王女様の件の謝罪とかだろうか。
だとしたら、対処が素早い。やっぱり王妃様はさすがの御仁だ。
「それもあるけれど、今回の処遇の件とかも話したいみたいで、参内してほしいそうよ。お茶会に招いてくださるのですって」
ああ、なるほど。
リディは王妃様と手紙のやりとりはしているけれど、そうそう会えないし。
俺たちがレンダルにいるうちに会って話しておくのがいいよね。
「そっか。俺も?」
「もちろんよ。急だけど、明日、時間取れる?」
今回の大切な任務は完了しているし。
あとは残務と休暇だから、俺の時間はどうとでもなる。
「大丈夫だよ。よかったね、会えることになって」
「ええ。あの王子の一件の時以来だもの、王妃様に会えるのがうれしいわ」
まあ、今回は会う理由が理由ではあるけれど。
顔を合わせるのは久々とあって、リディはうれしそうだ。
リディがうれしいなら、俺もうれしい。
―――そうして、翌日。
リディは朝から厨房を借りて、王妃様が好きだというプリンを作って。
お土産の準備も万全に、王宮に向かった。
「っ!リディア!」
「マリアンヌ様!」
今となっては、一国の王妃様と平民の少女という取り合わせなのだけど。
ふたりは旧知の仲のように再会を喜んで――実際、そうなんだろうけど――。
ひしっと抱きしめ合っていた。
それを微笑ましくも思うけれど、俺は正直所在なさげに佇むしかない。
そんな俺を気遣ってくれたのか。
もうひとりの同席者、アルフォード第二王子殿下が声を上げてくれた。
「母上、その辺で。僕らのことも忘れないでください」
「ああ、ごめんなさいね。やっと会えたものだから。ラディンベルも久しぶりね。ふたりとも元気そうでよかったわ。ラディンベルはこの子とは初めてかしら?」
「初めまして。アルフォードです」
「お目通りが叶いまして光栄です。ラディンベルと申します」
アルフォード殿下は 確か、まだ十二歳だったはずだけど。
随分と落ち着いた物腰で、愛想もよくて、ザ・王子様といった風貌だ。
「リディア義姉様もご無沙汰しています。………あ、もう義姉様とは呼べないんでしたね」
眉を下げてそう話した殿下は、一瞬で、年相応な弟風情になってしまって。
リディを慕っていたことがよくわかった。
「アルフォード殿下、こちらこそご無沙汰してしまいましたわ。殿下さえよろしければ、今まで通りお呼びくださいませ」
「本当ですか!?」
「ええ、もちろんですわ」
リディがそう答えると、殿下はぱあっと笑顔になって。
それはそれは可愛らしい笑顔で、リディが可愛がるのもわからないでもない。
リディの前では、王子よりも弟要素が特に強くでるようだ。
「うふふ。あなたは、本当にリディアが好きね」
「義弟になれなくて、本当に残念です」
ここにもリディ信者が。
リディは変な輩に絡まれやすいけど、それ以上に信者も多いよね。
そうして、一通りの挨拶を終えた後。
リディの手作りプリンに王妃様と殿下が歓声を上げて喜んで。
取り合いが始まったら、王妃様の侍女が見かねてプリンを取り上げて。
それにふたりが文句を言っているのを見て。
リディの料理を取り合うのは万国共通なのだと知った。
「それはそうと、先日は、娘がごめんなさいね」
「いえ、そんな。マリアンヌ様が謝罪されることではありませんわ」
「そうは言ってもね。あの娘にも今回のことは言ってあるんだけど」
「王女殿下とハインリヒ様は仲の良い姉弟でしたから。あんなことになってしまって、やるせない気持ちも、何か言いたくなる気持ちもわかりますわ」
「あのふたりは、似て欲しくないところだけ似てしまったわ」
頬に手を当てて悩まし気にされている王妃様と頷いて同意する王子殿下。
この王族は、上のふたりは父親似で、末王子が母親似なんだろうな。
「ルドルフにもね、きちんと向き合ってくれているのに、我儘ばかり言って困らせて。結婚前に嫌われないといいんだけど」
「王女殿下は、昔からルドルフ様のことが大好きですもの。どうにかして、一緒にいたいのですわ」
そうだったのか。
じゃあ、この前のアレは、完璧令嬢であるリディへの嫉妬だけじゃなくて、ルドルフ様に近づく女が許せないとかいう話だったのかもしれない。
だから、あの時のリディは腑に落ちないような顔をしていたのかな?
「だとしてもね、今回は公私を混同していい話ではないわ。ルドルフもきつく言ってくれたようだし、あの娘もわかってくれたらいいのだけど」
確かに、この前のルドルフ様は結構厳しかった。
「とにかく、リディアにも迷惑をかけないように言ってあるから」
「わざわざすみません」
「いいのよ。それに、今回の件は貴方たちが取り持ってくれたから、我が国が存続するのだもの。感謝こそすれ、無礼はあってはならないわ」
「いえ、あの、みなさんそう言ってくださいますが、わたくしたちは、大したことはしてないんですのよ?」
リディがそう言うのに、俺も頷いて。
それからは、お互いに、そんなことはないと言い続けて。
キリがなくなったところで、笑ってその話を終わらせて。
「オスカーからも聞いたわよ。農地の事業計画にもかなりの温情をいただいたようね。何もかも、感謝しかないわ」
「それはクリス殿下とアラン殿下に。おふたりが尽力くださいましたわ」
「そうだったのね。陛下や殿下方には、御礼のお手紙を書いておくわね」
こういう話を聞いていると、王妃様が動いてくれて本当に良かったと思う。
これで、長年の両国の確執も薄れていくといいな。
「宝石工場もね、確かに条件は厳しいけれど、うちの国にとっても悪いことばかりじゃないのよ。あれだけの加工をやらせてもらえるのだもの。経験を積むことも、更に技術を上げることもできるし、これはむしろ、処遇じゃなくて、我が国を助けてもらったと思っているの」
ああ、宝石工場もうまくいってるようだ。
グリーンフィールは安く、技術の高い宝飾品を手に入れられるわけだし。
レンダルがそう思ってくれてるならお互いに利があるからよかったよね。
確かに、処遇っぽくはないかもしれないけれど。
「ならば、よかったですわ」
リディが笑顔でそう言うのに、俺も笑って頷いて。
しばらくは今回の処遇についての意見交換や情報交換をしていたんだけど。
話が切れたところで、王妃様が俺の方を向いた。
「ラディンベルには弟がいたわよね?」
え?なんで、ここで俺の弟の話?
とは思うが、返事をしないわけにはいかない。
「はい。今年、十一歳になります」
「よかったら、この子のお友達になってもらえないかしら?」
やっぱり、話の急転換ぶりについていけない。
というか。
弟のフィンがアルフォード殿下の学友になることは、多分決まっている。
影の一族は、王子と年齢の近い子を儲けて即位まで側使えさせるのが常だから。
それで俺はハインリヒ殿下の学友になった訳だけど、フィンだって、同じようにアルフォード殿下につくはずだ。
なのに、わざわざ、ここでそんな話?
ちょっと意図がわからず困惑したけれど。
王妃様に目配せされて、合点がいった。
うちの一族が影だということは、立太子してからでないと伝えられないから。
フィンは父上から学友になることを命令されるだろうけど。
殿下からしたら、ただの伯爵家の子息にすぎないし。
我が家は武家ではあるが、王族の護衛をするほどの評判がある家でもない。
下手をすれば、媚を売っているだけだと思うかもしれない。
そんな懸念を払拭させるために。
ここでわざわざこんな話をすることで、王妃様は、フィンとアルフォード殿下との仲を取り持ってくれるつもりなのだろう。
ありがとう、王妃様。
ならば、そのお心遣いに甘えて、話を合わせよう。
「弟でよろしいのでしょうか?」
「何を言っているの。あなただって、ハインリヒの学友だったでしょう?」
「僕からもお願します」
おお、殿下も食いついてくれた。
ありがたい。
「大変光栄なお話をありがとうございます。では、弟にも話しておきます」
「よかった。あなたの弟なら安心だもの」
「では、お手紙、送らせていただきますね!」
殿下が笑顔でそう言ってくれて安心した。
これならば、学園に入学する前から親交を深められそうだ。
その後は、フィンのことや商会のことなんかを時間ギリギリまで話して。
お互いにまた手紙を送ると約束して、お茶会を辞した。
帰宅後、父上に王妃様からの話をしたら。
びっくりはされたけど、ありがたい話には変わりないから。
父上と一緒に、フィンに事の次第を伝えに行ったのだった。




